出現
健二が自衛官になって三年目の春の早朝。彼の母校である中学校の校庭に、突然巨大な塔が出現した。
出現した瞬間を見たものは誰もいなかった。前兆は皆無で、何の音も振動も無く、気がついたらそこにあった。
起床時刻前、まだ日の昇る前にたたき起こされた。非常事態として招集がかかっている。塔は朝霞駐屯地からは良く見えなかった。何か南の方の上空にキラキラ光る縦の糸が張られているような見た目で、塔、と言われて想像されるものには見えなかったからだ。
それは円柱型で、直径はわずか30メートルほどだが、高さがとてつもなかった。天辺ははるか雲の上で地上からは全く見えない、それどころか簡易に三角測量する限りでは成層圏に達しているのは確実だった。
表面は輝く鏡面。扉も窓も見当たらない。継ぎ目もない。
それに元々あった膨大な量の空気はどこにいったのか。押しのけられたのなら爆発音がするだろう。消えてなくなったとしか考えられなかった。
すわ、宇宙人の襲来か、と近隣は大パニックに陥った。国は緊急対策本部を立ち上げ、半径一キロほどに退避命令を出し立ち入り禁止にした。西武池袋線の大泉学園駅は封鎖。石神井公園と保谷で折り返し運転になった。健二の実家も中学校から放射7号を挟んで200メートルくらいの場所なので、揃って蒲田の親類の家に避難した。
中学校周辺は自衛隊と警察が取り囲み監視を開始。朝霞駐屯地から軽装甲機動車が敷地近くに配備。機動戦闘車も出動したが、中学校周辺の道路は非常に狭いため放射七号線に並ぶ。健二の部隊は駐屯地で待機が命じられた。
米軍の偵察衛星が「東京から成層圏を突き抜ける熱源反応のない物体」を捉えた。即時厚木基地からF/A18が、三沢基地からF-35がスクランブル発進するものの何の成果もなし。練馬周辺は米軍の訓練空域のため、政府への根回しも後回しにして常に横田基地からの哨戒機が周回する事になった。
哨戒機や戦闘機による偵察では塔の高さは分からなかった。飛行限界高度のはるか上まで伸びており、目視ができない。レーダー波は反射するものの、外壁の鏡面に乱反射は全く無く、法線上以外からはレーダーに映らない。そのためレーダー反射断面積も極小で、航空機には極めて危険な構造物となっていた。もっともここは元々有視界以外の民間機の飛行禁止エリアなので特段問題はなく、米軍機は当然ながら衝突はしなかった。
その日のうちに米軍の偵察衛星からの詳細な画像が届き、これは日本政府とも共有された。驚くべき事に、塔には頂上が無かった。正確には高度200Kmほどでぼやけて消えている。本当の高さは測ることができなかった。
自衛隊にも米軍にも、国内に現れただけで何の動きもない現象に対応するようなプロトコルは策定されていない。どちらの首脳部も混乱を極めていた。
---
数日が経過した。
ロシア・中国は「日本の新型兵器」あるいは「米国の秘密実験」を疑い、国連安保理が緊急招集された。しかし何の結論も出なかった。当然であった、何せ本当に日本も米国も何も知らなかったのだから。
そんな中で自衛隊も米軍も厳戒態勢を取り続けていたが、しかし何も起こらなかった。塔から宇宙人や怪物が出てくる事もなく、何か危険な物質やビームが出てくる事もなく、ましてや倒れたりする事もない。
塔の調査隊が組まれ、施設科も調査隊のインフラ維持のため交代で現地に入った。化学者、材料工学者、物理学者、その他考えられる限りのその道のエキスパートが集められた。アメリカからも調査チームが派遣された。当初日本政府は難色を示していたが、タカ派の大統領に貿易で圧力をほのめかされて折れざるを得なかった。中ロなども国際協力が重要とかなんとか理由を付けて調査隊を押し込もうとして来たが、これは時期尚早ということにして断り続けた。
---
一週間が経過。
しかし調査は全く進展しなかった。出入り口も継ぎ目も無い。あらゆる工具をはじき、レーザーも反射されるだけ。腐食性の薬剤も滑り落ちる。ペイントも出来ない。放射温度計は測定限界以下を示し、何の熱も光も放射していない。何も出さず、全てを反射する。あり得ない物質、というか物質かどうかも怪しい。たった直径30mで何百キロもの高さを支えている時点で今更だが。
一人勇み足の物理学者が塔に素手で触ってみたところ、暖かくも冷たくもなかった。何にも触れていないのと同じ。ただしだんだん暖かく感じては来たが、それは手のひらからの熱が遮断されたので単に自分の体温で温まっただけ。
---
一ヶ月が経過。
各国の衛星の観測から塔の高さが100Kmを超えている事が確定して、国連では「日本の領空を逸脱している、調査権を解放すべき」との動議が中ロから提出された。国連安保理の緊急会合が開かれ、塔には日本の主権は及ばないとする中ロと、日本の地面と接続している以上これは日本の管轄下であるとする日米欧の対立が発生。日本側は立場を変える事は無かったが、調査が現状では手詰まりである事から中ロの研究者であっても受け入れるべきではないか、という意見も出ていた。勿論政府はこれを無視していたが。
健二の部隊は中学校校庭に受電設備を設置していた。近くの民間変電所から大容量のケーブルを引く。調査隊が使用する機器は兵器レベルの出力があるレーザーを筆頭として電気食いだった。
---
半年が経過。
塔そのものの調査に進展は皆無。一つだけ判明したのは、塔が地下にも伸びているという事だった。人工地震による探査にほぼ反応しないだろう事は地上での調査から予想はされていた。この高さで直立していられるのだから、今更少しばかり掘った所で影響はないだろう、という事で直接根元を掘ってみた。
とりあえず数百メートルほど掘削されたが、結果はネガティブ。同じ構造がどこまでも深く続いていた。期待された地下出入り口や根っこなどの構造物も無い。その後も掘削は続けられたが、もはや誰も成果には期待していなかった。
立ち入り禁止区域は半径300メートルまで縮小され、大泉学園駅は封鎖を解除された。危険が無さそうと認識が改められたのもあるが、半径一キロの範囲を警備するのに必要な人員が多すぎて予算面でそろそろ限界だった、という所も大きい。禁止エリアに忍び込もうとするマスコミや個人、おそらく海外のスパイなどは後を絶たなかったから警備を薄くする訳にはいかない。要は塔に到達させなければ良いので、300メートルでも大きすぎると警察は考えていたが、政府の決定には逆らえない。
もっとも現場の意見は違ったが。スパイが入ったところで何ができる訳もない。むしろ何か分かるならウェルカムだよ、と調査隊は冗談を飛ばしているような状況だった。
国民は、当初の衝撃からほぼ立ち直っていた。都民と埼玉県民にとって塔は風景の一部となり、「練馬のアレ」で通じるようになっている。他府県や海外からは観光で訪れるものも増えていた。とは言え塔そのものを観光地とする訳にもいかず、駅周辺のビルが屋上を開放する程度だったが。観光客用の宿泊施設なども増やせば収益にはなるだろうが、突然出現したものはまた突然消えかねない。ホテル会社などが投資するのを躊躇うには十分な理由だった。民泊は増えたが。
西武池袋線の開通は保谷以西の住人にとっては心待ちにしていた事だった。都心に出るのに西武新宿線に迂回するのはなかなか面倒。ここでも日常が戻って来ていた。




