最後の階段
そんなこんなで肉体的に超人となってしまったサーシャ。もう医療区画は不要で、ドビュッシー内の空いていた倉庫を急遽改造して追加された専用の執務室を貰っていた。アキラ団長の部屋より広い。まあ超VIPではあるから当然と言えば当然なのだが。
部屋はスイートで、その一角が応接室兼会議室のようになっている。少人数での会議などはそこで行うのが通例になっていた。
四人がけほどのベージュのソファーを中心にした応接セット。真ん中にもベージュのテーブル。今そこには、部屋の主と健二と猫が座っている。テーブルの上には二客の紅茶と一枚のミルク皿、そして中央には山盛りの草加煎餅と煮干。健二が自分の部屋で食べてる所にサーシャが乱入して横取りされて以来、彼女のお気に入りになっていた。
「煎餅に紅茶も、意外と合うもんなんだな」
ぼりぼり煎餅を囓りながら、健二が感想を述べる。
「ばりばり、草加煎餅こそ、ぼりぼり、人類菓子の至高。ごっくん。何にでも合います、にゃ」
ぼりぼりばりばり煎餅を囓りながらサーシャ。よく食べる。この子、胃袋も多重化してるんじゃないかな。牛?
「草加煎餅は旨いけど、至高ってことは無いぞ。実はリィンには明かしていない機密事項なんだが、レプリケーターに使用許諾してない菓子屋のほうが多いんだよ。ドビュッシーじゃ食えない菓子が沢山あるんだぜ」
レプリケーターで出力している菓子は、実は無料じゃない。使用料を元データの権利者に毎回支払ってるのだ。
無料の汎用品もあるが、銘菓とか特産品とかは大抵有料。許諾が無く出力出来ないものも多い。千年経っても世の中は世知辛いのである。
持っていた煎餅をポロっと取り落としたサーシャ。
「なんと……私は騙されていたという事ですか……戦争か、戦争ですねリィン対人類の。ここはハイパーマグナム猫パンチをお見舞いしてやるしか……」
「そのネタ、まだ有効だったんだ…… て言うか、そのパンチって戦争に使えるような威力なん?」
とか馬鹿話をしながらお茶は進む。すっかり冗談も理解できるようになっているサーシャ。色々と末恐ろしい。
って、集まったのは和むためじゃなかった。話が途切れた所で、チビが本題を切り出した。
「さて。だいぶのんびりしちゃったけど、そろそろ、百合子の回収を進めたいにゃ」
ここ1年時間を貰ったのは、一つにはサーシャの訓練と絆? の強化のため。チビによればサーシャの欠片は十分表出してはいるが、念を押しておきたい、という事。
もう一つはリィンと人類の交流を進めておくため。これ以上階段を登れないため百合子再構成にはサーシャ本体が必要で、失敗した場合最悪サーシャを失う恐れがあった。共鳴コンバーターの改良は進んではいるが、まだまだ細かなニュアンスの交換にはサーシャの力が必要で、もう少しコンバーターの改良が進むまではサーシャを連れて行かないでくれ、とアキラ団長に泣いて頼まれていた。
決してサーシャと遊んだり煎餅を食うためにダラダラしてた訳ではないのだ、と自分に言い訳する健二。
「改めて推移と状況をまとめようか。2030年のあの夜、百合子にリィンとは別の力場生命体が衝突した」
チビが推移をまとめ始める。
「どんな生命体だったか、もう正確にはわからんにゃ。ただ、その結果百合子の存在がバグって砕けて、時空の色々なところに散り散りになった」
「それが今まで塔で見てきた百合子の欠片だな」 と健二。
「そうにゃ」
時折ぺちゃぺちゃとミルクを舐めるチビ。健二はここしばらく疑問だった点を聞いてみた。
「塔の各層の世界は物質的にはコピー、って前言ってたよね。この層もコピーなの? でももう塔はリセットできない、つまり元の世界には戻れないってことだよね? 本物の百合子にたどり着けなくない?」
「健二のくせに、良い点に気づいたにゃ。」
「くせに、は余計です」
健二の抗議を無視してチビは続ける。
「一つ前の層までは、各層の世界は物質的にはコピーだったにゃ。というか分岐したパラレルワールド、と言った方が解りやすいか。でも、そこにある欠片はパラレルワールドに左右されない時空間の本質であり本物にゃ。それを表出させる事で塔のシステムに欠片が回収されるにゃ」
「そう言ってたよね」
「ところが今回だけ何故か、この層が作られた時点でリィンに認識されてしまった。これによってコピーではなく実宇宙に階段が繋がっちまったにゃ」
「?」
「なるほど、曖昧な宇宙をShallowCopyして仮想環境を構築していたのに、曖昧さが無くなってコピーに失敗した、ということですね」 と、サーシャ。
「そゆこと」 とチビが頷く。「だから元の世界、とはここの事。本物の百合子嬢ちゃんもここにいるよ」
よく分からない健二。だがまあサーシャが納得してるなら正しいのだろう。
「あとさ。今までの階層で散々『欠片欠片』って言ってたけど、結局欠片って何なの? 百合子に打ち込むって?」
「うむ、本来ポイされる予定だったお前には知らせる必要も無かったから説明しなかったけど。欠片ってのは精神に寄生する力場情報体にゃ。生命体じゃなくてウィルスに近いかな」
え。何それキモい。もっとキラキラしたクリスタル的な物だと思ってた、と健二。
「塔が収集する、って俺様は言ってたけど、健二、お前自体が塔の構造の一部なんにゃ。各階層の人格から表出した欠片がお前に乗り移っている、これが「欠片を集める」の実態にゃ。お前が主体的に関わらないと集まらない、ってのはそういう理由にゃ」
……つまり、俺って、
「誘蛾灯にゃ」
先にサーシャに言われた。悔しい。
「むしろゴキブリホイ……いやなんでもにゃい」
「おい猫」
「で、その欠片をまとめて百合子に移動させるにゃ」
こいつ無視して続けやがった。覚えておれ。とにかく、疑問点を全部聞いてしまおう、と続ける健二。
「あ、あとさ、俺が塔の一部ってさっき言ってたよな?」
「言ってた」
「それ、塔が役目を終えて消えたら、俺も消えちゃうの?」
チビ、こちらをじっと見つめる。
「良く気づいたな。カンの良いガキは嫌いだよ」
「え……マジ?」
そんな、俺死ぬの? ポイされるの? 理不尽じゃない? と健二は絶望しかける。
「と言いたい所だけど、不本意ながら残念ながらお前は消えないにゃ」
「あ、そうなんだ、良かった。でも不本意って酷くない?」
「さっきも言ったけど。白河からここに階段が繋がった時に、ここは現実になったにゃ。つまりお前も塔製ではあるが現実でもある。つまりもう消えないにゃ」
「そっか、一安心したよ」
サーシャが左の手のひらに右手の拳をポン!と打った。
「つまり、チビさんも消えないってことですかにゃ?」
「そこはね、分からんにゃ。俺様は塔の端末ではあるけど、塔の製造じゃないからなー」
サーシャ、少し悲しげな表情になる。
「そんな。まだまだチビさんには教えを請わねばならない事が、アレやコレやシコタマありますのにゃ。例のソレのシーズン2もまだ見せて貰っていません。消滅は困りますにゃ」
「やっぱりサーシャの語彙が変なのはお前のせいだな?」
あらぬ方向を向いてふしゅふしゅ口笛の真似をする猫。確信犯だよなコイツ。
「あともう一つ、今まで欠片って完全に回収できてた訳じゃないよな? 結構失敗してるし、さんざん表出不完全とか言われてたし」
「再び、健二のくせに良く気づいたにゃ」
「くせに、は余計です」
再度の健二の抗議を無視してチビは続ける。
「欠片は必ずしも全部は要らないにゃ。欠けてたら欠けてたで少し不完全な百合子が再生されるだけにゃ」
へー。そんなんで良いんだ。
「それに、それぞれの欠片の持ち主は生きて生活してるにゃ。当然その経験は欠片を成長させる」
「あ、なーるほど。つまり多少取りこぼしても100%にはなると」
「そゆこと。特にサーシャから完全に回収できる見込みなのが大きい。100%は楽に超えそうにゃ。ただまあ、各欠片の成長分が加わるから、全くの元の百合子に戻るって訳にはいかないけどにゃ」
120%の百合子とか、ちょっと怖いかもしれない。波動砲とか撃ちそう。
「んで、問題はここからにゃ。健二10,289がまとってる欠片とサーシャが持ってる欠片を百合子本体に届けなきゃいけない訳にゃ」
「本体ってどこにあるん? まあ今やなんとなく想像は付くんだけど」
「そ。百合子の本体、とは言っても肉体は無いんだけど、これはオリジナル健二と一緒にロイデに幽閉されてるにゃ」
「オリジナルの俺も幽閉されてるって話しだったよな。何が二人を閉じ込めてるんだよ」
「これが困った事に百合子嬢ちゃん本体のせいなんにゃ」
「どゆこと? 自分から引きこもってる?」
「2030年に欠片が散逸した時、百合子本体はしばらく大泉に残ってた。お前が最後にみたのがそれにゃ。その時にはもうだいぶ不安定になっていて吹き飛ぶ寸前。最後にお前と会話して、吹き飛んだ先が、たまたまロイデ星系だったにゃ。たぶん深い理由はない。衝突した力場君の拠点だった、とかかもにゃあ」
飛んだ先が池袋とかじゃなくて良かった。健二もサーシャも頷く。
「ロイデに飛ばされた百合子には、もう自我は残って無かったにゃ。でも自分を再構成したい欲求だけは残ってたんだろう、ロイデの時空を食い始めたにゃ」
「うへえ。もう宇宙怪獣じゃんか」 健二はちょっと引く。
「健二も肉体は食われたんだけど、精神はぶつかった力場生命と同化したにゃ。力場生命氏、衝突で死にかけてたから健二と同化して生き延びる事に賭けたんだろうね」
「俺、百合子に食われたんか……」
チビは続ける。
「結果、健二は力場を乗っ取って生き延びた。百合子本体を力場で囲って一旦ロイデの崩壊は収まった。だけど百合子嬢ちゃん、今度は時間を往復し始めたんだな。たぶん欠片を取り戻そうと悪あがきし始めたんだと思う」
サーシャが相づちを打つ。
「それで時間が折り重なって、ロイデに特異点が出来た、という事ですね」
「そう。時間の反復横跳びを、前後数億年のスパンでやり始めやがったにゃ。それでオリジナル健二の主観時間で五百万年の間、閉じられた時間を反復横跳びしてる。周りの時空間を巻き込んでて出るに出られない」
二人と一匹、沈黙。
「そんなの、どうやって欠片を届けるんだ? 行ったら巻き込まれて停止しちゃうんだよな?」
チビは頷く。
「本来なら、塔には第八層があったにゃ」
サーシャが指を折って数える。
「えーっと、一層が2043年大泉、二層が1944年、三層2100年、四層1867年京都、五層2303年あかつき、六層1783年福島、七層が3001年、いや今は3002年のここ、ですね」
「そうにゃ。で第八層は2030年3月の大泉中島公園、百合子が消えた時点にゃ。まだどの健二も到達してないけど」
「消えた時点?」
「欠片が砕けてから、本体が消えるまでのタイムラグがあったろ? そこに集めた欠片を詰め込んで本体のクラッシュを防ごう、という目論見にゃ」
そりゃあまた綱渡りだなあ、しかし理にかなってる気もする、と健二は思う。
「でも、もう……」 とサーシャが口ごもる。
「そ。塔の階層がリィンに認識されたせいで曖昧さが排除されてリセットできなくなった。もう第八層は存在できないにゃ。最後の階段はもう無いにゃ」
チビが引きこもった時に言ってたな。今回が塔の最後だって。
「じゃあどうする、ってまさか」
「時間折りたたみの対策をして、ロイデに直接突っ込むしか無いのにゃ」
「「ですよねー」」 ため息交じりの健二と、律儀にハモるサーシャ。
ああ、最高難易度はここからだったか、と途方に暮れる健二なのだった。




