再構築
マルクス一味が捕縛された後、ドビュッシー内の総点検が行われた。爆弾の位置がリィンによって示され、全て回収。すでに中身はチビによって非活性化されていたが、念のため防爆構造のコンテナに密封された。裁判の証拠にするらしい。
ステーション職員全員の再チェックも厳密に行われた。その過程でマルクスと二人のメンバーが違法な脳ナノマシンを使用していた事が発覚、罪状が追加された。幸い他のテロリストは発見されなかった。一件落着、であった。地球では彼らを見逃していた事について責任問題が勃発していたが、当面ドビュッシーには関係の無い事だった。
リィンとの話し合いは一旦停止。離脱されないかヒヤヒヤしていた交渉団だったが、幸い共鳴コンバーターからリィンが去る気配はなかった。サーシャからも、時間を置いてからの話し合いの継続を伝えられた。その時のアキラのホッとして脱力した顔は、日頃から謹厳実直として知られる彼が公の場で初めて見せた、希有な表情として皆の記憶に残った。
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重傷で医療区画に戻ったサーシャだが、次の日には彼女の希望で、木の枝のような宇宙船で一旦リィンの宇宙木に戻る事になった。
その知らせを受けて、健二とチビは医療区画でサーシャと対面している。二人は椅子に、チビはテーブルに座る。
この区画は画像も音声もモニターされているが、もう今更構わないよな、と健二もチビも考えている。サーシャの語るに任せるつもりだ。が、それはそれで少し心配な健二。
健二も、人類側に何を言っても構わない、とサーシャ・リィンから了承を得ている。そもそも最初からリィン側には何かを人類に隠す、という考えは全くなく、全ては健二とチビの判断次第となっていた。
「サーシャ、宇宙木に戻るって、やっぱり体が治りきってないのか?」
綺麗になった貫頭衣を着たサーシャは、きょとん? とした表情をしている。最初の頃の、表情筋? それって美味しいの? という状態から少しずつ顔が動くようになって来ていた。もの凄い勢いで人間のあり方を学習している。会ったばかりの頃の非人間さはどこへやら。
「昨日の身体損傷のことなら、すでに完全に修復済み。何も問題は残っていない」
「そっか、それなら良かった。でもそれなら何故、木に戻るんだ?」
サーシャ、少し考え込み溜めを作る。いったい何を言い出すつもりなのか。
「〈静かな波〉と私とで今後の行動方針を決めた。そのために必要な処置を行うために、木の設備が必要」
「「処置?」」 不穏な響きに、健二とチビがユニゾンで聞き返す。サーシャは、
「すぐに判明する。次回の放送をお楽しみに」
と宣った。
「おいチビ、お前、サーシャに何を教え込んでるんだよ!」
テーブルの上で、分かりやすくあたふたする猫。
「いいやー!? 俺様知らんにゃ! 階段以外でそんなメタな事言わないにゃ!」
「ヒノデの音声データに残っていたにゃ」 とサーシャ。
チビは沈黙する。ヒノデ? 探ると、確かにそんな事を言った記憶がチビにはあった。あるが、しかし。
「ちょっと待てにゃ。それ、層の時間を止めてた時の会話にゃ。何故リィンに記録がある?」
「いーち、にーい、さーん。ちょっと待ったにゃ。確かに圧縮はされていたけど、完全停止はしていなかったにゃ」
「マジかー。オリジナル健二使えねー」
リィンの情報収集能力が凄いのは分かっていたが、そこまでアリなのか。連中といる限り、今後プライバシーって単語は死語になるんだな、と遠い目で健二。
更に、ついに音声でも「にゃー」言うようになったサーシャ。あああ。そういう方向の学習が深まるのはどうかと。もう手遅れかもしれない。
途方に暮れる健二とチビを横目に、サーシャは立ち上がった。
「ユニット・健二、ユニット・チビ、私は一ヶ月ほどで戻ってくる予定。正装で待つように。アイル・ビー・バック」
「なあ。なんかサーシャの語彙おかしくない?」 健二がつぶやくが、誰も説明してはくれなかった。チビは横を向いていた。
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リィンと同意した事で、チビとしても存在を隠す必要が無くなっていた。何せ最後の百合子の欠片が塔の存在を気にしていない。健二にもべったりだ。
チビによれば、本来は素の健二が欠片の保持者と相互作用する事で欠片が表出する、はずだったが、サーシャに関してはそんな必要も無く欠片が表に出てきていて、いつでも回収可能な状態になっていた。
つまりもう塔の収集作業は完了したも同然だった。最後に欠片をどうやって百合子として再合成するか、という問題は残るにしても。
という訳で、サーシャが不在の一ヶ月、健二とチビは状況を洗いざらい交渉団に打ち明けた。
交渉団にとっては全く信じ難い話ではあったが、インベントリも医療用ナノマシンもシールドも実演されてしまっている。猫も流暢かつ無礼に喋っている。百合子が失踪した当時の事件の記録もデータベースの奥底に残っていた。夢や嘘であってほしかった交渉団の面々だったが、もう認めるしかなかった。地球人個人による超高度な文明? が存在している事を。
チビは塔の技術を移転しようとしていたが、それは全く進まなかった。それはそうだ、オリジナル健二の技術は時空間の物理に特化した五百万年先のもの。石器時代にすら達していない類人猿に相対性理論を教えるようなものだ。ここは基礎から超気長に学んでもらうしかない。幸いリィンも協力的だ。こちらは130億年先行と更に途方もないが、科学のベクトルが明後日の方向なのでうまく補完ができていた。
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そして。サーシャの言っていた帰還予定から遅れて二ヶ月ほどの後。
ついに木の枝宇宙船がドビュッシーに戻ってきた。
二度目の来訪で検疫は不要、という事で発着ポートのエアロックで待つ健二とチビ、そして交渉団のメンバー。接舷した木の枝宇宙船から姿を現したのは、しかし見知らぬ小さな女性だった。
誰だあれ? 髪の色が同じだからサーシャの妹? と戸惑う健二と交渉団。タラップから降りた女性が面々の前に立つ。
まずサーシャと比べて身長が低い。150cm程度しかない。超絶ヒョロかったサーシャと違い、筋肉もそれなりにありそうだ。女性らしい起伏も控えめながらあった。
髪の毛は、サーシャと同じシルバーブロンドのざんばらボブ。目は薄い青でこれもサーシャと変わらない。肌の色も白めだが、これはサーシャより若干濃い色彩だった。服装も貫頭衣ではなく、腰に大きなリボンの付いている他はシンプルな白いワンピースにサンダルだった。ここ宇宙なのにワンピとは。いくら人工重力があるとは言え、どうなんだろう。巨大ひまわりとか持たせたら似合いそうな出で立ちだった。
サーシャに似た顔立ち。彼女に妹がいるなんて話は聞いていない。嫌な予感で溢れかえる健二とチビに、彼女が第一声をあげた。
「ドビュッシーよ、私は帰ってきた!」
それは、少しだけ高く幼くなっていたが間違いなくサーシャの声だった。
「お前、サーシャなのか!?」「そのネタが分かるのか!?」 健二とチビが同時に叫ぶ。
「え? お前何言ってんの?」 健二はチビに怪訝な顔で問う。
「……すまんにゃ。忘れてくれ。つい。」
まあきっと、例によって昭和なネタなんだろう。「平成にゃ」 ポンコツ猫は無視してサーシャ?に話しかける。
「ええっと、君はサーシャなの?」
「その通り。新・サーシャここに爆誕、にゃ」
ええ~…… あまりにもあんまりな方向に変貌したサーシャを見て、心が砕け散っている健二と交渉団。
「なんでまた、体が縮んだの?」
「チビさんに提供された技術を改良した新たなナノマシンで、問題のあった肉体を修正した。当初の計画より大規模な変更になったので、脳以外の全てを一旦解体、再構築したため時間がかかった」
ええー、なんか超怖い事言ってるよこの人。グロいよ。交渉団の皆さんも青い顔でドン引きしていらっしゃる。
「この体を再設計するにあたり、より頑丈で高い重力加速度にも対応可能で、狭い宇宙船内でも動きやすく、燃費も良く、と条件を突き詰めていった結果こうなった」
サーシャは両足を肩幅に広げ、両腕を腰に付けて胸を張って答えた。えっへん、のポーズ。なんだかちびっ子が大人ぶってる感が凄い。
「私は、利便性のために腕を四本にすべき、と提案したが〈静かな波〉に却下された。人類に馴染みにくくなる、という理由で」
〈静かな波〉、グッジョブ。
「代わりに心臓や肝臓など特に重要な臓器を多重化した。血液循環系も二重化した上で高G対応になっている。プラスマイナス20Gまで気絶しない。骨格や筋肉、神経系も強化してある」
おおう。超人じゃん。
健二は更に恐る恐る聞いてみた。
「あとですね。その喋り方の極端な変貌は、どういうことでしょう?」
なんだか恐怖の余り、つい丁寧語になってしまった。
「私は百合子の欠片保持者。従って少しでも百合子を理解するために、彼女が消えた2030年以前50年ほどの記録を重点的に学習したにゃ。ドビュッシーとリィンの記録に残されていた範囲だけなので不完全と思われるが」
言っている事は理解できなくもない。それにしたって偏ってる気がしてならない。教材の選択に絶対ミスがある。誰だチョイスしたの。
「あと、失踪当時の百合子の身長に近い事で、ユニット・健二の好感度を上昇させる効果もあると思われる」
ちょ。ま。
「あのねサーシャさんや。それバラしちゃったら効果薄くなるにゃ」 とチビ。
「……なるほど。それが駆け引きというものですか。サーシャ学習した」
健二は思った。
そもそも、リィン+サーシャと接して百合子の欠片を引き出すのは、チビ曰く「最高難易度」だったはずだ。
それがどうだ。確かにテロリストの襲来とか難易度は高かったが、ふたを開けてみればターゲットは人間に慣れ慣れ。超協力的。
どうしてこうなった。白河の山村まではずっとシリアスだったのに。
「ほんとにねえ。諸行無常とはこの事にゃ」
「……チビさん、何か悟りを開いた風につぶやくの止めてくれませんかね。大半はあなたの責任ですよ?」
「それはそれ、これはこれ。ただね。ギャグっぽいのはサーシャだけにゃ。状況がシリアス、宇宙存亡の危機なのは変わらんにゃ」
そうだった、確かに。百合子を取り巻く状況は、決してほのぼのはしていない。最難関はここからなのだ。
……ちっこい誰かさんのせいで緊張感は無くなったけど。




