終結
健二が会議室に戻る。ナノマシンを停止させていたウィルスは管制室によってほぼ駆除されたようで、照明や通信が回復していた。
もちろんサーシャも無事。念話で分かってはいても、姿を見て安堵する健二。チビも傍らに戻ってきていた。サーシャに駆け寄ろうとする健二だが、途中で交渉団のメンバーに捕まり質問攻めにされてしまう。
それを端から見ているマルクス。何が起こっているのか分からない。
「(何故、爆弾が起爆信号に反応しないんだ。まさか、あのクラークとかいうガキに全て解除された? いやいや、広いステーション内に5箇所だ、この短時間で一人だけで処置できる訳がない)」
マルクスは、手元のタブレットに目を落とす。そこには表示を偽装した反応弾へのアクセス情報があるが、通信は途絶していた。
反応弾は基本的にリモートコントロールだが、マルクスが死亡ないし行動不能になった時に備えて時限式でもある。マルクスが定期的に確認信号を送らない限り勝手に起爆するようになっており、手元のカウントダウン表示が起爆までの数字を減らしている。あと約180秒。マルクスもろともステーション・ドビュッシーは消滅する。
「(計画の成功を見届けられないのは残念だ。しかし30キロトンと小型ながら核爆弾だ、裏切り者は確実に消せる。我々の勝利だ!)」
カウンターが静かに0を指す。
ズドン!
ステーションが大きく揺れた。誰もが立っていられず転倒する。照明が再度落ちる。会議室内の情報機器も火花を散らして沈黙した。
反応弾を積んだコンテナは、その時ステーションから5kmほどの距離にあった。チビのシールドで威力は半減していたが、それでもヒロシマ級並の威力が残っていた。
核爆弾の威力のほとんどは、急激に熱せられた空気による衝撃波だが、真空の宇宙空間でそれは発生しない。代わりに熱パルスと大量の放射線が押し寄せた。瞬間的な加熱でステーションの外郭はたわみ、部分的に破壊される。外郭の素材は放射線を遮るが、たわんだ隙間から電磁パルスが侵入し、ステーション内の電子機器とナノマシンを焼いた。
「今度は何だあ!」 揺れ続けている会議室でアキラ団長が叫ぶ。一旦収まったかと思われた混乱がまた交渉団に襲いかかる。
ゴン!
「サーシャ!」 サーシャを囲むシールドは健在だったが、中にいたサーシャは振動の衝撃で床に叩き付けられていた。
「チビ! シールドを解け!」
「にゃー!」
即座に消滅するシールド。健二はサーシャに駆け寄り倒れたサーシャを抱き起こす。
「サーシャ! しっかりしろ!」 と声を掛けるが、頭髪の下から出血していて反応がない。口からも血が出ている。
「スキャン開始、右側頭骨陥没、脳挫傷、脳内出血多量、第三第四右肋骨破断、心拍低下。危篤にゃ。心停止予測130秒後」 とチビ。
「どうしたら…… あ、あれなら!?」
「それにゃ!」
健二はインベントリから、白河の村でお絹に使った薬を取り出した。パラフィン紙に包まれた古風な粉薬。
交渉団員一同が二人と一匹を遠巻きに取り囲んで注視しているが、必死の健二の意識には入って来なかった。チビも声を出して喋ってしまっているが、自分で気づいてもいない。
健二はサーシャの口を開き薬を飲ませようとするが、チビに制止される。
「口からじゃ間に合わんにゃ。右の目玉に振りかけろ!」
「目玉!? 大丈夫なのかよ!」
「いいから早く! 時間無いにゃ!」
右目を指で無理矢理開いて、そこに粉を振りかけた。半分振りかけたところで山盛りになったが、眼球に付着した粉は、あっという間に溶解して見えなくなる。
「目から入れるのが一番脳に近いにゃ。残りは口に入れとけ」
口にも粉を押し込む。サーシャの体内構造が視界にスーパーインポーズされる。急速に増殖・移動した医療用ナノマシンが、脳と頭蓋骨の修復を開始していた。
「よーし、なんとか間に合いそうにゃ。しかしあの程度の衝撃でここまで骨折するとか弱すぎる。リィンの子育て間違ってるにゃ」
「ほんとそれ」
取り囲む交渉団員全員の頭上にハテナマークが浮かんでいる。カズトも猫も、普通の存在じゃないのは明らかだが、しかし何者なのか。もしかしてサーシャ以外にリィンの関係者が隠れていた? それとも別口? しかし何故今?
問い詰めるのも忘れて棒立ちになる一同であった。
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一方。
「(何故! 私は何故まだ生きている!?)」
マルクスも混乱の極みにあった。さきほどの衝撃は核爆弾だろうが、規模が小さすぎる。本来即死していなければおかしい。
しかし、理由を詮索しても仕方ない、とすぐに立ち直る。見ればサーシャを取り囲んでいた卵が消えていた。ターゲットは倒れている。衝撃で転倒したのだろう。クラークとか言うのが脇にいて猫と会話している。理解の外にあるが、マルクスとサーシャの間に障害物は無い。
最後のチャンス。マルクスは腰のポーチから短いナイフを取り出す。刃の背にノコギリ状の荒い波刃がついた見た目。これで刺して、手首を返して引き抜けば止血などできないほど複雑な穴が空く。人体の破壊に特化したナイフだった。
ゆっくりサーシャに近づいていく。よし、気づかれていない。あと一歩!
「死ねえ、裏切り者!」
ナイフを腰だめに構えてサーシャに突進する。健二が気づいて振り向くが、もう遅い!
「もらった!」
叫ぶマルクス。サーシャの右腰にナイフが柄まで埋まる。マルクスの手に伝わるプッツリした手応え。肝臓を引き裂いた、絶対に助からない、とマルクスは満面の笑みを浮かべる。健二がマルクスを蹴り飛ばし、転がって行った所で尻ポケットから抜いたリボルバーを発砲した。腿と尻に二発命中。マルクスは崩れ落ちる、笑ったままで。
「サーシャ!!」
腰にナイフが刺さったままのサーシャが、パチっと目を開けた。脳の修復は無事済んだらしい。
「報告。身体各部が非常に痛い」
「そりゃあ痛いだろ! 早く治療を……」
慌てる健二とチビ。健二は再度ナノマシンを投与しようとインベントリを開けるが、
「不要。あなた方に注入された微小機械を〈静かな波〉が解析した。大変興味深い、我々には無かった技術」
「「へ?」」 行動停止してしまう健二とチビ。
「現在、ユニット・サーシャに合わせた改良を完了。胴体の治療を開始した」
「解析して改良しただあ?」 チビがつぶやく。
「要請。腹部に挿入された金属片が修復の妨げ。これを抜いてほしい」
ナイフを抜け? いや、そんな事したら逆に大出血してマズいんじゃ……健二はためらう。
「無問題。出血は抑止してある。とても痛い。さあ」
健二は恐る恐るナイフを引き抜く。確かに多少血がにじむ程度で大出血はしなかった。
「回復は進行中、完全治癒まであと320秒。しかし血液の逸失量が多いので、本日は補給のため休養させてもらって良いだろうか」
それは勿論構わないと思う健二だが、一応判断は団長の役割だ、と本当に今更ながらに思い出す。
アキラ団長を振り向く健二。団長と目が合う。もう目の色が理解を諦めているが、健二の視線の意味は分かったようだ。
「あ、ああ、好きなだけ休んでくれ。何か必要なものがあれば何でも言いつけてほしい」
「感謝。退去する」
全身血まみれの姿で、しかし確かな足取り? でペタペタ会議室を退出するサーシャ。見送る健二とチビ、と交渉団。
倒れて気絶していたマルクスも、警備員によって拘束されていた。息はあるので、この後取り調べになるのだろう。
「クラーク君、」 アキラ団長が近づいて来て健二に声をかける。
「君の事、猫の事、テロの事、いろいろと聞きたいのだが、良いだろうか?」
そりゃあ当然だよね、と健二は思う。しかし。
「団長、申し訳ありません。どこまでお話できるかはサーシャと相談する必要があります。サーシャが復活するまで時間を頂けないでしょうか」
アキラは、しばし健二とチビを交互に見つめる。「はあ。」とため息をつくと、腰に両手を当てて言った。
「わかった。交渉団の立場が丸潰れだが、待つ事にするよ。立ち去ったりしないでくれよ?」
『今回はもう通常の終了になり得ないから大丈夫にゃ』
健二は頷いてアキラに返答する。
「はい、そのつもりはありません。ただ、チビだけは、念のためサーシャのそばにいさせて下さい」
もう残党は残っていないと思うが、油断するつもりも無い。




