襲撃
今はあまり使われていないドビュッシーの物資格納庫。広々とした空間、格納されている物資も多くない。薄暗くなっている内部は、ステーションのベース音のみが低く響く静寂。
共鳴コンバーターの建造中やこの宙域への航行中には物資の出入りが激しかった場所だったが、リィンとの交渉が開始された今では訪れる者もほぼいない。
そんな閑散とした格納庫の片隅、コンテナで囲まれた人目に付きにくい場所に3人の男が集まっていた。
そのうちの一人、マルクス・トーレン、テッラ・プリマの指導者。小声でメンバーに指令を伝えている。
「明日の交渉の場で、暗殺を実行する」
頷くメンバー。まず、交渉で会議室に人が集まっている時にサーバーに仕込んであるウィルスを起動する。これは人類製のナノマシンを無効化する違法かつ凶悪なものだ。これにより共鳴コンバーターが機能停止し、リィンが切り離される。同時に人類側の兵器も停止する。サーシャの背後を警備しているドローンも停止するはずだ。
ここで更にステーション各所に設置した小型の爆弾を爆破し、その混乱の最中に交渉団の一員であるマルクスがただの金属の刃物でサーシャを刺殺する。同時にバックアップ要員はナノマシンを使っていない旧式の火薬による銃でも銃撃を行い念を押す、という計画であった。
更に更に、それらも失敗した場合に備えてこの格納庫には強力な爆弾も設置されていた。ドビュッシーそのものを破壊する規模の核爆弾。マルクスとしても避けたい手段だったが、いざとなれば使用するつもりであった。
「レプリケーター無しで弾丸を作るのには苦労したが、ここまで来れば成功は約束されたも同然だ。諸君の健闘を期待する!」
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ステーション時間の朝。今日も交渉団とリィン+サーシャの話し合いが行われている。リィンの技術供与について、人類のリィン領域への派遣について、詰めなければいけない事柄は山のようにあった。
チビは、数日前からサーシャの要望で寝起きを共にしている。会議中もそれ以外も常に横にいる。交渉中は会議卓に置かれた座布団の上で丸くなっていた。肩に乗るのは残念ながら、サーシャの体力的に無理だった。そもそも彼女の体型が細く、肩が小さくて乗りにくい。『嬢ちゃんヒョロすぎにゃ』
サーシャには、テロの危険がある事を知らせていない。知らせる事でリィンが交渉を打ち切る懸念があるからだ。それでは全てが水の泡で、塔の破棄に繋がってしまう。最も避けなければいけない事態だ。
ミサイルなどは、察知さえできれば猫の力で無力化できる。しかし塔はステーション内部全てを把握している訳ではないから、例えば隠されている爆弾などは爆発するまでわからない。テロリストの行動についても同様。事前に分からないので、どうしても後手に回ってしまう。
なので、何か緊急事態が発生した場合は、チビが気密のシェルを生成してサーシャをその中に保護する手はずになっている。勿論保護には時間制限がある。主にリィンの堪忍袋による制限だ。リィンが怒り出す? 前に事態を収拾する必要がある。綱渡りだった。
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普段通りの交渉のテーブルでは、言語の食い違いから低速ではあるが、話し合いが進んでいる。
交渉団の一員としてテーブルに付いているマルクスは、ポケットに入ったウィルス起動スイッチを押した。
その時はアキラが発言中であった。
「さて、次の議題に移りたい。君たちリィンが主に存在している宙域についてだが、…………」
その時、共鳴コンバーターのインジケーターが明滅、非常停止ランプが点灯した。発言の変換が停止する。
ウィルスが高速で拡散していく。会議室の照明が落ち、非常用に切り替わる。サーシャの左右に浮遊していた警備用ドローンも、ガシャン、と落下した。
「何事だ!!」 アキラが叫ぶ。しかしステーションの管制室は応答しない。通信機器も全て沈黙していた。リィンの応答も無い。
『チビ!』
『おうにゃ!』
フォン! サーシャを囲んで、直径2mくらいの卵の形をした半透明のシェルが現れた。チビのシールド。サーシャがチビに問う。
「……質問。これは何か」
シェルの外側、テーブルの上にいるチビが答える。
『すまんサーシャ、非常事態にゃ。危険かもしれないので念のためシールドを張った。ちょっとだけ我慢してて欲しいにゃ』
『了解。この事態は予測されていたので問題はないにゃ。ただ、このシールドは人類の技術ではないと思われるが』
『そのへんは後で説明するにゃ。すまんにゃ』
『了解にゃ』
健二は改めて戦慄する。予測されていた?
それなら何故リィンは事態を放置していたのか。サーシャが死んでも良いと考えていた? 人間と物事の捉え方が異質過ぎる。
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マルクスは唖然としていた。
ウィルスがコンバーターや道具を無効化したら爆弾で混乱させ、その隙にサーシャに忍び寄る、のはずが。
なんだあれは。半透明の卵がターゲットを囲んでいる。リィンの技術なのか?
メンバーの一人が勇み足で卵に銃撃を行った。しかし全て弾かれた。そのメンバーは即座に周囲の警備員に取り押さえられてしまう。くそ、無駄な行動をしおって。いや銃器の攻撃が無駄と判ったのは有益だったか。
あの卵が有る限り銃もナイフも通用しないのだろう。しかし、見たところ体積は小さいから酸素はそれほど保たないはずだ。いずれ解除される時が必ず来る。ウィルスが駆除されるのとどちらが早いか。ここは時間を稼いで、その時を待ち、改めて刺殺すれば良い。爆弾も温存だ。
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突然サーシャを取り囲んだ卵の形をしたシェルに、交渉団は混乱している。
「これは一体……リィンが生成してるのか?」 団員の一人がつぶやく。
勘違いだが、健二には都合が良い。サーシャに対する銃撃は防ぐ事ができた。しかし、共鳴コンバーターをダウンさせるほどの準備をしていた連中が、そんな安直な手段で終わるとは思えなかった。
『チビ、次はどうする』
『この状況だと、次の手は爆弾にゃ。ただ、規模も場所も判らない。ステーションごとドッカンとやるのじゃない事を祈るが、わからん』
『提案。〈静かな波〉を説得したにゃ。化学反応により高速で金属片を拡散する仕組みについて、所在を示す事が可能』
説得。つまりリィンには本来そのつもりは無かったのをサーシャが説き伏せた、という事か。子細はともかく、今はありがたい。
『情報。小規模なものが5。大規模なものが1。小規模のものは周囲3mほどが消失すると予測されるにゃ』
『でっかいのは?』
『演算。回答。このステーションが消滅すると思われるにゃ』
マジか。自爆攻撃かよ。どこの中東だ。
『〈静かな波〉が各物体の配置をマッピングしたにゃ。転送するにゃ』
健二の目の前に、半透明の地図が表示された。何度も見た視界へのインポーズ。ただリィン製の地図は塔のものより精緻だ。ステーションが立体だからか、チビが大雑把だからか。
『よし、小さいのは俺様が対処する。デカイのは健二、お前が何とかするにゃ』
『なんとか、って言われても。この設置場所って格納庫だよな? ナノマシン全部落ちてて、扉も開かないぞ?』
『……お前がこの層まで登って来られたの、ほんと不思議にゃ。あるだろ、インベントリにナノマシン関係ない骨董品が。下ネタ姉ちゃんのアレが』
ああ、あれか。しかし下ネタ姉ちゃん。リナ先輩酷い言われようだ。でも確かにあれならここでも使える。扉を無理矢理開けられるだろう。
『質問。下ネタ、とは?』
『サーシャさん、それは君には早いのでまたいずれ』
『不可解』
とりあえず放置で。これ以上この話題は危険な匂いがする。
健二は会議室の閉ざされたままの扉に走ると、インベントリからパワーローダーを取り出し飛び乗った。ハーネス・ヘッドセット装着、コントローラー接続、起動。うん、問題無く動く。
空中から忽然と現れた無骨な作業機械を見て、アキラ団長が顎を落とす。
「え、クラーク君、何だそれは? どこから出てきた?」
周囲の交渉団員や警備員もあっけにとられている。健二は知らなかったが、もちろんマルクスも愕然としていた。
「(なんだあれは?! 何故、動いてる機械があるんだ!)」
ウィルスによって落ちないナノマシンはあり得ない、はずだった。あの骨組みだけのロボットは何故動けるのか。
パワーローダーを見て、シェルの中のサーシャも珍しく目を大きくしている。なんだか可愛い、などと不覚にも健二は思ってしまう。
現れたパワーローダーは、この時代の様式からは異質な見た目。ゴツくて洗練さの欠片もない。何せ900年前の骨董品だ。
しかしナノマシンに頼らない制御と駆動系。電源も塔からの供給。パワーだけは人体の何十倍もある。十分だ。
ローダーの腕力で会議室の扉をこじ開ける。ナノマシンに頼ったドアには、閉鎖用のバネとかロックとかが存在しない。摩擦力だけで固定していて重いだけ。ローダーの敵ではなかった。
一方、チビは会議室の壁にある空調ダクトに飛び込んだ。そこからなら爆弾のある部屋に行ける。爆弾を視認してしまえば、あとは起爆を解除できる。高級端末には簡単なお仕事だった。




