端末の意地
チビが部屋にこもって数日。その日も勤務という名のサーシャとの雑談を終えて部屋に戻ると、毎日部屋の隅で丸くなっていたチビが机の上に普通に座って、入って来た健二を見つめていた。
「おかえり」
何日かぶりに聞く声は、いつも通りの調子だった。
「おう、ただいま。引きこもりは終了したのか?」
「引きこもり言うな。深遠な考察を展開していたにゃ」
ほーん。物は言い様だな。
「で、塔の階層外についてリィンが認識していたのは、塔にも想定外だった、というのはお前にも理解できるにゃ?」
「唐突な『で』」
「俺様には、創造主がいる。以前お前が、俺様の後ろに誰がいる? って聞いてきた事があったにゃ?」
「ああ、教えてくれなかったけどな。教えるつもりになったのか?」
「長くなりそうにゃ。茶でも入れて座ってくれにゃ。あ、俺様にはミルクも」
この猫が気遣いするなんて珍しい。健二はレプリケーターに命じて、湯飲みに入った日本茶と平皿の猫ミルクを机の上に生成させた。
「乳糖が入ってない猫用だぜ。まあ、お前の場合成分とか関係なさそうだけど」
「健二のくせに、気が利くにゃ」
くせに、は余計だ。茶を一口飲んで、ベッドに腰掛ける。
「んで?」
「ん。じゃあそもそもの始まりから説明するにゃ」
「そもそも?」
チビ、机の上でベッドに向き直る。赤い首輪についたオーナメントが軽い金属音を立てた。
「塔とは何か、にゃ。最後までお前には明かされないはずだったけど、状況が激変したにゃ。お前の協力がどうしても必要になったんで、情報を公開する事にしたんにゃ」
最後まで明かされないはずだった、って、それって。
「そう。百合子嬢ちゃんの欠片を集め終わったら、お前は用済みでポイっとされる予定だったにゃ」
「ポイ」
「ポイっ、にゃ。創造主にとってお前は使い捨ての道具だったにゃ」
健二もなんとなく予想はしてたが、想像以上にひでえな。人権大事に。
「で、塔だが、創造主、つまり作ったのは健二、お前にゃ」
「…………はい?」
言われた内容が鼓膜で止まり脳に届かない。
「正確には未来のお前にゃ。百合子が消えた晩覚えてるだろ? 百合子は分裂して散りぢりになり、お前は巻き込まれてロイデ星に吹き飛ばされたにゃ」
「え、どういう事よ。俺消えた百合子を見送って大泉に残されたんじゃないの?」
「それは、やり直したお前にゃ。お前は大泉のあの公園から何度もリピートしてる。実のところ、お前は10,289人目の西野健二にゃ」
「リピート? 一万人?」
「一番最初の飛ばされた健二は、ロイデの時間の重なりに拘束されて動けなくなった上に体を失って死ねなくなった。まあ色々あって力場生命体になっちまったにゃ。それ以来現地時間で約五百万年、研究に研究を重ねてついに地球にプローブを飛ばして時間操作を可能にしたにゃ。そのプローブが塔であり俺様にゃ」
なんだかスケールがデカ過ぎてついて行けん、と健二は脳味噌が遠くなる。とりあえず茶を一口飲んでみる。
「五百万年経ってもオリジナル健二が頑張ってたのは、ひとえに百合子嬢ちゃんを助けたい、という信念だったにゃ。いや、信念というよりもう狂気だな。正気であんな努力はできん。体が無くなって疲れ知らず、ってのも大きいにゃ。で、欠片の存在を突き止め、それを回収して再度合一させるために塔を作った」
チビは途方もない話を更に続ける。
「そこまではなんとかなったが、1万人の健二のうち、能力的に塔を出現させるに至らなかったのが9割。残りは塔を登ったけど、この階層までたどり着けたのはお前でようやく8人目なんにゃ。B29の爆撃で嬢ちゃん死なせたり、新選組に切られて死んだり、海賊に撃たれて死んだり、浪人に切られて死んだり。さんざん死んでるにゃ。欠片の集まりが悪過ぎて打ち切った事も相当あったにゃ」
「マジかよ……あれ、この層に来た他の7人は?」
「色々にゃ。殺されたりステーション爆発したり、サーシャ嬢ちゃんが殺されたり。まだ誰も突破してない」
「サーシャが殺される?」
「カズトにも独立派の知識があるだろう? 連中の襲撃が成功したにゃ」
「そうか」
しばし沈黙。予想外の内容に言葉も出ない。チビも俺が納得するのを静かに待っていてくれている。
「なんとなくだけど、理解はできた。しかし、今までそういう情報全然明かさなかったのに何故今回?」
「今回失敗すると、二度とリピートできなくなる恐れがあるからにゃ」
「? どゆこと?」
「リィンども、単なる力場生命かと思ってナメてたにゃ。そしたら実は時空からはみ出して進化してる存在じゃんか。今回、あいつら塔が作る仮想時空間を認識してしまったにゃ。それによってこの宇宙の曖昧さを利用してた塔が連中の認識で固定されてしまった、なので繰り返すために宇宙をリセットする事が出来なくなったにゃ」
さっぱり理解できない健二。
「よくわからんが、だから俺に情報を開示して成功率を上げて、なんとか今回で百合子を集め切りたい、と?」
「そんな感じ」
「でもさ、それならリピート任せにしないで、最初から全情報開示して成功率上げたほうが良かったんじゃないの?」
「もちろん、何度かは試してみたのよ」
チビがうつむいてつぶやく。
「でも、それやると百合子嬢ちゃんの反応が極端に悪化するにゃ。結果、全然欠片が集まらなかったにゃ」
「へー」
「へー、じゃないにゃ。お前が大根役者だから、真実を知ってしまうと演技臭くなって警戒される、という結論に至ったにゃ」
「酷い」
「でも、もうそんな事言ってられないし、幸いここまで登ってこられたから多少お前がヘボ役者でもなんとかなるかもしれない、と考えたにゃ。サーシャは脳味噌人外だから、多分演技とか気にしないにゃ」
あー、確かにサーシャならそうかも。感情の機微とか持ってないっぽいし。
「ただね、」
チビが顔をこちらにあげて、しかし少し躊躇う。
「この方針は、俺様の独断なのにゃ。オリジナルのお前の許可は取ってない」
「え。そんなこと可能なの? お前、塔の端末だって言ってなかったっけ? 監視されてないの?」
「端末なのはその通りなんだけど、塔のシステム自体は自動運転で、起動時から放置されてるにゃ。塔は自動の百合子回収装置であって、オリジナルのお前は運用を俺様に投げっぱなしジャーマンにゃ」
おおう。ってことは、もの凄く長い間チビは一匹で頑張ってたのか。酷くないか、最初の俺。
「今、オリジナル健二に相談したら、塔を破棄しかねないにゃ。それは避けたい」
あー。そうなりそうだよな。
「相談しなくても、今回失敗してリピート不能になったら、原初のお前はやはり塔のシステムそのものを破棄するにゃ。そして、本来アクセスできないはずの大泉の公園での消失以前の時空に手を出そうとするはず。分裂前の百合子嬢ちゃんを確保すると思われるにゃ。でも……」
「でも?」
「1万年近く塔を管理してきて、俺様も時空間の物理学はそこそこ極めてるにゃ。宇宙が固定された今の状況で開始時点より遡ろうとすれば、たぶんこの宇宙は崩壊するにゃ」
「崩壊って……そんなの、最初の俺にだって分かってるんじゃ?」
「たぶん知ってる。でも他に手がなくなるなら、極小の可能性に賭けるにゃ、あいつなら。それは阻止したい。だから」
チビの目が、言葉が、力強く俺に訴えかける。
「今回の塔を成功で終わらせて、塔の最後にしたいのにゃ」
こいつが、ここまで感情を顕わにしたのは初めてかもしれない。仕方ないなあ。
「良く分かった。健二マーク10,289として、協力するよ。任せろ」
「……番号のキリが悪いにゃ」
「うん、俺も格好悪いなって言ってから思ったわ」
互いを見てニヤっ、と笑みを交わす。
「じゃあ、まずはサーシャを守るにゃ」
「おう。俺も失敗してポイってされるのは嫌だしな。サーシャに情も移りつつあるし」
「浮気者」
「あのなあ。どっちかと言えば保護者の気分だよ」




