階段
意識が戻ると、健二は塔の階段の踊り場に立っていた。チビも横にいる。空間は色彩を失い、静かな灰色に包まれていた。
中空にリザルト画面が現れる。
「ちゃちゃちゃ、ちゃーちゃー……まあ今回はいいか」
チビが、いつものファンファーレを口にしようとして止める。健二は黙っている。チビも茶化さない。いつもの百合子ウィンドウが表示される。
「リザルトにゃ。復元率50%→75%、プラス25」
ボーナス内訳が別ウィンドウにリスト表示される。
・新たな癖発見(能動誘発):+6
・音モチーフの双方向到達(百合子の歌→主人公の合奏→百合子の認知):+10
・医療用ナノマシンによる命の救出:+8
・ヒロインからの明確な好意表明を引き出した:+8
・言葉を超えた別れ:+5
・村全体の救済(飢饉対策・代官失脚):+3
いつものようなチビのナレーションがない。
その下に減点も並んでいる。
・主人公が先に消える:-10
・時代的整合性への抵触(ナノマシン使用):-2
・整備プローブの時代外使用:-3
減点項目「人格表出不完全」が消滅していた。
「復元率3/4到達にゃ。よくやったにゃ、健二」
チビの口調から毒舌が少しだけ抜ける。
健二は床に座り込む。
「お絹さん、泣いてたな」
「そーだね」
「言葉、何も残せなかった」
「そだね、でも言葉じゃないもん残したでしょ」とチビ。「手を伸ばして止めたけど、彼女には届いたにゃ」
健二はインベントリから簪を取り出す。お絹の形見。銀の地に桜と雪輪の彫り。
「これ、持ってていいのか?」
「次の階層への持ち越し報酬って事にするにゃ。お前さんが受け取らんと、お絹さんの想いが宙に浮くにゃ。どうせ他にこの時代から持ち出す物なんてないにゃ?」
健二は簪を目の前にかざし、まじまじと見る。銀色の素地が渋く光る。細かい彫り模様。芸術品に造詣の無い健二にも、手間のかかった逸品だと判る。
「立山屋宗次郎、か。父の代からの三春の縁、ってのは塔の用意したものなのか、本当に立山屋という家があったのか」
「よくできた家訓だったろ? 塔の用意だとしても、お前さんが背負って動いたのは本物にゃ」
これ以上聞いても無駄な事も判っている。一つため息をつくと健二は立ち上がった。
「行くか」
「行くにゃ」
階段の最上段に向かって、健二は歩き出す。背後には、薄れていく白河の村の景色があった。灰の雲、喜びに沸く村人、走り回る子供たち、なじみの旅籠、お絹が頭を下げる姿。しかし健二は振り返らない。
銀の簪を懐に、健二は階段を上る。




