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はじめましてを何度でも  作者: ぽんた7
第六章 大飢饉
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証拠と一揆


 お絹の回復後、健二は本来の薬売りの仕事に戻っていた。

 ……というのは表向きで、実は村々を巡る中で堀田の不正の証拠を集めている。各村の年貢量と、実際に代官所から江戸へ送られる米俵の数の差。米問屋の番頭たちからの裏情報。おヨネ婆の親類の伝手。今や立山権現の使徒のように思われている宗次郎なので、そんな意図は無かったが情報が集めやすくなっていた。


 旅籠の番頭も表立つ事は無いものの、積極的に協力してくれている。


「立山屋さんが何を調べでんだが、わしは知らねえ。んでも堀田様のごとなら、もう村のもんが我慢の限界だ」


 番頭は重要な情報を教えてくれた。


「別の旅人から聞いたんだべが、お殿様は他の村では年貢の減免を認めてるって話だべ」


 そんな馬鹿な事があり得るか。堀田は減免どころか増税を伝えている。悪徳代官と言っても限度があるだろう。


「長沼や須賀川の方では、お殿様が今年は年貢を半分に減らされたそうな。何でも、お殿様直々に救恤米も配られでると。同じ殿様の領分で、減らす村と取る村とがあるかや」


 じゃあ堀田が取り立てた米はどこに消えてるんだ。


「つまり横流しされてると?」


 番頭は頷く。


「お殿様は領内の不正に厳しいお方だ。証拠さえあれば、お代官様の首は飛ぶべ。それに……矢内家のような苗字帯刀の旧家からの訴えなら、藩庁も無下にはできねえべ」


---


 定例となったお絹の見舞い。粗末な食事ながらも十分な量を摂取できていた。もう何も問題は無さそうだった。

 その帰り、吉兵衛に呼び止められた。健二が村人から情報を集めているのを聞いていたらしい。


「立山屋殿。矢内家には先祖伝来の太刀がござる。本来、年に一度しか抜かぬものだが——」

と床の間の包みを示す。

「もしお代官の悪事を暴くなら、矢内家の名で藩庁に直訴する覚悟もござる」


 苗字帯刀の家としての、最後の切り札。健二は深く頭を下げる。


「矢内殿、お気持ちは頂戴いたしました。けれど、ご当主の刀を抜かせずに片付けるのが、私の商人としての務めです」


 そう、いくら苗字のある家が直訴したとしても、証拠が無ければ調べてくれるかどうか分からない。むしろ堀田が証拠隠滅に走り、責任を矢内家になすり付ける恐れさえある。


---


 さて、堀田の屋敷は存外近い所にあった。村がある山腹を小一時間ほど歩いて下りた町。健二がこの村に入ってきたのとは反対側だった。


 夜。食事の後、旅籠の部屋でチビと方針を考える。


「さて、不正の傍証はそこそこ集まってきたけど、決定打に欠けるなあ」


 米俵の取り立て量と出荷量の書類など間接的に証拠になるものは集まったものの、代官として堀田が直接指示を出した証拠にはならない。「下男が勝手にやった」とか言われればそれまでだ。明確な、堀田自身が署名している証文が必要だ。


「偽造した証文が絶対あるはずなんだよな。上納するのに堀田の署名が必要な書類が」


「たぶんあるにゃ」


「その辺が入手できれば、藩主に直訴できるんだが」


「そうね」


「忍び込むのは難しいよなあ。なんとかなりませんかね、チビ殿」


「なるにゃ」


「そうだよなあ、無理だよなあ、って! なんとかなるの?」


 チビはドヤ顔? で続ける。


「俺様、皆に愛されてる福猫様にゃ。ねずみ追いかけるフリして堀田の屋敷に忍び込むのは訳ないにゃ」


「おおー」


「でも、紙束持ってくるのは無理だから、書類位置の特定だけよ?」


 いや、それでも大分楽になりそうだ。福猫様、マジ福猫様。


「そうすると、後はその場所からどうやって証文を回収するか考えないとな」


「そこは頑張れにゃ」 顔を前足で掃除しながら言う福猫様。


---


 潜入なんて夜中にやるものだと健二は思っていたが、そうではないようでチビは夜ぐっすり寝ていた。朝、健二の朝食の焼き魚を横取りして腹を満たすと、


「んじゃあ行ってくるにゃー」


 と言い残して、小走りに山を下りていった。緊張感皆無の猫を不安げに見送る健二。


 山を降りて堀田の屋敷に到着したチビ。堀田が勘定所の郡奉行に呼び出されて不在なのは前日の福猫様ムーブ中に確認してある。正面から堂々と敷地に入っていった。

 代官屋敷で働く下男や下女の表情は暗い。本来ならこの時代の中でも優良な就職先のはずなのに、皆の服装が粗末だ。堀田に安い給金でこき使われていて疲弊しているのだろう。そんな彼らも、噂の福猫様を見て表情を和らげた。艶々の毛皮に痩せていない胴体。この状況ではとても神々しく彼らの目には映る。誰も追い出そうなどとはしない。


「ふっふっふ。さすが愛らしい俺様にゃ。まさか間諜とは思うまい、にゃ」


 思う訳がない。


「とは言え、屋内にあがろうとしたら追い出されるよな。ひと工夫いるか。うーん」


 チビは考えた。深く考えた。更に考えた。しかし何も思いつかなかった!


「面倒にゃ。強行突破あるのみ!」


 チビは駆けだした。玄関から屋敷に入り込む。上がり框を飛び越え板の間を疾走。玄関の間から役所の間へ。更に代官居間へ。

 当然、騒ぎになる。すれ違う使用人たちは走る猫に驚きとまどう。「きゃ!」「何事!」「福猫様が!」


 捕まえようとする者もいたが、全力で走る猫なんてそうそう捕獲できるはずもない。立ち塞がろうとした役人を左右のステップで華麗?に避け、チビはそのまま堀田の私室である二階へ木の踏み台だけの階段を駆け上った。


 堀田が不在の書院に入ると、屋敷のものはそこまでは追ってこなかった。


「入室厳禁、とか言われてるんだろな。見られたくない物があると。こりゃ有望にゃ」


 目的の物はあっさり見つかった。書院の床の間、掛け軸の裏に隠し書庫があった。ビンゴ。


「隠し場所にひねりが足らんにゃ。20点」


 後で書類を移動されても面倒なので、掛け軸には触らない。そのまま踵を返しもう一度ダッシュ。一階に降りるとそのまま玄関から敷地の外に爆走。誰も追いかけてこなかった。何が起こったのか分からない役人や下男たちは唖然としていた。


「ただいまー」


 旅籠に戻ったチビを健二が迎える。まだ一時間も経っていない。


「やけに早かったな。潜入できなかったのか?」


「お前、俺様を誰だと思ってるにゃ。勿論潜入成功にゃ」


 大爆走を潜入と呼ぶのはどうかと思うチビだったが、そこは黙っておく。


「へー。この短時間でやるなあ」


「ふ。もっと褒めるといいにゃ」


「偉い偉い」


「もっと」


「すごいすごい」


「もう一声」


「いやいや、もう良いだろ? それで証文の場所は?」


 チビは名残惜しそうに健二を見上げる。前から思ってたけど、なんだろうね、この承認欲求。


「代官屋敷の二階が堀田のパーソナルスペースにゃ。そこの北奥の書院の掛け軸の裏に隠し書庫があったにゃ」


「おお。いかにも、だな」


「めっちゃ判りやすかったにゃ。あいつアホにゃ」


 そうは言うけど、江戸時代中期だし、金庫なんて無いだろうし、そんなもんだろと思う健二。

 後はどうやって潜入して証文を回収するか。悩ましいところだ。


---


 昼過ぎ。庄屋屋敷の方で騒ぎが起きていた。

 健二もそちらに向かった。門の前に人だかりが出来ている。若い男ばかりだ。先頭で叫んでいるのは、確か村はずれに住む太助、だったか。母親と幼い妹との三人暮らし。村の若い衆のリーダー的な人物だ。


「もう待でね。堀田の蔵襲って、米を奪い返すべ!」


 相対するのは吉兵衛とお絹。庄屋の立場的に認める訳にはいかない。


「太助、早まるな! そんな事して米を奪ったら、おめぇの方が謀反人としてお仕置きされんだぞ! そうなったら、おっかあと妹はどうすんだっぺ!」


「でも、このままじゃ三人とも死んじまうっぺ!!」


 うっすらと涙ぐむ太助。食べるものが全く足りていない。自分の命を捨ててでも、母と妹に食わせてやりたい。お絹には太助の心情が良く理解できた。できたが。


「今、立山屋さんが堀田の不正の証拠を集めてくれているぞい。それを藩庁か郡奉行様に届けるほうが確実だ。せめてそれまで待つくなんしょ!」


 太助は健二がいるのに気づいてこちらを向く。「あとどれっぱかし待てばいいんだっぺ!?」


「もう数日」


「……わがったべ」


 不承不承、といった様子で太助は頷き、その場は一旦解散となった。


---


 しかし、太助は口ではああ言ったものの、周囲の若者たちは納得したわけではなかった。村はずれの空き地に若い衆が集まっている。彼らが太助に言う。


「庄屋様はああ言ってたげんちょ、証拠とやらが集まんねがったら、どうするのけ……」


「そうだそうだ。薬屋のことも信じてねぇ訳じゃねぇ。げんちょ、所詮は他国の人間だっぺ」


「討つんなら、早えぇほうがいいべ!!」


 口々に意見が出る。皆、忍耐の限界に来ていた。太助は逡巡していたが、意を決したように顔を上げた。


「よし、お絹さんには悪ぃげんちょ、今夜闇討ちすんぞい。八つに、どうろく様さ集まるんだぞい」


---


 その晩、八つ。深夜2時前。健二は寝ていた。村は静まりかえり、カエルの鳴き声も聞こえない。田の生き物は灰で全滅したのかもしれなかった。


「おい、健二起きろ。なんか物騒なのが集まってるにゃ」


 布団の上に馬乗りになったチビに、前足の肉球で頬をぐりぐりされて起こされた。


「んが。物騒?」 寝ぼけている健二。


「昼間の、太助とかいう奴らにゃ。竹槍とか持ってるし、やっぱりヤル気みたいよ?」


「あー、そうなったかー」


 つぶやくと起き上がり急いで身支度した。間違って焼き討ちとかされて、証拠が消失したりすればマズい。堀田は喜んで全ての罪を村になすり付けるだろう。


 チビと一緒に旅籠を出る。半月は既に沈んでいた。村を照らすのは星明かりだけ。空気が澄んでいる普段のこの地なら、星明かりだけでも道を歩ける程度には明るいだろう。しかし今は灰で曇っており、ほぼ漆黒の闇夜だった。


「何も見えねえ」


「修行が足らんにゃ」


「いや、修行でなんとかなる明るさじゃないでしょ」


 チビは肩に飛び乗った。「仕方ない、不出来なお前のために俺様がナビゲーションしたる」


 途端に視界に、道や建物の輪郭が細い線で描画された。その先にチェッカーフラッグのアイコンがある。そこに行け、という事か。


「いや、単に視界を明るくするだけで良くない?」


「いやいや、このワイヤーフレームがレトロで格好良いんじゃん。お前判ってないにゃ」


 なんだろう、この相変わらずの昭和猫。


「いやこれ歩きにくいよ、せめてポリゴンにしてよ」


 チビが肩で「フン!」と鼻から息を吐き出す。それに合わせて目の前が明るくなり、ワイヤーフレームが消えた。


「つまらんなあ」


「いや、一揆始まりそうなんだから実用性を重視して下さいよ」


「ワビサビの判らん奴め」


 そんな侘び寂び要りません。


 視界にチェッカーフラッグのアイコンだけは残っている。そこは村の反対側の入り口にあるどうろく様、現代で言う道祖神の前だ。そこに20人ほどの若者が集合していた。手に手に竹槍や刃物を持っている。さすがに刀は無いようだ。


「……お、百合子も出てきたぞ」


 視界に糸を吐いてる蚕のアイコンが表示された。なんだかラブリーな絵。うーん、お絹だからってカイコ? まあ判りやすいけど。


 チェッカーフラッグアイコンのあたりにちらほら行灯の光が見える。お絹もそれに気づいたのだろう。蚕アイコンが光の方向に移動するが、行灯の光は村の外に動き始めた。


 途中、村の出口前で蚕、改めお絹と合流した。チビは気づかれる前に肩から降りて闇に紛れる。


「お絹さん」


「その声は宗次郎さん?」


 お絹は行灯を手元から持ち上げてこちらを照らそうとする。


「危険すぎます。行ってはいけません。私が行きます」


 健二は止める。あれだけ制止しても太助たちは行動を起こした。荒事になるのは必至。体力の戻りきっていないお絹には危険だ。


「いいや、うちは矢内の娘だ。村人が死ぬのを、寝床で待ってらんねえ。それに…あんたが死ぬのも見だぐねえ」


 まっすぐだ、と健二はつくづく思う。思えば百合子も裏表の無い奴だった。当時は単純なだけの奴、と思っていた健二だが、案外芯が通ってたのかもしれない。


 健二とお絹は太助たちの後を追った。お絹は手に行灯を持っていたが、視野に補助がある健二が先を歩く。次にお絹、その後をチビが付いて行く。


「こげな夜道見えてるのけ?」


 ああ、しまった。つい先頭に立ってしまった。


「目は良いほうなんですよ。その行灯で十分です」


 お絹は疑わしげな表情だったが、それ以上何も言わなかった。黙々と歩き続ける。


 山道を下ってしばらく行くこと小一時間。堀田の村に到着した。村内では既に騒ぎが始まっている。村の広場の奥にひときわ大きな屋敷があった。その前で槍をかかげた村の若者と堀田の手下が対峙している。


「おらちの米をけぇせっ!!」


 太助が叫んでいる。しかし屋敷側の先頭に立つ例の用心棒は涼しい顔をしていた。その後ろに隠れるように堀田がいた。


『堀田も用心棒もこっちにいる。今なら書院は手薄だな?』


『ガラガラにゃ』


『チャンスだ。整備プローブを出す。二階の壁裏壊して書類を奪ってきてくれ』


 お絹の後ろに下がり、後ろ手にインベントリから整備プローブを空中に放つ。屋敷周りが明るすぎて、少し離れた健二の後ろ側なんて誰も気づかない。


『猫使いがアライさんにゃ』


 と言いつつもプローブに飛び乗るチビ。そのまま明るい正面を迂回して屋敷の裏側に回り込んだ。誰だよアライさん。


 正面では堀田がしゃべっている。


「何を言ってるのか分からんな。年貢米を強奪するつもりなら、容赦はせんぞ?」


 陰から堀田が言い放つ。そのこそこそした態度からして人の上に立つ器じゃないが、そういう処世でここまで上り詰めたのだろう。いつの世も悪は栄えるって事なのか。


「岩瀬や白河城下では、お殿様から年貢の減免の話が行ってるらしいじゃねぇか! なんで、おらちの村だけ年貢が増えてんだべ!? おかしいべ!!」


 堀田が眉を寄せる。


「そんな話は知らんな。嘘の噂に惑わされおって見苦しい。」


 村の若者の一人が、大声を上げて堀田に突撃した。しかし用心棒が抜刀。一太刀の元に切り伏せる。肩口から血が噴き出してその場で倒れた。

 用心棒はにやり、と笑って若者たちをにらみつける。


「さあ、次は誰だ? 遠慮するな?」


---


 屋敷二階の裏側。重力制御のおかげで暗闇に無音で滞空している整備プローブと、その上に乗るチビ。プローブは内蔵の作業アームを4本展開した。うち一本が持った超音波メスが屋敷の漆喰壁を易々と四角く切り取り、もう一本がそれを受け止めた。


「らくしょーらくしょー」


 チビは残り二本のマニピュレーター付きアームを穴から屋敷の中に差し入れる。書類の束をがっつり掴み、それを取り出した。内容をスキャン。


「びんごー」


 年貢米を、藩に納めず江戸の商人に売却した証文だった。他にもありそうだけど、とりあえず十分だな、とチビは判断する。


『米横流しの証拠ゲットしたにゃー。戻るにゃー』


 念話で健二に報告。元来た経路を戻って行く。


---


 健二の後ろにチビが戻った。証文を受け取りプローブをインベントリに収納する。


「お絹さん」


 お絹は、若者が斬られたのを見て硬直している。倒れた若者の下には、血がじわじわ広がってきていた。

 お絹はのろのろと健二を振り向いた。人が切られるのを見たのは初めてなのだろう。血が噴き出す様は、いくらこの時代でも若い女性にはショックに違いない。


「お絹さん!」


 お絹の肩を掴み、ゆさぶる。健二を見る目に光が少しだけ戻る。その手にチビが手に入れた証文を握らせる。


「これは……」


「年貢を横流ししていた証文です。これを突きつけましょう」


 お絹が目を見張る。顔に赤みが戻ってきたのが暗闇でも判る。


「宗次郎さん…はい、お絹、確かに分かりやした!」


 太助たちと用心棒の間にお絹が走り込んだ。両足を踏ん張って立ち止まり、手に持った紙の束を掲げる。


「お代官様! これに見覚えはございやせんか!?」


 堀田にはよく分からないようだ。


「はて? その方は何を言っておるのか分からんな」


「これは、お代官様が年貢米を横流ししていた、確かな証文でごんす!!」


 堀田は顔を青くするが、しかしそんなはずはない、と思い直す。


「嘘を申すな! そのようなものがあるはずがねぇべ!!」


 しかし、もし本物だったら。それはまずい。解決策は一つ。


「貴様ら、全員偽証で有罪とするぞ」


そして用心棒にしか聞こえないような小声で告げる。『知られているならもういい。奴らの口を塞ぐべ』


 何を言ったのかは聞こえない。でもチビには丸聞こえだった。


『知ってる奴は皆殺し、だと』


『お約束だな!』


 健二はインベントリから忍者刀を取り出して、お絹を守るように用心棒の前に出た。刀を鞘に収めたまま構える。用心棒は嘲笑する。


「お前、商人か? 商人が刀か。笑わせてくれる」 そう言いつつ用心棒は柄に手をかけ刀を抜いた。


 健二は、鞘のギミックを作動させる。一本だけ射出できる棒手裏剣。鞘の根元のトリガーを引くと、先端から尖った鉄の棒が飛び出した。


 棒手裏剣は用心棒の左肩に命中。


『おお、ちゃんと動くもんだな』、とのんびりした調子のチビ。


『聞き捨てならないセリフだなっ、おい!』


 問い正したかったが、今はそれどころじゃない。鞘を捨ててすかさずダッシュ。肩を押さえてよろめいている用心棒の太ももに突きを繰り出す。あっさり貫通。

 用心棒が膝を突く。すかさず刀身を引き抜き、返す手で長太刀の根元を薙いだ。用心棒の太刀が根元から切断されて下に落ちる。折れて飛ばされる、のではなく抵抗なく分離してその場で重力に引かれて落ちる。用心棒は、腿の痛み以上にその切断の異常さに目を剥く。戦意が失せていく。


 あっさり敗北した用心棒を見て、堀田はその場でへたり込んだ。歓声をあげて蔵へ走ろうとする若者たちを、お絹は一喝。


「米を略奪してはなんねぇ!! お殿様に証拠をお見せすれば、必ず良いようにしてくれるべ! もう数日、我慢してくなんしょーっ!!」


 お絹は、屋敷の後ろにいた役人たちに話かける。


「おめぇたち、もし自分たちが不正に荷担してなかったんなら、堀田と用心棒を縛り上げろ。もし荷担していたんなら……どうなるか分かってんだっぺな?」と健二の刀を見る。


 小役人たちは、慌ててお白洲に走り縄を持ってきた。堀田と用心棒を捕縛する。


『さすがお取り調べの役人、縛るの巧いにゃ』


 お絹は数人の若者を見張りとして屋敷前に残し、残りの者を撤収させた。最後にその後を健二とチビも村に向けて歩き出す。隣をお絹が歩く。


「ありがとう、宗次郎さん」


 小声で礼を言うお絹。歩く体が近づき、手が触れる。


「ゆるしてけろ」


と言うと指を絡めてきた。健二は頭ではダメだと判っていたが、拒絶する事ができない。そのまま握り返してしまう。


 東の空が白み始めていた。二人は山道の途中で立ち止まり、朝日が灰の中を昇ろうとしているのを黙って見ていた。



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