表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はじめましてを何度でも  作者: ぽんた7
第六章 大飢饉
PR
39/73

富山の薬


 日が暮れた。山裾に三日月が架かる。でもその月は火山灰でくすんでいた。カラスの鳴き声だけが山に響く。


 健二は奥座敷でお絹を看ていた。布団に横たわる彼女は、倒れてから高熱が退かず意識が戻っていない。吉兵衛は疲れて隣室で眠ってしまっている。おヨネ婆も自宅に薬草を取りに戻った。座敷には宗次郎とお絹、そしていつのまにか隣に座っていたチビだけ。


「……よし」


 健二は行李の奥から医療用ナノマシンの包みを取り出す。


 これを使えば、お絹は助かるだろう。だが、これは天明三年の世にあってはならない薬だ。塔のリザルトで減点を受けるかもしれない。時代の整合性を壊すかもしれない。しかしもう、使わないという選択肢は健二には存在しなかった。百合子かどうかに関係なく。


 囲炉裏の鉄瓶を持ってきて、湯飲みにナノマシン粉末を入れて水と合わせたぬるま湯で溶く。薬研を使って別の薬草も混ぜる——おヨネ婆が後で見ても怪しまないように、表面的な体裁を整える。お絹を抱き起こし、口元に椀を寄せた。


『飲ませる必要は無いにゃ。口の中を湿らせる程度で起動するよ』


『へー。凄いんだな』


『俺様ほどじゃにゃいけどな』


 事あるごとに自己主張してきますね、チビさん。


 半開きの口に、少しだけ湯を流し入れた。


『これでいいのか?』


『おけにゃ』


 お絹を布団に横たえた。そこから夜通しの看病が始まる。戻って来たおヨネに「立山屋の特別な煎じ薬を飲ませた」と告げる。効き具合を見守る、という説明でそのまま看病に同席した。


おヨネがお絹の汗を拭く。熱が下がり始めるのを確認する。喘鳴が和らぐのを聴く。呼吸が深くなるのを待つ。


 明け方近く、お絹の呼吸が穏やかになっていた。熱も下がっている。

 チビが『もう大丈夫にゃ』と静かに言う。健二は安堵して、その場にへたり込み、うとうとし始めてしまう。


 朦朧とした健二がふと気づくと、お絹の右手が健二の左手を握っている。意識のない中で、いつの間にか掴んでいたようだ。健二はその手をそのままにする。


 朝日が障子に差し込む頃、お絹が目を覚ました。おヨネは寝落ちしている。お絹の視線が健二を捉えた。「……立山屋殿」。健二は「お嬢さん、ご気分は」と返す。お絹は自分の体の状態を確かめるように深く呼吸する。胸の痛みがない。咳も出ない。

 そして自分の手が健二の手を握っていることに気づく。一瞬、離そうとして——しかし離さない。じっと健二を見つめる。


「あんたが看病をしてくなんしたんけ?」


「はい、おヨネさんと私で。お嬢さんには立山屋秘伝の煎じ薬を飲んでもらいました」


「秘伝だっちゅうのけ」


「はい。効いたようで心底安堵しました」 笑顔で返す。


 お絹の頬に少し赤みが差した。うん、血行も良好なようだ。握られていた手を離す。


「あ……」


 お絹は小さく、名残惜しそうに声を出した。


 おヨネが目を覚ます。お絹の楽そうな様子を見て信じられない様子で驚き、それでも「よがった、よがったなあ」と涙を浮かべていた。吉兵衛も声を聞きつけて座敷に入ってきた。おヨネと二人で大騒ぎである。


 健二は、「私は一旦旅籠に戻ります。薬の効きを見るためにまた伺いますよ。ではこれで」


と言い残して看病をおヨネに任せ、屋敷を辞した。灰に煙る朝日だが、それでも少しだけ明るい気がした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ