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はじめましてを何度でも  作者: ぽんた7
第五章 移民船団
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旋律


 船団からヒノデが離脱する準備が整った。アクアに到着した後でコールドスリープ中の500人に対する説明とか賠償とか、数々の面倒ごとは残っているが、それは健二やヨルゲンの仕事ではない。


 船団の進路がロイデに戻される。ヒノデはアクアへの進路をそのまま保つ。船団がヒノデから徐々に離れ始めた。両者が十分に離れてから船団は超空間ジャンプに入る予定だ。ヒノデはその後短距離ジャンプする予定となっている。


 少しずつ離れて行く旗艦とヒノデ。そろそろ互いの距離が1光秒ほどになった頃、健二は肩にチビを乗せて通信室を訪れた。


 通信室ではサラがくつろいでいる。分離始めの通信ラッシュはおおよそ落ち着いたらしい。通信コンソールでお茶を飲んでいる。


「サラさん、ちょっとお願いが」


 お茶のカップに口を付けたままサラが振り向く。ごっくん、と口の中を飲み干す。


「お、どした海斗っち、とチビちゃん」


「ちょっと個人的な通信をあかつきに送りたいんですが良いですか?」


「にゃー」


 サラはカップをコンソールに置いて、椅子の上で伸びをした。相変わらずフリーダムな人である。


「旗艦? もちろんいいよん。誰宛?」


「百瀬航海士に」


 サラの目が、キラーン! と輝いた気がした。


「ほほぅ? それはまた穏やかじゃないね? ラブ? ラブなの?」


「いや、サラさんが想像するようなもんじゃありませんって。ちょっと百瀬さんに聞いてほしいデータがあるんですよ」


「なーんだ、つまらん。どんなの?」


 健二はチビの首輪を外してオーナメントを差し出す。


「この中の音声データを送信してください」


 サラは金色のオーナメントをしげしげと検分する。


「これはメモリーかい? 知らない規格だね、ずいぶん古そうだ。どうやってデータ取り出すのん?」


「押せば再生しますので、録音してそれを送信して貰えれば」


 サラがコンソールをポチポチ操作して、マイクロホンを差し出した。


「このマイクに再生して。自動で録音開始するからいつでもいいよん」


 健二はマイクの前にオーナメントを近づけ、その中央を押し込んだ。

 澪の歌声で百合子の鼻歌が再生される。


【ふんふん、ふふーん。ふふふふーん】


 再生が終了、手のひらで合図を送るとサラが録音を終了させた。


「……海斗っち。これって、あれかい?」


 さすがサラ。実際のところ、例のノイズの旋律とは音楽的にはあまり似ていない。しかし何というか、質感とか雰囲気みたいなものが共通していて分かる人には分かる、という感じだろうか。


「もしかして元歌? チビちゃんの首輪に何故そんなのが? キミ、いったいぜんたい何を知ってるのかな?」


「偶然、手元にあったこの旋律が似てるかなあと思っただけですよ。百瀬さんなら何か分かるかもって思いまして」


 サラは、ジト目で健二を凝視する。穴が空きそうなほど。めっちゃ疑ってる。


「ふーん、まあそういう事にしとこうか。通信士は通信が仕事だしねえ」


 サラは手慣れた操作でデータを百瀬に送信した。あかつきの超空間ジャンプは間もなくだ。返信は無いだろう。


「ありがとうございます」


 首輪をチビに付け直す。サラがそれを見てニヤ、っと笑う。

 そのまま言葉を交わす事無く、サラに会釈して通信室を出た。


「やることはやったな」


「そうかもにゃ」


---


 旗艦あかつき。超空間ジャンプを目前にして司令室は繁忙を極めている。


 特に操艦席に座る航海士である百瀬は、跳躍前のチェックリストの最終確認に忙殺されていた。ヘッドセットに表示されているリストを読み上げて対応部署の応答を確認する。今のところ全てグリーンだ。


 そのとき、ヘッドセットの片隅に通知表示が点滅した。私信の着信。なんだこんな時に非常識な、と無視しようとしたが、送信者を目にして思いとどまる。ヒノデの楠井海斗。あの変なメロディをノイズから抽出した機関士。


 しかしリストのチェックは中断しないで続ける。着信は音声のみのデータのようだ。今更何を言う事があるのか分からないが、聞くだけなら、と片耳で内容を再生してみた。


「!!」


 リストの読み上げが一瞬止まる。「これは……」読み上げの止まった百瀬を、副航海士が怪訝そうな顔で見る。


「ごめん、咳出そうになった。続けるわ」


 と誤魔化す。


 データは、誰か知らない女性が歌ってるとおぼしき鼻歌だった。初めて聞くメロディ。

 でも、どこか懐かしさがある。それにどことなく例のノイズのメロディにも似ている。


 リストチェックを続ける百瀬を見て、副航海士がギョっとした。


「! 百瀬主任、一体どうされたんですか!?」


 百瀬は副航海士を見る。彼が何を言っているのか分からない。


「え?」


「いやいや、何故泣いてるんです?」


 百瀬は手を目に持って行き、初めて自分が涙を流している事に気づいた。


「ああ……そうか」


 これが何かは分からない。でもきっと大切なもの。いつか正体を知る日が来るだろうか。


「なんでもないわ。続けるわよ」


 袖で涙を拭く。何かすっきりした気分になった百瀬は、海斗への別れの言葉を心の中でつぶやいた。


「……またね」


 全ての作業が終了し、船団が通常空間からかき消えた。何も無い宙域にヒノデだけが残される。


---


 ヒノデの展望ルームに立つ健二と足下のチビ。視界には相変わらずのミルキーウェイが全周囲に輝いている。船団が消えたロイデ星系の方向を見る。もちろん肉眼でロイデの恒星は見えないが、なんとなくそこに何かがたたずんでいるような気がしていた。


 チビが窓を見ながら健二に告げる。


「ミッションコンプリート、にゃ」


「そうか」


 チビはその場で健二に向き直る。パキっと小さな音がして時間が停止する。展望室からの眺めが静止する。船内の音も消えた。


「ちゃちゃちゃ、ちゃーちゃー、ちゃっちゃらー!」


 チビがいきなり変なファンファーレっぽい旋律を口走った。


「なんだそれ」


「ドラムロールは飽きたから、某最終RPGの戦闘勝利曲」


「知らんがな」


「じゃじゃん! リザルト画面~」


 中空にいつものウィンドウが現れる。


「百合子ちゃん復元率50%~。どんどんパフパフ~」


「ようやく半分かい。京都では37%だったっけ」


「そそ。内訳は~、ノイズからの音モチーフ発見プラス5、ノアとヨルゲン救出を含む海賊撃退プラス10、犯人推理プラス7!」


 ふんふん。


「減点は~。百合子との会話不足マイナス9! 締めてプラス13%~」


 京都と同じか。また言葉が足りなかった。でもなあ。あの状況的にそれは難しくないか。

 チビはそんな健二の内心は気にせず喋り続ける。


「例によって次の階層に持ち越すものを選ぶにゃ~」


 健二は考えるが、この時代、西暦2300年の知識はあくまで海斗の記憶だけで役立つ物が何か、なんて実感としてはない。どうしたものか。


「うーん。うーん。どうしよっかなー」


「男が悩んでても可愛くないにゃ」


「次の階層のヒントくれない?」


 何が役立つかなんて時代によって全然違う。実際パワーローダーもナノな薬箱も今のところ出番がない。


「それはちょっとなー。まあ幕末より昔と、今より未来の両方がある、とは言ってもいいかにゃ」


「参考にならねー」


 未来はどうせ分からない。ならまずは幕末より昔。京都は大抵不潔だったし食べ物も貧弱だったし、欲しかったもの。あ。


「そうだ、良い物思いついた。コンビニ」


 あきれ顔の猫が低い声で恫喝してくる。


「なあ。殴っていい? ハイパーマグナム猫パンチ炸裂させていい?」


 ハイパーマグナム猫パンチ。は怖いな。……ちょっと見てみたいかもしれない。

 でも別にふざけてる訳じゃ無いんだけどなあ。ショッピングモールとかスーパー銭湯って言わなかっただけ遠慮したと思って欲しいのに、と健二は真剣だったりするのだが。


「じゃあ、フードプリンター」


 チビが前足を顎にあてて考えるそぶりをする。器用だな、というか猫はそんなことしない。


「うーん。ちょっとサイズがなあ。宇宙船に乗せるような機械だからなー」


 制限多いな。


「じゃあ、あれ、整備用プローブ。重力下でも飛べて、VRで操作できると嬉しいね」


「そーだなー、そのくらいなら何とかなるか。おっけー、プローブで」


 虚空にヒノデの整備用プローブが現れた。前後左右1m、高さ30cmくらい。作業用マニピュレーター各種装着済み。改めて近くで見ると結構でかいな。


「ちょーっと改造して反動質量じゃなくて重力制御で飛ぶようにしたにゃ。操縦は視界にスーパーインポーズするようにしとくにゃ」


「おお、それは『ちょーっと』じゃないけど、すげー。さんきゅ」


 まあ出番があれば、だけど。


 チビが付け足す。


「武器じゃなくて良かったの?」


 ああ、それは当然の疑問だな。


「いや海賊の銃とか見たけど、あれ扱える気がしない」


「そうか?」


「反動も威力も射程も分からないし、訓練しないと使えない気がする。訓練所ごとくれるなら別だけど、そんな場所も時間も無いだろ、多分」


 まだ刀の方が単純な分マシに扱える。


「なるほどにゃ。ここより未来であんな銃が通用するとも思えないし、いいんじゃね?」


 お墨付きもらった。しばし黙って外を見ている。


「…なあ」


「にゃん?」


 最後まで解決しなかった疑問。


「結局、あのノイズって何だったんだ? 百合子の鼻歌なんだよな、あれも」


「ああ、それなあ。百合子ちゃんが出してたのは間違い無いんだけど、由来がちょいと俺様にも予想外でなあ」


「由来? 百瀬さんじゃないって事?」


 チビはそれに答えず後ろを向く。


「ま。分かるかもしれないし分からないかもしれない。来週の放映をお楽しみに」


「お前、割と感性が昭和だよな」


「ほっといて」


 チビの足下から上に階段が現れた。いつもの奴。チビが登っていく。


 相変わらず、階段を登る時は後悔でもやもやする。でも結局は進むしかない。

 次は、もう戦いたくないなあ、と考えながら健二も階段に足をかけた。




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