分岐航路
退却した海賊を乗せたシャトルがヒノデから離れた。待機していた戦艦と合流すると、海賊は船団から離れて行った。
けが人が出ず安心が広がる船団。襲撃されたヒノデのエンジンだが、首領の爆弾は回避できたものの部下が発砲した実弾は多くの配管を破っていた。機関部総出で応急処置に奔走する。
機関部総出で破損箇所を調べる。おおよその調査が終わり、応急処置も完了した報告を受けて、ヨルゲンは肩を落とす。
「これはまいったな。ヘタに出力上げたら爆発しそうだ」
「ですね」
ため息をつくヨルゲン。ある程度の修理は可能だが、最大出力で超空間に潜ろうとするなら本格的に修理する必要がある。それにはドックのある惑星への立ち寄りが必要だ。結局のところ、一番近いのはアクアである。
健二は相づちをうつ。沢山穴を開けられてしまった。幸い量子流体パイプとかクリティカルな箇所は無事だったが、補機系はかなりの数が破損している。
ヨルゲンと打ち合わせを終えて自分の船室に戻る健二。
「お疲れさま」
チビが出迎え。健二はベッドに倒れ込む。
「ああ、ほんと疲れた。情報は助かったよ」
「いやー、俺様もまさか刀で銃に立ち向かえるとは思わなかったにゃ」
「剣道4級なのに?」
「剣道4級なのに。」
いやほんとそれ。でも、京都の時より全然危機感はなかった。今から思えば、連中に殺気が無かったからかもしれない。最初から殺す気は無かったんだろう。何故だろうか。
ベッドに寝っ転がって、健二は今回の件を再整理する。
・アンテナ破壊は人為的だった
・航路の改竄があった、報告者は百瀬航海士
・海賊首領が「内側に裏切り者がいる」と明かした
・ノイズは海賊との内通通信にしては情報量が足りない。船の位置を送信できるようなデータレートが無い
・健二は百瀬がサラの鼻歌を聴いた時の反応を思い出す——あれが内通通信なら百瀬の体が反応する理由が説明できない
・アンテナ周辺の監視ログ消去には司令部最高権限が要る
・航路改竄にも司令部最高権限が要る
アンテナ破壊はプローブか爆薬か。だが宇宙遊泳はログを消去できたとしてもさすがに目立つ。つまりプローブの遠隔操作だと仮定する。これにはプローブの単独運用権限が必要だ。これを持つのは団長・副団長・情報長・機関長。
ノイズが海賊との通信ではないとすると、別途秘匿通信を行う必要がある。これが可能なのは団長・副団長・情報長・主任航海士・機関長。団長と副団長は権限自体は持っているが、日常的には通信室には入らない人たちだ。それが別の船からだとしても、あのサラなら気づくだろう。
つまり……航路変更+プローブ運用権限+通信機器直接操作の権限を持ち、その操作が不自然ではないのは百瀬とハルトマンとヨルゲン。しかしロイデへの目的地変更を訝しんでいたヨルゲンが更に進路を変更して海賊の手引き? ほぼヒノデから離れていない事からもそれは考えにくい。百瀬も癖の出方からして外して良さそうだ。
健二はがばっと跳ね起きる。チェンに通信を入れた。
「ハルトマン情報長の居場所を確認してください」
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しばらくすると、健二とヨルゲンに旗艦への招集がかかった。シャトルベイへ向かう二人。まだ海賊が破壊したドアなどが放置されている。応急修理はされているものの、完全復旧にはかなり時間が掛かりそうだった。
二人でシャトルに乗り込み発進する。長く過酷な一日が終わって、ようやく休める所だったヨルゲンは目の下に隈を作り、渋い表情をしている。
「いったい何事なんだ? 何も理由を言われなかったが」
「なんでしょうね?」
と健二は言ったが、内心はハルトマン情報長の事が気になって仕方が無い。
旗艦に到着する。すっかりおなじみのブリーフィングルームでは、ヘンリー団長・チェン副団長と百瀬航海士の三人が暗い表情をしている。
「ヨルゲンさん、お休みになる所で呼び出してしまい申し訳ない。楠井君もすまないね」
ヘンリー団長がヨルゲンに声をかける。そういえばヨルゲン機関長はこの船に来る前から彼の同僚だったんだっけ。
「いや、わざわざ呼び出すくらいだ。何か重要な事なんだろう?」
「そうなんだ。一つは今回の騒動について。もう一つは今後について」
ヘンリーは一旦言葉を切る。少し逡巡したようなそぶりをして、改めて話し始める。
「まず、今回の一連の騒動の首謀者は、情報長のハルトマンだった」
ヨルゲンが驚きの声をあげる。健二は「やっぱりそうか」という感想のみ頭に浮かぶ。
「ハルトマンは、自室で死亡しているのが確認された」
ヨルゲンが息を呑む。
「(死んだ?)」 健二は頭上にハテナマークを浮かべる。
「死因は——これが、分からん」
ヘンリーは珍しく言い淀んだ。
「外傷は無い。毒物も検出されなかった。窒息でも心停止でもない。医務長が何度調べても、体は『どこも壊れていない』そうだ。なのに死んでいる」
一同、沈黙。
「強いて言えば、眠るように、としか。発見時、格闘や苦悶の跡は一切無かった。だから——状況からは、突然死、と処理するしかなかった。他に説明のしようがないんだ」
ヨルゲンが疑問を投げる。
「原因不明って。他殺じゃないという根拠は?」
「うん。一つは彼女の遺書だ。『ロイデに行ってはならない』という内容だった」
「そんなの偽造できるだろ」
「私もそう考えた。そこで念のためハルトマンのパーソナルログを船団長権限で精査した。これは私にも改ざんできない。その中で彼女は、百瀬航海士に出生記録の不明があることを把握しており、通信ノイズの変調と組み合わせて『百瀬は外部勢力から潜入した工作員』と誤解していた可能性が高い。遺書は『百瀬がロイデ系へ船団を誘導している、何かの罠の可能性があるからロイデへ行くな』という意味だろう、と思われる」
一同黙り込む。
「このログを見つけるまでは、百瀬航海士にも疑惑が持たれていた。情報長か彼女のどちらかが犯人だと。しかしそれを楠井君が否定した。理由を改めて説明してくれんかね?」
「あ、はい。最初のミーティングで、百瀬航海士の癖を見つけまして」
百瀬が怪訝な表情になる。「私の癖?」
「はい。あの時、船外スクリーンに電離雲が映っていました。それを見てあなたは口を半開きにして無意識に鼻歌を口ずさんでいましたね?」
「え? そうだった?」
「ええ。勿論その時は癖だなんて思わなかったんです。確信したのはその後、サラ……トンプソン通信士がノイズの鼻歌を歌ってた所に出くわしましたよね」
「そうだっけ」
「その時もあなたは、サラの鼻歌を聴いたとたん口を少しだけ開いて固まったんですよ。ああ、これは何かに驚いたか感銘を受けた時の癖なんだな、って」
チェンが口を挟む。
「いや、メロディに驚いたというのはそれを知っていた証拠になるのでは?」
「いいえ、それならもっと警戒しているはずですよ。無意識に癖が出た、という事は知らなかったって事でしょう」
ヘンリーが頷く。
「なるほどね。理由は違うが、私も百瀬君が犯人とは思っていなかったよ。ハルトマンは彼女に出生の記録が無い事を疑っていたようだが、それは当然なんだ。何せ彼女をこの船に乗せたのは私で、天涯孤独だった幼い彼女を拾ったのもこの私なんだからね」
当事者二人以外は皆驚きに目を広げる。
「天涯孤独?」
「彼女はオミクロン2で私が保護したんだ。誰もいない倉庫に放置されていた。死ぬ寸前だったよ。それを私が保護したんだよ」
ヨルゲンが呆れたように話かける。
「おいおい。初耳だぞ、そんなの」
「そりゃね。あの時期まだ君はエリダヌス座航路にいなかったし。まさか定期航路の船内で子供を育てる訳にはいかないだろ? 地球の養護施設に預けたさ」
「知らなかったな……」
「その後もなんだかんだあって、結局この船の航海士になっちゃった、という訳さ」
なっちゃった、って。皆で呆れる。そうか、船団長ってこういう人だったんだ。
「ヘンリー、お前なあ…」
「彼女の事はそれこそ子供の頃から良おーく知ってる。海賊と内通するなんてあり得ないとは言わないが可能性は相当低い。なので楠井君の連絡が来た時はやっぱり、という感じだったよ」
チェンが後の説明を引き継ぐ。
「で、ハルトマンのログには海賊との通信記録も残っていた。どうも船を航行不能にする事でアクア星系に行かざるを得なくなるように仕向けたかったらしい」
ヨルゲンは頷く。
「たしかにそれは成功したな。現状のヒノデのエンジンだとロイデにはたどり着けん。一旦アクアに寄って修理しないと」
「そう。ハルトマンはその対応で我々が時間切れになると考えてたんだろう。アクアに寄り道したらコールドスリープの期限が切れるしな。しかし実際はヒノデだけ離脱して修理すれば済む事になった。海賊の働きが期待以下だったんだろうな。ハルトマンの計画は失敗したわけだ」
しかし良く分からない。健二は発言する。
「でも、だからと言って自殺するほどの理由になりますかね? 確かにアクアで引き渡されればかなり重い罪にはなるでしょうけど死罪ってほどでは」
ヘンリーも腕を組む。困惑したような表情だ。
「私もそこが腑に落ちないんだ。そもそも何故ロイデに行ってはいけないのか。何かまだ理由があるように思えるんだが、ログには何も残っていなかったんだよ」
そこで、それまで黙っていた百瀬が、ぽつりと口を開いた。
「……関係あるか、分かりませんが。推定時刻のあいだ、私、記憶が無いんです」
全員が彼女を見る。
「当直明けで自室にいたはずなんですが、どうしても思い出せなくて。気づいたら一時間ほど経っていました。ただの疲れだと思っていたんですが」
ヘンリーが眉を寄せる。
「君が、ハルトマンの部屋へ行った、という事は」
「いえ、それは無いと思います。証言できる人はいませんが……本当に、ぼうっとしていただけで」
百瀬は困惑していた。嘘をついている顔ではない。自分の空白を、本人が一番持て余している。
健二だけが、その空白に薄ら寒い見当をつけていた。あの旋律。百瀬の中にある『欠片』。ハルトマンはそれを捕まえようと、誰よりも近づいていた。そして、近づきすぎた?
——いや、まさか。証拠も理屈も無い。健二はその考えを、無理やり頭の隅へ押しやった。
一同、無言がしばらく続く。室内に動力音だけが低く響く。なんとも後味が悪い。解決した気がしない。
「そうそう、それはそれとして、もう一つ話がある。これは楠井君とヨルゲンへの話だ」
?
「なんだいヘンリー」
「楠井君を旗艦に異動させたいんだ」
船団長の言葉に、ヨルゲンが呆けたような顔になる。
「は?」
「楠井君を旗艦に異動させたいんだ」
「いや、聞こえなかった訳じゃないぞ、なんでまた突然」
動揺するヨルゲンと健二。百瀬はこちらをじっと見つめている。
「今回、楠井君の解析手腕と観察眼、それを元とした推論はなかなかのものだった。そしてハルトマンが不在になって旗艦の情報長のポストが空いてしまった」
「……私に代わりになれ、と?」
「さすがにすぐ着任、という事にはならないが、見習いという事で訓練を始めてみないか? ヨルゲンには優秀な部下が減る事になるので心苦しいんだが」
健二は黙り込んだ。
本来なら光栄な事なんだろう。しかし……
「申し訳ありません、せっかくのお誘いですが、私はヒノデに残りたいと思います」
ヘンリーは微笑みながらも意外そうな表情で聞き返す。
「まあうちは軍隊じゃないから断るのは構わない。でも参考までに理由を聞かせてくれるかい?」
京都では百合子は自分の使命のために健二から離れた。ここでは逆に、健二は船での家族とも言えるヒノデの皆を大切にしたい。百合子と離れる事になってしまうが、百瀬が真に百合子の欠片なら笑って背中を押してくれるんじゃないか、と思う。
「もう、ヒノデの整備部は家みたいなもんなんです。最後まで面倒みたいんですよ」
ヨルゲンは、健二が断るとは思っていなかったんだろう。目を見開いてこっちを見ている。ヘンリーは笑顔を深めた。
「なるほど。それは素敵な事だね。わかった、この話は無かったという事で」
こちらを見ていた百瀬航海士と目が合う。普段能面のこの人には珍しくわずかに微笑んでいる。首を右に少しだけ傾けながら言う。
「ご一緒できなくて残念です」
ああ、この人はやっぱり百合子だ。でも捕まえる事が目的じゃない。これはこれで良いじゃないか。
「はい。私も残念ですが、タイミングが合わなかったという事で」
百瀬航海士に告げる。ようやくこの人の内面が分かりかけてきたのに、本当に残念なのは本心だった。




