影
次の日は、サラのノイズデータを機関室で分析していた。試行錯誤してノイズから信号部分を抽出。なんとか出てきた波形は、しかし規則性があるような無いような不思議なものだった。ある単位時間の整数倍だけ同じ周波数が続く。その後別の周波数に切り替わり、違う時間だけ続く。
なんだろうなこれ。周波数ホッピングしてるサイドバンド?
健二の後ろで作業を見ていたノアが何かに気づいたように話しかけてきた。
「海斗さん、なんだかこれ楽譜みたいですよね」
「楽譜?」
「違う高さで違う長さの音が並んでるのが楽譜じゃないですか。似てません?」
確かにそうかもしれない。考えもしなかった。何かの暗号化したものと考えてたが、言われてみれば単純なのかもしれない。
「なるほどなあ。それは思いつかなかったな。サンキュー、ノア」
「えへへ」
試しに信号の周波数比率をプロットしていく。しかし早々に挫折した。各信号の長さは最小時間のおおよそ整数倍でリズム的にはアリなのだが、周波数は平均律には全然収まらなかったからだ。
「うーん、これはちょっと……」
「ダメですか?」
「音階になってないなあ。音楽だとしたら前衛的すぎる」
「そうなんですねー。すみません」
「いやいや。謝る事ないぞ、一歩前進には違いない」
とりあえずデータを可聴周波数に収めたもの作成した。再生してみたが、これが歌なら史上空前の音痴だ。百合子だってここまでヘタじゃ無かった。
一応ここまでの成果って事で、その音声データをサラに送信した。役に立つとは思えなかったが。
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旗艦の光学監視が近づいてくる別の船を探知した。もちろんそんなものが接近するような事前連絡は無い。
先方は反動推進を使っている。深宇宙でそんな非効率な推進を使うのは民間船ではありえない。機動性を重視する軍艦、もしくは海賊のどちらかだ。
排気のスペクトル分析は、先方の船が軍艦だと表示している。しかし軍艦なら尚更無連絡で接近なんてしない。恐らく軍の払い下げか強奪かで入手した元軍艦だろう。
船団の全艦に警報が発令された。超空間航行にはまだ準備が必要で時間が足りない。百瀬は最適な回避機動を算出、全艦が緊急用の反動物質を使って進路を変更する。とは言え時間稼ぎにしかならない。軍艦の足に移民船ごときが太刀打ちできる訳もない。
健二はヨルゲンの指示でヒノデの出力を増加させる準備中。複数あるリアクターを同調させながら少しずつ出力マージンを上げていく。
ノアは健二の補佐をしている。少しおびえているようだ。
「海斗さん、大丈夫ですよね?」
健二は無理に笑顔を作って答える。
「ああ。この船団には元軍人も何人かいるみたいだし、なんとかなるさ」
「そうですよね。このくらい大丈夫ですよね」
とノアは言うものの、実のところ健二には何の根拠もなかった。軍艦にとってドンガメな移民船などただの的だ。
そこにヨルゲンに旗艦から通信が入る。何か返事して通話を切ったヨルゲンがこちらに声をかけた。
「海斗、通信のサラを拾って旗艦に行ってくれ」
「はい? どういう事ですか?」
「何か例のノイズの事で会議がしたいんだと。俺はここを離れられないからお前行ってくれ」
「わかりました」
通信室に行く。サラは既に待機していた。
「お待たせしました」
「おう、行こうか若人よ」
いや、あなた何歳よ、と口に出そうになるのを必死でこらえる。
「ん? 何か言いかけたかな?」
凄みのある微笑みが健二を捉える。
こええ、この人。
「いいえいいえ。何でもありませんよ?」
「ほーん。命拾いしたな、小僧」
ええー…
とにかくシャトルを起動、旗艦に到着。船団は加速中だが、しょせんは巨大な移民船で加速度は小さなものだ。シャトル移動には何の支障もなかった。まだ近づいてくる軍艦は見えていない。
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旗艦のブリーフィングルームには副団長チェンと情報長のハルトマンがいた。
「トンプソン君、楠井君、お疲れ」
チェン副団長が迎えてくれる。サラは
「あれ? これだけです?」
と問う。
「団長は司令室で指揮中、百瀬航海士は回避機動の操船中だ。まずは例のノイズについて判明したことを教えてほしい」
サラは健二を見る。ああ、俺が説明するのね。
「では私からご説明します。ノイズをクリーンアップした結果は、何らかの音楽データのようでした」
「音楽?」
「音符が並んでるように見えるんです。ただ音楽的には全然変なので、何か他の物の可能性も高いんですが」
ハルトマンは腕を組んで考えている。
「それ聞ける?」
「はい、こんなです」
健二は手元のタブレットから音声としてデータを再生した。調子っぱずれのメロディが流れる。
チェンは顔をしかめる。
「なんだこれは。酷いな」
ハルトマンは健二たちの方に向き直って
「うーん、やはり音楽に見せかけた何かの暗号なんだろうな。接近している戦艦だが、そもそもこの深宇宙でピンポイントでこちらの位置が分かるわけがない。つまり船団内部の誰かが手引きしてる事はまず間違いないんだ」
サラが首をひねる。
「このメロディがそれだと?」
「そう思える」
ハルトマンが口を開いた。
「私は百瀬航海士が何か知ってると考えている」
チェンもそれに頷き、ハルトマンは続ける。
「私は中枢メンバーの来歴を全て洗ってみた。驚いた事に彼女には出生の記録が無かった。船団長の推薦で入団しているので、今まで誰もそこまで調べなかったらしい」
健二は別の意味で驚いた。そんないい加減な。履歴書ってこの時代には無いのかい?
ただ、大泉ではともかく、京都での百合子は決して善人ではなかった。今回は裏切り者、というのは否定できるものではない、残念ながら。
チェンが引き継ぐ。
「つまりだ。何か思想的なバックグラウンドがあって彼女が何らかのテロ行為を企んでいる可能性が出てきた。彼女なら航路を再設定する事も容易だし、長距離通信を単独で送受信する権限も持っている。このノイズの発生源が彼女である事は否定できない」
あり得なくは無いが、しかし健二は不思議にも思う。
「でも航路の変更を発見して報告したのも彼女なんですよね? もし犯人ならそんな報告しますかね?」
ハルトマンは頷く。
「普通はその通りではあるが、逆に接近中の戦艦とコンタクトが取れたから、あえて報告して自分への疑義を避けた、とも取れる」
出生の記録が不明というだけで、そこまで疑うのも無理があると思うが、しかし否定する根拠もない。
「移民船団は海賊にとっては宝の山だ。彼女が裏切っていても不思議ではない」
とハルトマンは締めくくる。そこでサラが疑問を口にした。
「質問~。何故にそんなクリティカルな情報を、一介の船員である私たちに?」
それは健二も思っていた。ヒラの船員(サラは主任ではあるが)にそんな艦内の機密に関わらせるとか何故。
「君たちには、このまま通信を解析してどこから、誰から発信されているのか掴んでほしい。行きがかり上、頼めるのは君たちしかいないんだ。勿論口外無用だ」
なるほど。サラと健二は頷く。要は人手不足だな。一艦あたり五千人も乗船してるけど、ほぼ全員寝てるもんな。
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サラと二人でブリーフィングルームを出て通路を発着デッキに向かう。
「ふーん、ふんふん、ふふーんふん」
サラがノイズの旋律を鼻歌で歌っている。
「えー。よくそんな音階ずれまくってるの歌えますね」
「通信士だからね! 音にはウルサいのさ! どや!」
そういうもん? 健二にはさっぱりわからない。
「1/4音って奴だな。半音の更に半分。滅多に使われないけど、無くはない」
「へー。あれ? じゃあこのノイズ実は音楽?」
サラは首を傾けて、ちょっと考える。
「うーん、あり得なくはないんだけど、普通は装飾程度で、ここまでクォータートーン使う曲ってのは初めて聞くよ。暗号って言われても納得はできる感じ?」
そうなんだ。
しかし底知れないな、この人。
「ふふんふふーん、ふんふんー。ふっふふふふん」
サラは歩きながら鼻歌を続ける。よくもまあこれだけ調子っぱずれなの歌えるなあ。
そこに、通路の横のトイレから百瀬航海士が出てきた。
出口で立ち止まって驚いた顔でサラを見ている。口もわずかに開いている。
「それ……」
サラも通路で立ち止まった。
「ありゃ、百瀬さん、これ知ってる感じ?」
「あ、うん、どうかな。知らないメロディだわ。でも」
言葉にするのを躊躇うようなそぶり。
「でも?」
「でも、なんだか懐かしいような、そうでないような。ごめんなさい、自分でも良く分からない」
百瀬の遠くを見るような表情を見て、ああ、これは本心だな、と健二は心で理解した。
だいたい自分が送信した暗号なら、聞こえた所で無視するんじゃないか?
増えた疑問。そのまま百瀬と別れてサラと二人でシャトルに乗り込む。
「なあ海斗っち」
「海斗っち、って」
控えめな抗議をスルーしてサラは続ける。
「百瀬さん、犯人じゃない気がする」
「奇遇ですね。俺もそんな気がしてきました。ただ……」
「ただ?」
「無実の証拠にはならないですよね」
そう。未だに怪しい人物筆頭なのは変わらない。
ヒノデに戻るシャトルの中で途方に暮れる健二とサラ。とは言え、まずは接近してくる戦艦をなんとかしないといけない、ってヒラ船員に出来る事は指示に従う事だけだけども。




