星の音
ヒノデの通信室に呼ばれた。
通信、と言っても地球を遠く離れた今ではほとんどが船団内でのデータ通信だ。たまにスタッフ間で音声通話する事はあるが、大抵はデータ越し。
という事で各艦に通信士は数名いるが、惑星近傍ではともかく、深宇宙での仕事は情報通信機器のメンテナンス係だ。そういう意味では整備部と近い仕事とも言える。
その日の当直はサラ・トンプソン。見た目年齢は30ほど。欧州系・金髪の明るいお姉さんだが実年齢は司令部しか知らない謎人物。もしかしたら超年上だったりするのだろうか。怖いので海斗は聞いていない。触らぬ神に祟りなし、は24世紀でも真実であった。
通信室に到着。チビも付いてきている。まあいいけど。
「ああ海斗君、お疲れ。おやチビちゃんも一緒かい。早速だけどちょっとお願い」
サラがコンソールに手招きする。
「これ聞いてみて」
ヘッドホンを手渡された。装着する。無音、いや微かにノイズが入っている。
「ノイズが聞こえるだけですが、これが何か問題でも?」
「よーく聞いてみて」
言われてしばらく耳を澄ませる。言われて見れば、ノイズに規則性がある?
「何か変調されてる?」
サラが困り顔をしている。
「そうなんだよ。こんな深宇宙で外部から信号が来るとは思えないし。でも内部の通信としても変でしょ」
確かに妙だ。一体誰がこんなのを受け取るのか、というか信号に情報があるのかさえ分からない。
「もしかして暗号化された信号? とも思ったんだけど、デコードできないのよね。だもんで、機器のどこかが不調なのかなと」
それで整備部に連絡が来た、と言う事か。
「了解。調べてみます」
そう言うと、通信コンソールの下のパネルを開けてメンテナンスボードを露出させる。持参したアナライザーを端子に差し込み探索を開始した。
「うーん。故障じゃないっぽいですね。外部から何か受信してますよ。ただ……」
「ただ?」
「普通なら信号の発生場所とか特定できるんですが、これは分からないですね」
サラは腕組みして首を傾ける。
「そっかー。とりあえず害も無いし保留かなあ」
「意味のありそうなデータには見えますね。一旦このデータ持ち帰って、俺のほうでも解析してみますね」
「そだねよろしく。そうだ、チビちゃんそれ聞いて何か分かる?」
ヘッドホンに顔をなすりつけていた猫が、サラの方に顔をあげた。
「うにゃ」
「おお、猫の鋭敏な聴覚で真相が判明したと!」
「ううにゃ」
「なんだ、信号は海斗君の腹の虫か」
真面目な顔で何言ってるんだか。こういう所がまた年齢不詳とか言われる原因だよな。
「なんの小芝居ですか。じゃあ俺はこれで。何か変化があったら又呼んでください」
「りょ。おつかれ」
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その日は勤務の終了がヨルゲンと一緒だった。たまには一緒にメシでも食おうぜ、という事でヨルゲンとノアと一緒に船員食堂に向かった。
ヨルゲンと健二は日替わり定食、ノアはオムライスを注文。日替わりは合成アジフライだった。
フードプリンターで作られるアジフライは、健二の元の時代のものより旨かった。200年の技術の進歩を改めて実感する。
皆食べ終わり、食後のコーヒーで一息。ノアはオレンジジュースを頼んでチビチビ飲んでいた。
「ヨルゲン親方って、船の生活長いんですよね?」
ノアが質問する。
「ああ、そうだなあ。お前くらいの歳にはもう船に乗ってたから、もう50年くらいになるか」
「ヒノデに来る前は何に乗ってたんですか? 僕、この船しか知らないから興味があります」
そうか、健二は(海斗も)地球生まれで惑星上の生活を知ってるけど、ノアは物心着いたときからヒノデにいた訳だからな。
「ここの前は、20年くらい地球とオミクロンの定期航路の機関士やってたな。その前は太陽系内をあっちこっち」
「オミクロン?」
「エリダヌス座オミクロン2。資源豊富な星系でな。地球からはたった16光年先だ。だいたい片道半月ってとこだ」
健二も興味が出てきた。
「客船ですか?」
「貨客両用だな。まあ客船ってよりバスだな」
「何故ヒノデに?」
ヨルゲンは、うーん、と腕を組む。
「一つは、もっと遠くを見てみたくなった事か。ぶっちゃけオミクロンとの往復に飽きてた所に、この船団の団長から誘われたのさ」
「元々お知り合いだったんですね」
「ああ。ヘンリーは、って団長の名前な、一時期オミクロン便の船長してて、そこに俺も乗ってた訳だ。まあ腐れ縁だなあ」
ノアは目をキラキラさせながら聞いている。
「僕、団長さんには会った事ありません…」
ヨルゲンは微笑んでノアを見る。なんだか本当の祖父みたいになってるし。
「まあ船も違うし仕事も違うしな。そのうち機会もあるだろ。ちょいと偏屈だけど、いい奴だぜ」
「偏屈なんですか?」 気になって健二は聞く。
「とにかく手順に厳しくてなあ。オミクロンみたいな近距離航路の出航手順なんて簡単だから多少省略しても良さそうなもんだって進言してるのに、頑として崩さないんだよ」
「へー」
「おかげでいつもスケジュールぎりぎりになるんだよな。安全のためには良い事かもだが、それにしても限度を超えてたと言うか。船員には不評だったな」
そんな感じでヨルゲンの身の上話や、ノアの教育プログラムの話、チビの話などで意外に盛り上がった。途中から親方はワインを注文していた。
少しだけほろ酔いになったヨルゲンが、ぽつりと零す。
「そういえば、この船団の目的地って最初は別だったんだよなあ。いつの間にかロイデ系に変更になってたけど」
「あれ? そうだったんですか? 初耳です」
「お前らが来た時にはロイデに変更された後だったからな。元々はシーラって惑星系に行くはずだったんだ。まあ俺にとってはどっちでも大差無かったからあまり気にしてなかったんだが」
つまりヨルゲンは今回の騒動による航法データ修正について気にしてるんだろう。ノアには話せないはずだが、酒のいきおいで口が滑ったという所か。
「ああ、いや昔の話だ。忘れてくれ」
ヨルゲンはそう言うと、立ち上がった。全員の飲み物も無くなっていた。
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自分の船室に戻ると、ベッドで猫が丸くなっていた。
「なんだか、きな臭くなってきたなあ」
そう独りごちるとチビが首を起こした。
「ああ、リモートで聞いてたにゃ。元々の目的地が違ってたっていうヨルゲン爺さんの話な」
「元々の目的地のシーラからロイデに変更になったのも怪しいけど、それが更にこっそりアクアに変わってた。なんか複雑な陰謀がありそうだよなあ」
船団内には航路を変更した犯人がいる訳だし、全く気を抜けない。
「ただ、航法コンピューターを改ざんできる奴なんて限られるはずだよな」
「そうだろうね」
「そんなの中枢スタッフくらいのはずだから、船団長、副船団長、航海長、あとは情報長くらいか。旗艦の機関長と医務長…は関係ないだろうなあ。あと移民船には砲雷科とか無いし」
「そんなとこだろうね」
て事は。
「むっちゃ限られない? 今挙げたメンツって船団長以外全員こないだのブリーフィングルームにいたじゃん」
「いたね」
「つまり、あの中の誰か一人が嘘をついてるって事になる?」
「なるね」
「お前、さっきからテキトーに返事してない?」
「お前さんの思考整理を促してやってるんだにゃ」
「物は言い様だな...しかしヒラ機関員の手には負えんぞ」
「フラグ乙」
ええ~……




