旗艦
次の日。AE-35アンテナの件は予想以上に大事になったようで、ヨルゲンと健二が旗艦「あかつき」に呼び出された。
あかつきは船団の先頭に位置している。ヒノデの位置は全体の右舷側後方。
各艦の連絡用に用意されている小さいシャトルで旗艦に向かう。
「呼び出されるほどの事だったんですか?」
とヨルゲンに聞いてみた。
「よくわからん。探索に穴が開くったってごく狭い範囲だし。大した事じゃないんだけどなあ」
小さいシャトルに重力制御はない。シートにベルトで体を固定して、旧式の反動エンジンで移動する。数分の自動フライトで旗艦に到着。ヒノデと同じ形の発着デッキから艦内へ。
旗艦、とは言っても船のモデルナンバーはヒノデと同じだ。内部の構造もほぼ一緒。艦橋の設備はそれなりに指令艦としてアップグレードされてはいるがその程度で単に役割の割り振りが違うだけ。なので特に迷う事も無く艦橋そばに指定されたブリーフィングルームに到着した。
ブリーフィングルームは、デスク付きチェアが30~40脚ほど並んでいる白い部屋だ。演壇付近には船団副団長のアーサー・チェンと、情報長のエルザ・ハルトマン、あと初めて見る女性が座っていた。
健二たちが入って来たのを見てチェンが立ち上がって挨拶した。
「ヨルゲンさん、わざわざ済みません。ちょっと通信で話しにくい事がありまして。まあお座りください」
ヨルゲンは首をかしげる。チェンと健二たちはチェアに腰掛けた。
「通信だめって、穏やかじゃないな。一体何が起こってるんだ?」
それに答えず、チェンは問いを重ねる。
「今回のアンテナ破損、何か気になりませんでしたか?」
ヨルゲンは腕を組んで少しだけ考え込む。
「……ああ。デブリにしては壊れ方が不自然な感じはした。ただあり得ない壊れ方か、というと可能性はある、とも思う」
それは健二も感じていた。最初はデブリと思ったが、デブリにしては壁面の被害が少ない。よほど幸運な入射角でなければ壁に大穴が空いていたはずだ。
チェンは健二たちを見据えて一呼吸。百瀬に向き直る。
「百瀬航海士」
「はい」
横にいた女性がこちらに向き直って話を始めた。能面のような無表情。この時代にも能ってあるのかな。
「主任一等航海士の百瀬です。前回の超空間跳躍の後でログを調べていて気づいたのですが、航路が勝手に修正されている痕跡がありました」
驚くヨルゲン。
「は? ロイデ系に行くんだよな?」
「航法システムが巧妙に偽装されていましたが、調査したところ今はアクア星系に向かっているようです。ロイデ系より近く、あと半年程度で到着する距離ですね。方向はほぼ同じなので誰も気づきませんでした」
何でそんな事を。
「誰の仕業で目的は何なのか、そもそも出航以前から仕組まれていたのか、現時点では判明していません。もし船団内に実行犯がいたとしたら危険かもしれないので、航路変更についてはまだここにいるメンバーと団長しか知りません。航路もそのままです」
「それを我々に教えた理由は?」
ヨルゲンが問う。中枢メンバーでもない俺たちに何故? チェンが答えた。
「今回のアンテナ破損、事故では無いのではないか、と疑っています」
状況からはあり得る解釈だが、最初から自動的に頭から省いていた。しかしなるほど、そういう事なら。
チェンが引き継ぐ。
「船団の整備部で一番経歴が長く団長の古くからの知己でもある、最も信頼できるのがあなたです。他のアンテナにも何か細工が無いか調べてほしいのです」
健二は口を挟んだ。
「私にも知らせたのは何故です?」
「実際に調査するには人手が必要でしょう。ヨルゲン整備士の下で現時点で最も信頼できるもの、と船のメインサーバーが指摘しています」
はー。そんな感じなんだ。ヨルゲンはチェンに、
「分かった。戻り次第始める。あと申請しておいた船体のロールの件は?」
これには百瀬が答えた。
「それは懸念もありますが、実行するしか無いでしょう。本日中に推奨角度を算出してヒノデに連絡します」
「ん、よろしく」
会議終了、席を立つ。百瀬は挨拶も無くさっさと部屋を出て行こうとしたが、観測ウィンドウで立ち止まって船外眺望に目をやった。視覚強化された画像には電離した星間物質がほのかな雲になっている。たまたま近傍を通りかかっているようだった。
百瀬の口が少しだけ開いている。声を出さずに何かを口ずさむ。
……知っている。何かを眺めるときの癖。百合子の癖。
しかし彼女が立ち止まったのは一瞬だった。すぐにそのまま部屋を退出する。
「百瀬航海士に初めてお会いしましたが、噂通りクールな人ですね」
チェンが苦笑いする。
「うん、まあ。優秀かつ万事事務的なんで『計算は完璧だが心がない』なんて言う奴もいるが、悪い人間じゃないんだよ」
「そうなんですね」
「以前、ヒノデの船内監視カメラでおたくの部署の猫見てた事もあったし。別にロボじゃないさ」
「へー、それは意外な」
「人は見かけになんとやら、ってね」
そう言うとチェンも部屋を出て行った。
残された健二たちも部屋を出る。発着デッキでシャトルに乗った。
「なんだか妙な事になったな」
腕組みして唸るヨルゲン。完全に同意だ。
「デブリじゃないとしたら、整備用プローブの暴走でしょうか?」
「いや、プローブの定期点検記録に異常があれば報告されるはずだしな」
ヨルゲンもそれは考えていたらしい。
「そうしたら、爆薬とか?」
「うーん、それならアンテナまで行かなきゃだが、エアロックにログが残るし、そんなバレ易い事するかなあ」
「確かに。でも航法コンピューターに割り込めるような奴なんですよね。ログの改ざんくらいは出来るかも」
だとしたら、何でもアリだ。
「こういうのは俺の分野じゃないんだけどなあ。仕方ない、戻ったら早速アンテナのチェック始めるぞ」
「了解です」
シャトルでヒノデに戻った健二たちは、アンテナ見回りの計画を立てた。ヒノデは全長200メートル、最大幅50メートルの葉巻型だ。その外壁にAE-35と同型のアンテナが8機設置されている。さすがに健二一人では辛いので他の若手メンバーも動員された。ただし爆薬の件は知らせていない。危険なのでまずは遠目に確認しろ、とヨルゲンが徹底した。
……チェックの結果は異常なしだった。全てのアンテナは正常、破損も異物もなし。まあ予想の範囲だ。犯人がいるとして、複数基が破損したらさすがに疑われると思うだろう。その想像の通りだった。
ヨルゲンが旗艦に報告している。言葉を濁して「例の件」とか言っている。もし近くに犯人がいたらバレバレだ。本当に苦手なんだな。
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シフトなんてもう無いようなものだが、とりあえず作業終了。いつものように食事して船室に戻る。
「百合子いたな」
「いたにゃ」
チビはデスクの上で毛繕い中。座って後ろ足の片方を真上に上げて尻を舐めている。まるで猫。
「百合子については知らない事ばっかりだ。京都でも思い知らされたけど、今回も遠いなあ」
「たかだか中学生までの付き合いで、人間の奥底まで理解できる訳ないにゃ」
「そりゃあそうなんだけど。それにしたって百合子ってどうなってんの」
「バグ」
それは前も言ってたなあ。まあこれ以上聞いても理解はできないだろう。
「それはそれとして、アンテナと航路は妙な事になったなあ。お前、知ってたの?」
「いいや。俺は基本情報しか知らんにゃ。前も言ったろ、階層は実際にあった歴史平面をコピーして生成してるにゃ。限りなく事実と一緒。違いは百合子嬢ちゃんとお前の存在だけ。あと俺様。別に創造主じゃないにゃ」
「そうかー」
「ここはシミュレーションの中じゃない。現実」
それは確かに前も聞いたな。セーブなし、コンティニューなし。
ああ、イージーモードが欲しい。もう新選組の剣豪と素手で戦うとかゴメンだ。20式小銃欲しい。
そうか、太平洋戦争から銃持ってくれば良かったのかもしれない。今更遅いけども。
「そういえば、刀持ってきてたよな……」
インベントリをイメージする。目の前に鞘に収まった日本刀が現れた。手に掴む。ずっしり重い。鞘から刀身をゆっくり引き抜く。鈍く光る刃文に虹のような光が反射している。人を殺すための道具。
「船内にテロリストみたいなのがいるんだよな。これの出番にならなきゃいいんだけど」
「健二さんや、それをフラグって言うんですにゃ」
「またかよ。でもこの時代なら悪党はきっとビーム銃とかビームソードとか持ってるんだろうなあ。やだなあ」
愚痴をこぼしたくもなる。
「ま、たぶん刀の出番は無いにゃ。配管とか傷つけちゃダメだし」
チビは毛繕いも終わったようでベッドに移動して丸くなった。
「んじゃ俺、寝るにゃ」
「へいへい。俺も寝るか」
刀をインベントリに戻して布団に潜った。昨日と違ってなかなか寝付けなかった。




