近所のあいつ
健二にとって早川百合子とは、なかなか幼なじみの一言では表現しづらい存在だ。生まれてからずっと大泉学園で育った健二にとって、幼なじみと言える存在は彼女の他にも男女何人かいるが、なかでも彼女の事を密かに気に入っていた。声が綺麗で、笑顔はヒマワリの花のように明るい。勉強も運動も優秀で、成績は常に彼女の後塵を拝しているがあまり悔しいとは思わない。
ただ、それが恋かと言われると正直よく分からない。今更、焦がれるような気持ちはない。逆に単なる幼なじみか、と言われるとそうでもない、微妙な距離感だった。
彼女も健二の事を嫌ってはいなかったと思う。仲は良い。家がごく近所な事もあって幼い頃は一緒に遊ぶ事も多かった。小学生の高学年からはそんな事も少なくなったが、物の貸し借りをしたり、タイミングが合えばいっしょに登下校したりもする。典型的な幼なじみと言えるのだろう。
そもそもが、異性として惚れるには若干無理がある変な奴だった。乱暴という程ではないがちょっと雑。空想癖あり。でもたまに親切。
例えば、クラスで席が隣同士になった事があった。ある日俺が消しゴムを忘れて、百合子に「消しゴム貸してくれ」と頼んだら、
「ほいっ」
と言って自分の消しゴムを投げて来た。いや、普通投げるかよ、と思うのが通常の感覚だろうけど、昔から万事この調子だ。百合子は何でもとりあえず投げる。カバンも上履きも小銭も。いつだったか、
「お前、物を普通に置けないのかよ?」
と聞いた事があったが、答えは
「置いてるよ?」
だった。投げているという意識はないらしい。これは言うだけ無駄なやつ、と以降あきらめた。炭酸飲料とか豆腐とかさえ投げなければそれでいい。幸いそんな機会は無かったが。
癖も沢山あった。
笑う時や怖がる・泣く時には何故か首を少し右に傾ける。
「笑う時に首が傾くけど、喉痛くならないの?」と聞くと、
「え、私傾いてる?」とほぼ予想通りの答えが返ってきたり。
怒った時には息を深く吸うので、心の準備がしやすかったり。
考え事をしている時は、左手の小指で唇の端に触れるとか。テスト中とかに良くやっていた。その後「点取れなかった~!」までがワンセット。実際には健二より高得点だったりするのがまた憎たらしいのだが。
あと遠くを見る時に口が開きがち。近所の神社の花火大会を見に行った時には打ち上がる花火を見ながら
「ふーん、ふんふん、ふふーん」
などと聞いた事のない変な鼻歌を歌いながら口を半開きにしていた。
「それ、なんの歌だよ」
と聞くと、
「わからん。昔からなんとなく頭の中にあるんだよ」
とか言う。
他にも天気の良い日は教室の窓から富士山が見えるのだが、そんな時も口を開けてその歌を口ずさみながら眺めていたりする。お淑やかとは縁遠い奴だ。
そんな感じで基本雑な奴で、女子らしさなんて余り感じられないのだが、まれにこちらが予想してなかった打撃を加えて来る事があった。例えばある日。
その日は小雨が降っていた。学校を出ようとして傘が無い事に気づいたが、まあ大した雨でもないしいいかあ、と昇降口から小走りに出た。
すると、後ろから駆け足の音がしたかと思うと頭上に開いた傘が差し出された。百合子が追ってきたんだが、彼女は無言。特に何を話すでもなくそのまま並んで帰宅した。俺の家の前まで来てくれて、それまで無言無表情だったのに突然「にぱっ」っと笑顔を作って去っていった。
今でもあの笑顔がどういう意味だったのか分からないままだ。「仕方ない奴だなあ」なのか、「感謝しろよ」なのか、それとも常人には計り知れない何かなのか。ただその笑顔に不意を突かれて少しドキっとしてしまったのも確かだった。そういう時、健二は百合子の事を少し可愛いとか思ってしまいちょっと悔しくなるのだった。




