新薬
次の日、澪が裏口に座り込んで膝に顔を埋めていた。チビはその横で座っている。
澪は健二に気づくと暗い顔を上げた。
「徳さんが、新しい耐性株に感染しました。症状悪化が急激で、新しい薬が到着しないと、もう数日しか」
「新しい薬? そんなものがあるなら何故」
「もちろん使用申請してます。でも、深谷執行官のところで止まってるんです、手続きの不備があったって」
澪の目が赤い。
「岡田さん、私、たまに思うんです。私たちは患者を治してるんじゃなくて、ただ、規則をなぞってるだけなんじゃないかって」
健二は何も言えない。澪の手の小指が、無意識に唇に触れる。
健二とチビは、裏口を離れてゲートに向かう。
「チビ、新しい薬どこにある?」
「お前、本気か?」
「ああ」
「……配送拠点の保管庫だ。第七施設向けで、承認待ちのまま止まってる」
チビは少しの沈黙の後、付け加える。
「そういうのを待ってたにゃ」
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健二とチビが配送拠点に到着する。保管庫は配送員にはフリーパス。第七隔離施設向けの新薬はすぐに見つかった。抜き出して持ち出す。
保管庫を出たところにリナがいた。新薬のパッケージに気づく。
「あんた、それ」
「……すみません、先輩。でもこうでもしないと」
リナは右の手のひらをこちらに向けて
「みなまでみなまで。分かってるよ。徳さんの事だろ? 私も深谷のやり方には納得いってなかったし」
「先輩……男前過ぎません?」
「はっはっは、下ネタばかりのお姉さんじゃないんだよ」
……自覚はあったんだ。
その時、健二の後ろを見たリナが何かに気づく。
「ちょ! あれ深谷じゃない?」
保管庫に繋がる保守用通路の向こうに深谷が立っていた。後ろに警備用ドローンも一緒だ。健二たちに近づいてくる。
「岡田さん、でしたね。あなたの持っているそれは搬入が未承認のものです。どうされるおつもりで?」
「いや、これは……」
「聞くだけヤボでしたね。あなたの行動はAIが予測していました。現行犯です。現時点で配送資格を剥奪します。山下さん、あなたもです。御社には厳重に抗議させて頂きます」
「あっちゃー」リナが額に手をあてて呻く。「ここまで来たらもうどうなってもいいか。大輝ちゃん、あれ使って!」
リナ先輩の指す「あれ」。起動済みのパワーローダーがそこにあった。
健二は新薬をウエストバッグに突っ込むと、パワーローダーに走った。社員証に反応して自動的に認証を通過する。手足4本をコントローラーに差し込むとハーネスが背中に接続されて体を固定する。
深谷は二人が従わないのを驚いたように見ていた。
「これは予想外でしたね。抵抗の意志ありとして拘束させてもらいます。『P1、P2、拘束実行』」
首のマイクから警備ドローンにコマンドを発する。背後に控えていたドローン二機が4脚を展開、左右の低い位置から健二に迫ってきた。
ドローンは脅威ではあるが、パワーはローダーが遙かに上だ。テーザーさえ避ければ突破は簡単だ。……と思っていたら、二機がふっ、と一瞬消えた。
「な!?」
4mは離れていたはずのドローンが、コマ送りのように移動して、すぐ脇に出現した。テーザー射出されるもぎりぎりで躱す。
「なんだこりゃ、どうなってる!」
『こいつらに塔の物理エンジンが追いついてないにゃ! フレーム落ちしてる!』
健二は後退して逃げながら猫に文句をぶつける。
『だー、ロースペックPCかよ! 高級品、なんとかしてくれ!』
『深谷の意思が塔に介入してて処理を妨げてる。そっちはすぐには対処できないにゃ』
健二はドローンの接近を躱してアームで脚部を狙うが、コマ落ちして正確に当てる事ができない。
その時、健二の視界のドローンに緑色の矩形が重なった。なんぞ?
『お前の目にヘッドアップディスプレイ作った。ドローンをAR描画してる。緑がドローンの位置予測にゃ。それでなんとか』
『こんな四角形だけかよ!』
『リソース食われてて限界。陸自根性で』
都合の良い時だけ自衛官持ち出しやがって。ロボの格闘術なんて教練に無いっての。
緑の予測位置めがけてステップ、アームを伸ばす。軽い衝撃とともにマニピュレーター位置にドローンが出現する。
そのままドローンの脚部に操作指を添えて、関節とは逆方向に小手返し。力を入れる事なくドローンが転倒し背面を強打する。センサーアレイが潰れ、そのまま沈黙。
残る一体はコマ落ちでローダーの後ろに回り込んだ。しかしHUDには後方に向けて敵機の矢印が描画されている。左後方約1メートル。健二は振り向かずにローダーの左くるぶしを後ろに突き出す。クリティカル。脚部の根元に命中し移動不能に追い込んだ。
警備ドローン二機が沈黙した。
「おおー、大輝ちゃんすげー! 何よ格闘技経験者かよ」
リナ先輩が大声をあげる。いやさっさと逃げて欲しい。
そして深谷は驚愕に目を見開く。
「な…… どうして配送員にそんな体捌きが……やむを得ません」
深谷は首のマイクに指を当てて別の指令を出す。
『ハウンド起動』
何か別のものが来るんだろうが、待っててやる義理はない。その場を飛び出し第七施設へ向かって走り出す。大輝の全力疾走よりは遅い速度しか出ないが、ここで降りるのは明らかに危ない。
施設に近づくと、そこには別の4脚ドローンが立っていた。さっき倒したものより二回りほど大きい。脚部も太い。胴体横には二対の折りたたみ腕部がある。
そいつから10mほど手前で一旦停止してその姿を確認する。テーザーは無いようだが右横の筒はネットランチャーか。左横の筒は少し径は小さめだがバレルが長い。恐らくゴム弾の発射筒だろう。もう警備用じゃない、暴徒鎮圧用だ。なんでそんなのが病院にいるんだよ。
『いや、実際お前暴徒だし』
猫うるさい。
そいつとにらみ合ってるうちに、後ろから深谷が追いついてきた。
「それは配送員相手に出す機械ではありません。ハウンドは隔離区域内で発生しうる集団暴動の鎮圧用です。あなたは、それだけのことをしているんです。これ以上抵抗せず投降してください」
深谷の声には明らかな苛立ちが混じっていた。本来は個人に対してハウンドを出す事も規則違反なのだ。自ら規則を破ることへの葛藤がある。
「そうかもな」
うん、深谷は正しいね。でもその正しさじゃあ徳さん助からない。澪先生も救えない。ここは突破させてもらう。
「いくぞチビ」
『おうよ、いや、おうにゃ』
視界に敵位置のインポーズ、と同時にハウンドは地面を蹴って距離を詰めてきた。警備用よりコマ落ちが酷い。まるで瞬間移動に見える。3時方向に移動されてネットを発射。
ぎりぎりで避けたが、ローダーの上腕に少し接触、とそこに火花が散る。電撃付きかよ! 物騒だな!
『おい、インポーズ追いついてないぞ!』
『すまん、こいつ物理エンジン潰してるにゃ。これが限界にゃ』
マジかよあてになんねーな。あれ? でも音は連続してるな?
『あー、サウンドは別系統で処理してるからな』
つまり音を頼りにすれば良い? 暗闇での格闘訓練は少しやったな。あれの応用と思えばいいのか。
健二は一旦後退して隣病棟の壁を背にした。格ゲーなら背後壁は悪手だがこの状況なら侵攻路を限定できる。いくら物理エンジンが破綻していても、壁抜けはしてこないだろう。こないよな?
『たぶん』
高級役に立たねえ。
ハウンドはその場からゴム弾を連射してきた。弾速は早い事は早いが、発射音はする。機体から離れた物体は物理エンジンの支配下に入るようでインポーズと同期もしている。訓練された健二の目なら避けるのは簡単だった。ローダーのレスポンスも良い。
……というか良すぎる。ちょっと危険なくらいに。
……これ、ROMをこっそり交換してるな? ああ、だからリナ先輩は、相変わらず逃げずに遠巻きに見ているのか。チューニングの成果が見たいんだな? なんて人だろう。
ゴム弾が当たらない事でハウンドが戦法を変える。といっても大した選択肢はない。左右にステップしながら突撃してきた。上部の補助腕を前に出している。スキップするごとに機体が消失する。
が、こちらを捉えるつもりなら最後は健二の前に実体化しなければならない。思うつぼ。正面に出現したハウンドの横にピボットで回り込み胴体を上から補助腕ごとキャッチする。重量物を扱うローダーのパワーがハウンドを上回っている。重量もローダー+健二の方が重い。補助腕の関節が折れる。
そこをチビがハウンドに飛び乗った。底部にある熱排出口に前足を突っ込み排熱ファンを破壊する。
『地味にイヤらしい攻撃するなお前』
『継戦能力の奪取と言って欲しいにゃ』
ハウンドは、4脚を逆に曲げて健二の後ろの壁を蹴った。
『あの関節逆にも曲がるのか』
『そりゃそう。じゃなきゃ亀の子になったらお終いだろ』
『なる』
さすがに脚の力は強かった。ローダーの拘束を逃れて正面に着地する。しかし動きは鈍くコマ落ちも酷くない。放熱不足が効いている?
そのまま見ている健二ではない。即座に追撃、アームを曲げて自重を全て乗せて肘部をセンサーアレイにたたき込む。鈍い破砕音がして頭部が陥没。ハウンドの脚が停止した。
通路に静寂が戻った、ほぼ。向こうでリナ先輩がバンザイして騒いでるのを別とすれば。
深谷は愕然としている。
「……そんな馬鹿な。ただの配送員が戦闘用の機体を武装なしのローダーで? あなた、何者ですか」
『陸上自衛官だ!』なんて言える訳もなく。とりあえず自衛隊格闘術メッチャ役に立った。何度も俺にヒジを打ち込んでくれた鬼教官ありがとう。
「俺は、薬を届けるだけです」
深谷が襟元に指を伸ばして予備の応援を呼び出そうとするが、チビが深谷の通信端末に飛びついて爪で引き裂く。
物理手段を失った深谷の脇を健二が抜ける。深谷は追えなかった。執行官と言えども自身での暴力は規則上認められていない。
あくまで深谷は善意の人間だったが故に手出しが出来ない。善意の規則執行者。別に健二にも徳さんにも恨みがある訳ではないのだ。
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施設の裏口には人だかりが出来ていた。そりゃあロボ二体がゲームばりに格闘していたのだ、音量は凄かっただろう。
健二はローダーをパージして裏口に走る。そこに澪もいた。
「東山先生、これを」
ウエストバッグから新薬のパッケージを取り出し澪に渡す。
「徳さんたちを助けてあげてください」
信じられないものを前にしたように薬を見つめる澪。
「岡田さん、これ……このために警備ドローンを破壊して?」
「間に合いますか?」
澪は首をぶんぶん縦に振る。
「はい、間に合います。ありがとう!」
そう言うや身を翻し処置室に駆けていく。よし、任務完了。
澪を見送る健二の後ろには、深谷がいた。それに気づく健二。
「薬を取り上げたりしないんですね」
「医療スタッフに実力行使するのは規則違反ですから」
そんなの後からいくらでも隠蔽できるだろうに。この人はバカが付くほど善人なのだろう。
「ありがとうございます」
深谷は礼をする健二を見て片方の眉毛をあげる。
「はて、何に対して礼を言われているのか分かりませんね。私は業務を遂行しているだけです」
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その後。健二とリナは深谷が呼んだ人間の警備員に拘束され、検疫ゲート横の詰め所に移送された。二人ともおとなしく連行される。もう逆らう理由もない。
「いやー、やっちゃったねえ」
朗らかに言うリナ。
「いやいや、それでいいんですか。たぶんクビですよ?」
「いいのいいの。そろそろ潮時かなー、って思ってた所だからね。最後に良い事できたし。ROMの性能も確認できたし」
そうなんじゃないかと疑ってはいたが。
「やっぱり。あのローダーって」
「ふっふっふ。レスポンスも精度も良かったろ? あれ私のお手製。人に使わせるにはちょっとピーキーで危険だけど、大輝ちゃんなら行けると思ったよ」
「そんなもの、よくもまあ職場の備品に入れましたね」
リナが胸を張ってドヤ顔を見せる。
「新ROMの性能試せるだけの操縦能力持つパイロットいなかったんだよねー。助かったよ」
「俺モルモットだったんですか」
「感謝してるよん。これで次の競技会には勝つる! てかうちのチームに入らん?」
まいった。いきなり過ぎる。この人には永久に勝てない気がする。
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詰め所には深谷と、会社の配送拠点からは所長も来ている。リナと健二のやった事を確認され、
「以上、相違はありませんか?」
「「ありません」」
健二とリナが口を合わせる。拠点の所長は
「君たちは解雇だね。拠点に戻ったら書類書いてもらうから残っててね。あとは損害賠償もかかるよ」
リナの顔が青ざめる。
「え……」
って、リナ先輩器物破損考えて無かったんかい。
深谷が間に割り込む。
「あ、その件で先ほど連絡があったんですが、恐らく警備ドローンの損害賠償は請求されないと思います」
虚を突かれて驚き顔になる所長。顔をぱっと輝かせるリナ先輩。
「え、何故です? そんな事あり得るんですか?」
「いや、本来戦闘用のはずの武装ドローンが配送用ローダーに手も足も出なかった、なんて事が表沙汰になると色々とまずいんです。テロの鎮圧用ですからね。ドローンの開発会社からは、賠償請求しない代わりに機能改善に協力させろ、とメッセージが来ています」
不穏な風行きに、リナは恐る恐る深谷に
「それって、断るとどうなりますぅ?」
と問う。深谷は平然とした表情で告げる。
「もちろん全額賠償、と言いたい所ですがそれは難しいので、それなりの機関が動く事になるかと。国家的な事案になりそうなので」
「ひい~~」
所長は自社の持ち出しが減った事に安堵したのだろう。リナに朗らかに
「山下さん、再就職先が決まって良かったじゃないですか」
「ひい~~」
「岡田さんも同様ですよ?」と深谷は続けた。
「配送用ローダーであの体捌き。目を疑いました。山下さんとがんばってください」
いやはや。まあなるようになるか。




