徳さんと深谷
一週間ほど似たような日々が続いた。
その日も第七隔離施設へ配達。毎日のように荷物があるのが個人向け宅配と違うところだ。
受付でやりとりしていると、横から入院着を着た老人が声をかけてきた。
「キミが新人君?」
「え? はい、良くご存じで」
老人は枯れてはいるが明るい笑顔で話しかける。
「リナちゃんが君のこと話していたからね、宜しく、って。僕は徳山ってんだ。徳さんって呼んでくれると嬉しいね」
「徳さん、ですか。岡田と申します、こちらこそ宜しくです」
「ははは、リナちゃんの言った通りだね、今時珍しく礼儀正しい」
そうなのか。この時代の若者の標準を知らないからなんとも答えにくい。
「ありがとうございます? 徳さんはここの患者さんで?」
「そう、もう長いこと入院してるから、ヌシみたいなもんだね。君、よく猫といっしょにいたから一度話してみたくてね」
「そうなんですか。あの猫ってここに長くいるらしいですね」
徳さんは嬉しそうに頷いた。
「そうなんだ。特に澪先生に懐いててね。それが他の人に懐いてるの珍しいなって思ってたんだ」
「澪先生?」
「ああごめんごめん、東山澪先生。良く裏口にいるでしょ?」
ああ、下の名前、澪って言うんだ。チビも教えてくれれば良いものを。
「あの先生はね、自分の配給を減らしてでも患者に回しちゃうんだ。所長の桐生先生にいっつも怒られてるよ、身体壊すぞって」
「配給、ですか」
初めて聞いた。前の階層を思い出す。終戦間際の配給は酷かった。
「そっか知らないか。隔離区域だから商店なんて無いんだよ。だから食料や衣類は配給なんだ。もちろん中程度以上の患者は病院食だけど、おれらみたいな軽症者は自分で配給されたもんを食べるんだよ。でも僕みたいなジジイはいいけど、若い人には少ないみたいでね」
「なるほど」
「良い先生なんだけどね、世渡り下手というか。そのせいかどうか、休憩はいつも裏口であの猫と過ごしてる。あの時だけ全然違う顔するんだ。なんか、ほっとした顔。って、噂をすれば」
通路の奥から東山先生がやってきた。荷物の中の医薬品リストを確認している。健二と一瞬、目が合った。
マスク越しでも目元だけは見える。澪が会釈する。事務的な短いやりとり。
「お疲れさま、いつもありがとうございます」
「いえ、仕事ですから」
それだけだが、健二の鼓動は跳ねる。澪が去った後、徳さんが「澪先生、配送のあんたのこと気にしてたよ」と耳打ちする。「猫が懐いてる人だって」
「少しよろしいでしょうか?」
その時、後ろから声をかけられた。
振り向くと、管理局の制服を着た40過ぎくらいの男が立っていた。ネームプレートは管理官の青。「深谷」と記されている。
「最近配属になった配送員の方ですね。AIの監視から報告がありました。第七施設周辺でのあなたの滞在時間が規定を大きく超過しています。理由を聞かせて頂けませんか?」
手にタブレットを持ちこちらの返答を待っている。丁寧な口調だが、目つきは獲物を見るような鋭さ。
そして、その後ろには4足歩行の警備ドローンが二機控えていた。中型犬ほどのサイズで今は低い姿勢で静止していた。
施設科の職業的なサガというか、本能的というか、健二は無意識にドローンの戦力分析をしていた。脚部の駆動軸の個数と自由度、胴体重心の位置、センサーアレイの配置などなど。武装は...前面に射出口がある。テーザーガンっぽいな。
ただ、何かが意識の奥に引っかかる。言語化できない何か。なんだろう。
「申し訳ありません、患者さんや医師の方たちと少し世間話をしてしまいまして。以後気を付けます」
「深谷さん、ごめんねえ。彼を引き留めちゃったのは私なんだよ。見逃してあげて?」
徳さんがフォローしてくれる。
「ふむ。わかりました。ただ、今後は規定を守ってください。逸脱が続くようでしたら配送資格を停止しますのでご注意ください」
そう言うと、きびすを返して立ち去った。警備ドローンもその後に続く。
「徳さん、ありがとうございました」
「うんうん、まああんまり気にしないで。また来てね」
「はい」
空のカートを押して施設を出た。ゲートに向けて歩く。
『なあチビ』
『ん?』
『あの4足歩行ドローン、何か雰囲気おかしくなかったか?』
『お。良く気づいたな。さすけん』
死語を使う猫だなあ。
『あれ、塔の演算系に食い込んでるなあ。あの深谷ってのと接続してる』
『塔の演算系? なんでまた、この階層って塔が作ってるんだろ? クリアしにくいよう難易度あげてるとかか?』
念話のチビは少し考え込む。
『んにゃ、そんな事しないにゃ、基本的には百合子ちゃんのピースは集めてほしいからな』
『じゃあ』
『階層って一から作るんじゃなくて、実際にあった歴史平面をコピーして生成してるにゃ。なので強い意志とか持ってる奴がいると引っ張られてバグるにゃ』
『ええー……』
『深谷って、なんか規則を守る事に強烈な信念持ってるっぽい。規則のためなら自分も滅ぼすタイプだにゃ』
信念になるほど規則を守る動機って。
『よっぽど何かあったんだろうけど、とりあえず邪魔されなければどうでもいいや』
念話に猫のニヤつく顔が浮かぶ。
『お? フラグ? それフラグ?』
『いや、かんべんしてくれ……』




