疎開列車
12月の爆撃で甚大な被害が出た後。配給も滞りがちになり、夕子さんは「もうここにはいられない」と決断した。環と二人で公民館の真一の区画に来る。
3日の爆撃で真一が働いていた工場は焼け落ちていたため、日中も真一は公民館にいた。薪割りやら水くみやら以外にやることもなかった。
「城ヶ崎さん、私たち疎開する事にしたわ」
後ろで環がうつむいている。
「松本に親戚がいてね。それほど親しかった訳じゃ無いんだけど来る事は許してくれたの。明日発つわ」
挨拶が済むと、夕子さんは戻って行った。環は、というと残ってチビの背中を撫でている。
「行きたくない」
環がつぶやく。チビが喉を鳴らしている。
「長野の親戚ってお父さんの実家なの。だけどお父さん三男で、半分追い出されるように東京に出されたみたいでね。向こうの家を恨むまでは行ってないんだけど、良い話はしてなかったわ。きっと肩身が狭い」
健二の時代でも、長野県民と言えば真面目で堅物、というイメージだった。この時代なら尚更だろう。マジメ=融通が利かない、という事もありそうだった。
「そうか」
それ以上何も言えなかった。環だけでも城ヶ崎家に残れ、と言いたかったが真一の常識はそれを否定していた。婚姻するわけでもない許嫁ですらない女性を引き留めるなどあり得ない。戦時中とはいえ17才で結婚も考えられない。それに真一は来年徴兵だ。ここにいろ、なんて言える訳がない。
環は小指を口に当てて、何かを考えている。ああ本当に懐かしい。でも、こいつだと分かっているのに何もできない。結局環は
「チビと別れるのは寂しいわ」
と、小さな声で言っただけだった。
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翌日、出発の朝。
見送りは健二と母親だけ。もう隣組が集合する事もない。うるさかった嵐谷もいない。まだ一ヶ月も経っていないのに、既に遠い昔の出来事のようだった。
4人で武蔵野鉄道、現代で言う西武池袋線の大泉学園駅まで歩いた。電車(勝手に蒸気機関車だと思っていた健二だが、この時代にはとっくに電化されていたのは驚きだった。戦争映画の刷り込みは怖い)がホームに入ってくる。
環は列車に乗る前に振り向いた。何か言いかけて、でも止める。
ベルが鳴り列車がゆっくり動き出した。健二は追いかけそうになるが足が動かない。環を引き留める言葉を持たない。この時代で出来る事がもうない。
環は窓から身を乗り出して、小さく手を振っていた。健二も振り返す。列車が見えなくなるまでそうしていた。
ここじゃない、と中学生の百合子は言っていた。それはここだったのか。きっと違うんだろう。彼女は何を探しているのか。この時代で何がしたかったのか。
健二にはさっぱり分からなかった。チビも何も言ってくれない。元々宇宙人的な感性の持ち主が、宇宙人的な消え方をした。そして戦争中の別人に宿っていた。1ミリも分からなかったが、しかし次があるという予感はしていた。
公民館に戻ると、そこは外界と切り離されて静寂が支配していた。フロアには避難生活の区画も何もなくチビだけがいた。避難していた人が誰もいない。母親も消えている。
「ににゃーうー」
チビが一鳴きすると、公民館フロアの中央に上向きの階段が現れた。猫は階段の手前で健二を振り向いた。
「俺は失敗したのか?」
チビはこちらを見つめる。
「そうでもないにゃ。だいぶ危なかったけど嬢ちゃん生き残ったから成功扱い。どぅるるるるる~」
「なんだそれ」
「ドラムロール」
「は?」
「じゃん! リザルトがめん~」
宙に半透明のウィンドウが現れた。デフォルメされた百合子のおかっぱ頭が少しだけ塗りつぶされている。
「百合子ちゃん復元率15%~。どんどんパフパフ~」
「復元ってどこに? 100%になると百合子が戻ってくるのか?」
「それはそれ、後のお楽しみってことで。」
そこが肝心だろうに。
「最後、役場に行けなかったのはマイナスポイントだったけど、とっさに廃棄壕に隠れたのは良い判断。二人っきりになれたってのもプラスポイント。よっておまけ」
「……」
「報酬は~、じゃじゃん! インベントリ~。好きな物を一個、次の階層に持ち越せるにゃ」
宙に白い箱が浮かんだ。ほんとゲームだな。
「何にする?」
「じゃあ、爆装したB29」
「……あのね。チミね。常識ってもんがあるでしょ、常識ってもんが! そもそも操縦できないでしょ陸自のくせに」
いや空自パイロットでもB29は無理だと思う。
「じゃあ、環」
チビに半目でジトっと見つめられる。
「あほ。アラサー自衛官が何言ってんの。ロリコン」
「まあそれも冗談だが。でもさあ、戦時中のものなんて、持っていっても仕方なくないか?」
「ま、そりゃ仰る通り。んじゃ保留ね。次回は二回分~」
そう言うとチビは階段を上りだした。途中でかき消える。
次の階層。ゲームみたいだがゲームじゃないんだろう。チビは端末、と言っていたが何の端末なのか。
まだまだ考えるための材料が足りない。健二は観念して登る先がもやに包まれて見えない階段に足を踏み出した。




