ハクのブラッシング
朝食が終わってお皿を洗い、キッチン周りを片付けてしまうと自由時間だ。
といっても私はもうお嬢様のお世話から解放されているので、毎日いつでも自由時間なのだが。
「ハク、今日はブラッシングしよっか」
先ほど顔を埋めたハクの毛並みから少しだけツヤが失われていたことを思い出して、そう言ってみる。
「わんっ」
食事を終えて床に寝転んでいたハクは、両耳をぴょこんと立てて返事した。コメ、シラタマ、コムギはカーペットの上をころころと転がっている。
「ハク、おいで」
呼びかけに応えてハクは、私について家から出てくる。あとにはコメ、シラタマ、コムギも続いていた。何がなされるのか、興味津々の様子だ。
「大きくなって大丈夫だよ」
わふっ、と鳴いて、ハクはみるみる天蓋付きベッドくらいの大きさになった。これが本来のハクの姿だ。
いつも大型犬くらいの姿でいてくれるのは窮屈かもしれないと心配しているのだが、ハクが魔獣相手にもっと大きな姿になって威嚇してくれたこともあったので、聖獣に大きさは大した問題ではないのかもしれない。
私は家の前の広い庭に出ると、ハクのブラッシングを始めた。
ちなみにこの家は昔この森の国境を守っていた兵士たちの駐屯所だったらしいのだが、私が改装して快適に暮らせるようにしている。その際にはハクたちにもずいぶん助けてもらったものだ。
ハクが立ってくれて、私はその横でブラシを当てることになる。小さくなってもらっているほうがブラッシングは楽かもしれないが、本来の姿でいてもらったほうが、綺麗にできそうな気がする。
ブラシは特注品だ。私は自分の背丈ほどもあるブラシを手に取り、ハクのブラッシングを始めた。
やはりハクは犬とは違って聖獣だ。ブラシで純白の毛を梳くと、静電気が立つかわりにあたりにきらきらと光が生まれて宙を漂う。光の聖獣だと、いつだったか行商人が言っていた。
「きれいだね」
ハクはそれが自分の毛から生み出されているとはわかっていないようで、ハッハッと舌を出して息をしながら、楽しげに目で追っている。
コメ、シラタマ、コムギは、きらきらを追いかけて走り回り始めた。空中でふっと光が消えると、不思議そうに首を傾げる。
そんな彼らもブラッシングするときらきらの光を発するのだが、ハク同様自覚はないらしい。
三匹が走り回る中央で、ハクの毛並みを整えていく。ハクはふあっとあくびをした。ブラッシングが気持ち良くて、眠くなってきたのかもしれない。
「気持ちいいねえ」
「くぅん……」
お昼前のあたたかくて眩しい陽射しのもと、ブラシを動かす。結構重労働ではあるのだが、風魔石が入り浮力の働くブラシのおかげでほとんど苦にならない。
行商人たちは魔の森を通る際ハクに護衛を頼むこともあり、そうするとお礼に好きな物を持って行っていいとまで言ってくれる。このブラシは、お言葉に甘えていただいたものだ。行商人は、「こんな巨大な物、何に使うのかと持て余していた」と気前よく譲ってくれた。
魔石というのは本当に便利がいい。私はただのメイドでご飯を作るくらいのことしかできないけれど、魔法が使えない人間でもこんな恩恵にあずかれるなんて。
私は行商人からこれらを買っているけれど、魔鉱山の中の岩盤に埋まっていたりするものらしい。いつか探しに行ってみたいな、などと思う。なにせこの暗い魔の森、不思議な洞窟などがいたるところにあるのだ。私は怖くて足を踏み入れたことはないのだが。
「わふぅ……」
「あら、溶けちゃったわね。ふふ」
ハクはブラッシングが気持ち良かったのか、溶けたお餅のように地面にぺったりとおなかをくっつけてしまっている。前足の間で目を閉じていて、今にも寝入ってしまいそうだ。
「寝ちゃだめだよ、運べないからね」
そう言いながら背中の上にお邪魔して、そこにもブラシを当てる。ハクの毛はもうツヤツヤとしてきていた。毛並みの上を滑るようにして、背中から地面へと降りる。
眠りかけているハクを起こそうとしているのか、コメ、シラタマ、コムギがハクのおなかあたりにぽん、ぽん、と小さな身体で体当たりをしている。しかしハクには何の効果もないようで、クゥー……と寝息がし始めた。
「ブラッシング終わり──って大変、ハク、起きて。こんなところで寝たら風邪引いちゃう」
ハクは半分開けた、とろんとした大きな黒目でこちらを見て、それから突然立ち上がるとぶるるっと身体を震わせた。ブラッシングの抜け毛が一気に舞い上がる。
「わっ」
あたり一面ハクの白い毛が舞って、羽根のようだ。コメ、シラタマ、コムギたちは大喜びで、モフモフの毛を追いかけて走っている。私もハクの毛まみれだ。
「もう、ふふっ」
困ってしまうけれど、でもとても楽しい。
ハクが、ふああっとまたあくびをした。
ブラッシングを終えたハクはツヤツヤで、ふかふかで、いつにもましてモフモフだった。元の倍くらいの大きさになったような錯覚すら覚える。
ハクが大型犬くらいの大きさに戻ると、ブラッシングの手順を覚えているのか、コメが手製の竹ぼうきを口に咥えて持ってきてくれた。
「ありがとう、これでお掃除できるね」
伏せをするハクと跳ねるコメ、シラタマ、コムギたちに囲まれて、ハクの抜け毛を竹ぼうきで集める。こんもりと抜け毛の山ができた。
「これでクッションとか、防寒具を作るとよさそう」
ハクは体温が高く温かいが、聖獣であるせいか、その毛も暖かいのだ。ちなみに夏になると熱がこもらず涼しい素材になる。
私たちは家に戻り、今度はお昼を食べることにした。
***
朝ごはんが遅かったから、お昼は軽めにパンケーキにすることにした。
私とコメ、シラタマ、コムギのぶんは、普通に一人前のパンケーキ。ハクには二人前の大きなパンケーキだ。
ここで巨大なフライパンの出番である。行商人に「これ以上のサイズはない」と言われたもので、コンロの火も最大にして使う。
これでハクのぶんのパンケーキを作るのだ。
ハクは賢いから、このフライパンが出てくると、自分の食べるものを作っているとすぐにわかる。じっとこちらを期待のまなざしで見つめてくるのが愛おしい。
「すぐ作っちゃうからね」
タネを大きなフライパンの中に入れて、膨らんできたらひっくり返し──それを何段にも重ねて、特製の巨大パンケーキを作る。
そこに、昨日収穫したりんごを添える。ハクにはりんごの皮を一部分残してハートマークが浮き出るように剝いてやり、コメ、シラタマ、コムギにはうさぎさんの形にして切る。
最後に、てっぺんにバターを乗せ、はちみつをかけて──。
「できたよ! 特製パンケーキ!」
朝と同じく、四匹はわあっと集まってきて定位置についた。
シャリシャリ、シャクシャク、と四匹分のりんごの咀嚼音に包まれる。
「おいしい?」
「わふっ!」
巨大パンケーキを両手で押さえるようにして食べながらハクが返事をしてくれる。
ハクに巨大料理を作るのが私は大好きだ。みんなで同じものを食べているという感じがするから。
コメ、シラタマ、コムギも、ひとりにひとつぶんのパンケーキを食べられて嬉しそうだ。
コメは重ねたパンケーキを一枚ずつ、シラタマはまとめて一気にかぶりつき、コムギはりんごを最後に取っておく。
ああ、みんなで大きなお皿で大きなケーキとか、食べてみたいなあ。
ここに来て一年、夢は尽きない。




