表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『やすらぎ園』― 五十年の沈黙  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/28

第二十六章 別の場所

桐生からの申し出を、永野はすぐには答えを出せずにいた。だが、その数日後、宇佐美から入った一本の電話が、永野の心を、また別の方向へと引き戻すことになった。


「永野さん、聞いてください。県東部にある、別の特別養護老人ホームで、似たような苦情が寄せられ始めています」


「似たような、というのは」


「後見制度を利用した入所者からの、不自然な資産の引き出し。身寄りのない高齢者ばかりが選ばれて対象になっている。……やすらぎ園の一件と、ほとんど同じ構図です」


永野は、受話器を持つ手に、思わず力を込めた。


「その施設と、郷田建設、あるいは榊原、熊谷との繋がりは」


「今のところ、直接の繋がりは見つかっていません。ですが、その施設の顧問司法書士事務所が、柏木事務所と、かつて業務提携をしていた形跡があります。同じ手口が、業界内で、いわば『ノウハウ』として、共有されていた可能性があります」


永野は、深く息を吐いた。予感していたことではあった。だが、実際にそれが現実になったと知らされると、胸の奥に、鉛のような重さが広がった。


「一つの施設を暴いても、次が出てくる」


「はい。……永野さん、正直に言います。この構造は、僕たちが思っている以上に、根が深いです。一つの事件として終わらせられるような、単純な話じゃない」


その夜、永野は、資材置き場――今はもう、隠れて集まる必要のなくなった、ただの物置――に、田村と桐生を呼んだ。


「新しい施設の件を、話しておきたい」


永野は、宇佐美から聞いた内容を、二人に伝えた。田村の顔が、みるみる青ざめていった。


「じゃあ、私たちがやったことは……」


「無駄だったわけじゃない」


永野は、はっきりと言った。


「あんたのお祖母さんの死の真相は、明らかになった。熊谷は、罪を認め、法の裁きを受けようとしている。桐生さんは、内部告発者として、新しい体制を作ろうとしている。それらは全部、確かな成果だ」


「でも、別の場所で、同じことが繰り返されているなら――」


「だからこそ、俺たちが次にやるべきことが、見えてきた」


永野は、静かに、しかし力強く続けた。


「一つの施設の不正を暴くだけでは、この構造は変わらない。制度そのものに、欠陥がある限り、次から次へと、同じ手口が繰り返される。俺たちがすべきなのは、やすらぎ園という一つの事件を終わらせることじゃない。この構造そのものを、社会に問い続けることだ」


桐生が、静かに口を開いた。


「永野さん。……もし、監査役の話を受けていただけるなら、私も、あなたと一緒に、新しい体制作りを進めながら、こういった問題を、県全体に問いかける活動をしていきたいと思います」


田村も、頷いた。


「私も、祖母のためだけじゃなく……これから同じ目に遭うかもしれない人たちのために、続けたいです」


永野は、二人の顔を、順番に見つめた。二十年前、自分は一人で立ち向かい、そして敗れた。だが今、隣には、共に歩む人間がいた。


「宇佐美にも、伝えておこう」


永野は言った。


「県東部の施設の件、彼と一緒に、正式な取材として動いてもらう。今度は、握りつぶされないように、複数のルートを、最初から用意しておく」


その夜、施設の窓から見える空には、静かに星が瞬いていた。永野は、松葉杖に体を預けながら、これまでの道のりを振り返った。


事故で両脚を折り、要介護3の認定を受け、意図的に虚偽の認知症患者として、この施設に送り込まれた。あの時、自分は、ただの「厄介な老人」の一人として、この場所で人生を終える可能性もあった。


だが、二十年前に握りつぶされた正義は、形を変えて、ようやく息を吹き返そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ