第二十五章 包囲
熊谷の告白の手紙が、県警の正式な証拠として扱われることが公表されると、事態は堰を切ったように動き始めた。
郷田建設の本社に、県警の強制捜査が入ったというニュースが流れたのは、それから一週間後のことだった。テレビの報道番組は、段ボール箱を運び出す捜査員たちの姿を、繰り返し映し出した。
「郷田誠一郎社長、任意で事情聴取へ」
「県央福祉会・榊原理事長、経営権継承の白紙撤回を発表」
「沢渡議員、後援会長辞任へ」
見出しが、日を追うごとに大きくなっていった。永野は、施設のテレビの前で、それらの報道を見つめながら、複雑な感慨に包まれていた。
「永野さん、榊原の声明、見ましたか」
田村が、タブレットの画面を見せてきた。榊原の弁護士が代読した声明文には、こう書かれていた。
「今回の一連の報道について、当法人としても、内部の管理体制に不十分な点があったことを重く受け止めております。永野雅士様をはじめ、関係者の皆様に、深くお詫び申し上げます。当法人は、やすらぎ園の経営権継承を白紙に戻し、県の指導のもと、新たな運営体制の構築に協力してまいります」
「謝罪はしているが、罪は認めていない」
永野は、その文言を読みながら言った。
「『内部の管理体制に不十分な点』という言い方は、あくまで組織のミスであって、意図的な犯罪だったとは、決して言わない」
「それでも、経営権継承は白紙になりました。少なくとも、榊原がこの施設を引き継ぐことは、なくなったわけですよね」
「そうだ。だが、榊原自身が刑事責任を問われるかどうかは、まだ分からない。証拠が状況証拠に留まる部分も多い。手強い弁護団がつけば、言い逃れの余地は、まだ十分に残っている」
その予測は、ある程度当たっていた。二ヶ月後、検察は、柏木を業務上横領及び現住建造物等放火の容疑で起訴した。熊谷は、業務上横領及び虚偽公文書作成の容疑で、病状の回復を待って起訴される見通しとなった。だが、榊原と郷田については、「共謀の直接的な証拠が不十分」として、当面は起訴が見送られることになった。
沢渡議員については、刑事責任こそ問われなかったものの、政治的な打撃は大きかった。次の選挙での苦戦が、早くも予想され始めていた。
「不完全な決着ですね」
田村が、悔しそうに言った。
「柏木と熊谷だけが罪に問われて、榊原も郷田も、逃げ切ろうとしている」
永野は、その悔しさを、痛いほど理解できた。だが、二十年前、何一つ表に出すことすらできなかった自分と比べれば、これは、決して小さな成果ではなかった。
「田村さん。これは、終わりじゃない。始まりだ」
「始まり?」
「今回の報道で、県の福祉行政のあり方そのものに、疑問の目が向けられるようになった。指導監査室の体制強化を求める声も、県議会で出始めている。そして何より――」
永野は、施設の廊下を見渡した。
「桐生さんのような立場の人間が、内部から声を上げられる前例ができた。あんたのような遺族が、真相を求めて動ける前例ができた。この一件だけで、全てが変わるわけじゃない。だが、次に同じことが起きようとした時、それを止められる可能性は、確実に高まった」
その頃、桐生洋子は、施設内の新体制において、暫定的な施設長として、県の指導のもとで運営の立て直しに取り組んでいた。彼女自身の関与についても、内部告発者としての情状が最大限考慮され、刑事責任は問われないことが決まっていた。
「永野さん」
ある日、桐生が、永野の部屋を訪ねてきた。
「新しい経営体制について、県から提案がありました。地域の福祉団体と、利用者家族会が共同で運営に関わる、新しい形の社会福祉法人を、一から立ち上げるという案です」
「あんたが、その中心になるのか」
「まだ分かりません。でも、もしそうなったら――」
桐生は、少しためらってから続けた。
「永野さんに、外部の監査役として、関わっていただけないでしょうか」
永野は、その申し出に、しばらく黙り込んだ。
「俺は、記者としての人生を、二十年前に絶たれた人間だ。この施設に来たのも、事故という偶然と、誰かの計算が重なった結果に過ぎない」
「それでも」
桐生は、まっすぐに永野を見た。
「永野さんがいなければ、私たちは、今も、あの構造の中で、何も変えられずにいたはずです」
永野は、窓の外の丘を見つめた。設立五十周年の横断幕が外された後、掲げられることのなかったその場所には、今、何もなかった。
「考えさせてくれ」
永野は、静かにそう答えた。




