第二十三章 捜査
県央新報の連載は、第二回、第三回と続き、地域社会に大きな波紋を広げていった。郷田建設との関係についての報道が出た翌日、県警本部は正式に特別捜査本部を設置したことを発表した。
「永野さん、県警から事情聴取の日程調整の連絡が来ました」
桐生が、緊張した面持ちで永野に伝えた。
「ついに、本格的に動き出したか」
永野は、これまでの道のりを振り返りながら、静かに頷いた。だが、その安堵は、決して手放しの喜びではなかった。
捜査が進むにつれ、事態は複雑な様相を呈し始めた。熊谷は、体調不良を理由に入院し、事情聴取に応じられない状態が続いた。榊原は、弁護士を立て、「経営権継承の過程で一部確認不足があったことは認めるが、組織的な不正への関与は否定する」という声明を発表した。柏木は、放火の容疑で逮捕されたものの、取り調べに対して「単独犯行であり、指示を受けたことはない」と主張を貫いた。
「トカゲの尻尾切りだ」
宇佐美が、苦い顔で言った。
「柏木一人に、全ての罪を負わせようとしている」
「郷田建設については」
「今のところ、表立った捜査の対象にはなっていません。あくまで『施設の改修工事の受注業者』という立場に留まっています。内藤さんの証言だけでは、資金洗浄の直接証拠としては、まだ弱いのが実情です」
永野は、拳を握りしめた。証拠を積み上げてきたつもりでも、システムの中枢――郷田建設や、その背後にある政治的な繋がりまで踏み込むには、まだ決定的な何かが足りなかった。
その頃、田村は、別の角度から動いていた。
「永野さん、七人の死亡した入所者のご遺族に、連絡を取り始めています。これまで、施設側から『病気による自然な経過』としか説明されていなかった方々です。正確な死因の再調査を、正式に求める動きが出てきています」
「反応は?」
「半数以上のご遺族が、協力に前向きです。中には、もともと施設の対応に疑問を持っていた方もいました」
遺族の声が集まり始めたことは、報道とはまた違う形で、この問題の重みを社会に伝える力を持っていた。永野は、この動きを大切に育てる必要があると感じていた。
そんな中、永野の元に、思いがけない訪問者があった。
「永野さん、少しお時間をいただけますか」
現れたのは、成田だった。彼は、以前とは明らかに違う、緊張した表情をしていた。
「私は先週、県央福祉会を退職しました」
「退職?」
「今回の一連の件で、私自身、この組織の内部で何が起きているかを、改めて理解しました。……これ以上、加担することはできません」
成田は、一枚のUSBメモリを差し出した。
「これは、県央福祉会の内部会議の議事録です。榊原理事長が、施設の経営権継承にあたって、どのような資金の流れを想定していたか、詳細に記録されています。郷田建設への発注についても、具体的な金額と割合が示されています」
永野は、震える手でそのUSBメモリを受け取った。
「なぜ、これを俺に」
成田は、しばらく黙っていたが、やがて静かに言った。
「私にも、家族がいます。……子供に、恥じない仕事をしたいと思いました。それだけです」
成田が去った後、永野はすぐに、そのデータの内容を宇佐美と共に確認した。議事録には、榊原自身の発言として、こう記録されていた。
「熊谷の失脚は、想定内のプロセスだ。世代交代のタイミングとしては、悪くない。郷田建設への発注比率は、これまで通り維持する。永野という元記者については、経営権継承後、然るべきタイミングで、施設からの退所を促す方向で調整する」
「決定的な証拠だ」
宇佐美が、興奮した声で言った。
「これで、榊原理事長の関与は、もう言い逃れできません」
永野は、その文言の中の「然るべきタイミングで、施設からの退所を促す」という一文を、何度も読み返した。それは、自分がこの施設で、いつまでも安全でいられるわけではないという、静かな警告でもあった。
「宇佐美、このデータを、すぐに県警に提出しよう。それと、県央新報にも」
その夜、永野は久しぶりに、深い眠りにつくことができた。だが、翌朝、彼を待っていたのは、予想もしなかった知らせだった。
「永野さん、大変です」
田村が、蒼白な顔で駆け込んできた。
「熊谷前理事長が、今朝、入院先の病院で……」




