第二十二章 真の黒幕
匿名コメントの投稿元を辿ることは、記者の伝手をもってしても容易ではなかった。だが二日後、宇佐美から連絡が入った。
「投稿元のIPアドレス、警察の協力で特定できました。……病院の公衆Wi-Fiです。県北の総合病院、内藤和也さんが入院している、あの病院です」
永野は、すぐに病院へ向かった。病室に入ると、内藤和也は、まだ包帯を巻いた頭で、ベッドに横たわっていた。意識は戻っていたが、まだ本調子ではないようだった。
「内藤さん」
永野が声をかけると、内藤はゆっくりと目を開けた。
「……永野さん、ですね。田村さんから、聞いています」
弱々しいが、はっきりとした声だった。
「あのコメントは、あなたが?」
内藤は、小さく頷いた。
「看護師さんのスマートフォンを、少しだけ借りました。……伝えなければいけないことが、ありました」
「本当の黒幕、というのは」
内藤は、天井を見つめながら、ゆっくりと語り始めた。
「熊谷、榊原、柏木……彼らは確かに、悪事に加担してきました。でも、彼らは、あくまで実行部隊です。この構造全体を、五十年間、支え続けてきた本当の存在は、別にあります」
「教えてください」
「郷田建設、という会社です」
永野は、その名前に聞き覚えがなかった。
「県内最大手の建設会社の一つです。やすらぎ園の建設を、五十年前に請け負ったのも、この会社でした。それだけじゃない。私が調べた限り、県央福祉会が過去五年間に引き継いだ四つの施設、そのすべての改修工事、増築工事を、郷田建設が受注しています」
「施設の不正が、建設会社の受注に繋がっている、ということですか」
「もっと根が深いんです」
内藤は、苦しそうに息を整えながら続けた。
「後見制度を悪用して吸い上げられた資産の一部は、施設の『改修費用』『修繕積立金』という名目で、郷田建設に流れています。つまり、身寄りのない高齢者から吸い上げた資産が、建設工事という形で、洗浄されている」
永野は、言葉を失った。これまで見てきた構造の、さらに奥にある仕組み。福祉施設の運営者たちが得る利益は、あくまで一部に過ぎず、その先には、公共工事と福祉行政、そして地方政治が複雑に絡み合った、もっと大きな経済の流れが存在していた。
「郷田建設の経営者は」
「郷田誠一郎。沢渡議員の、大学時代からの盟友です。同時に、榊原理事長の娘婿でもあります」
すべての糸が、一本に収束していく感覚を、永野は覚えた。熊谷、榊原、沢渡、そして郷田。血縁と友誼と利権によって固く結びついた、五十年来の共同体。それは、もはや「犯罪組織」というよりも、この地域の政治と経済そのものを支える、一つの生態系だった。
「内藤さん。あなたは、なぜ、この記事が出た後になって、これを明かすことにしたんですか」
内藤は、寂しそうに微笑んだ。
「怖かったんです。父の死の真相を、いつか明らかにしたいと思いながら、五年間、動けませんでした。……でも、田村さんや永野さんが動いているのを知って、自分も、後に続く決心がつきました。そして、この崖からの一件で、気づいたんです。黙っていても、狙われる時は狙われる。それなら、全部話した方がいい」
永野は、内藤の手を握った。
「よく、話してくれました」
病院を出た永野は、宇佐美に電話をかけた。
「郷田建設について、洗い出せるだけ洗い出してくれ。この構造は、俺たちが思っていたよりも、はるかに大きい」
「分かりました。……でも永野さん、正直に言うと、僕はもう、これがどこまで広がっているのか、想像もつきません」
「俺もだ」
永野は、病院の駐車場から、丘の方角を見つめた。やすらぎ園は、ここからは見えなかった。だが、その存在が象徴する構造は、この地域全体に、目に見えない根を張り巡らせているように感じられた。
「だが、一つだけ確かなことがある」
永野は言った。
「俺たちが今まで暴いてきたものは、氷山の一角に過ぎなかった。それでも――止まるわけにはいかない」




