第十九章 保険
「内藤和也の自宅、突き止めました」
田村が、興奮を抑えきれない声で永野に報告した。
「県庁所在地のアパートです。宇佐美さんと一緒に、様子を見に行ってきました」
「一人で危険なことはしていないだろうな」
「大丈夫です、今回はちゃんと二人で。……それより、大家さんから聞いた話が気になります。内藤さん、二週間前から部屋には戻っていないそうです。でも、家賃はきちんと振り込まれていて、『体調不良で実家に帰っている』と管理会社に連絡があったと」
「本人からの連絡か」
「それが分からないんです。管理会社が言うには、電話の声は本人のものだったようですが、内容が妙に事務的で、いつもの内藤さんらしくなかったと、大家さんが話していました」
永野の中で、不安が膨らんだ。監禁とまでは断定できないが、少なくとも、内藤和也が完全に自由な状態にはないことは、ほぼ間違いなかった。
「実家の場所は分かるか」
「大家さんの話では、確か、県北の山間部だと聞いたことがあるそうです。詳しい住所までは……」
その日の夜、宇佐美から思わぬ電話が入った。
「永野さん、大家さんから、もう一つ聞き出したことがあります。内藤さん、失踪する少し前、大家さんに、こんなことを言っていたそうです。『もし自分に何かあったら、この鍵を、しかるべき人に渡してほしい』と」
「鍵?」
「トランクルームの鍵だそうです。大家さんが管理している、アパートの共用倉庫の一角を、内藤さんが個人的に借りていたと」
「その鍵は、今どこに」
「大家さんが保管しています。ただ、『しかるべき人』が誰なのか分からず、ずっと持て余していたそうです。田村さんが訪ねてきたことを、何かの縁だと思ったのか、鍵を預けてくれました」
翌日、永野は桐生の運転で、宇佐美と共にそのトランクルームへ向かった。段ボール箱が積み重なった薄暗い空間の奥に、古い書類ケースが一つ、置かれていた。
中には、大量の書類とコピーが、几帳面に整理されて収められていた。
「これは……」
宇佐美が、震える声で言った。
「田中省吾さんの件についての、独自の調査記録です。日付を見ると、内藤さんは、少なくとも五年前から、この件を調べていたようです」
書類の中には、五十年前の内藤修一失踪に関する調査メモ、二十年前の田中省吾溺死事件の当時の警察資料の写し(おそらく内部の伝手を使って入手したものだろう)、そして、柏木司法書士事務所が過去二十年間に手がけた後見案件の一覧が、詳細にまとめられていた。
その一覧の中に、田村の祖母の名前も、そして今回、やすらぎ園で亡くなった七人の名前も、すべて記載されていた。
「内藤さんは、俺たちよりずっと前から、この構造に気づいていたのか」
永野は、書類の束を手に取りながら、深い感慨を覚えた。
書類の一番奥、封筒に入った一枚のメモには、内藤自身の筆跡でこう書かれていた。
「祖父・内藤修一の死の真相を、いつか明らかにする。もし自分の身に何かあれば、この記録を、真実を伝えようとする人へ」
日付は、三年前だった。
「彼も、田村さんと同じだったんですね」
桐生が、静かに言った。
「家族の死の真相を追って、この業界に潜り込んだ」
永野は頷いた。田中省吾、内藤修一、そして田村の祖母。五十年という時間の中で、声を上げようとした者たちが、それぞれ孤独に、断片的な真実を積み重ねてきた。そして今、それらの断片が、初めて一つの場所に集まろうとしていた。
「これで、証拠は決定的になった」
永野は言った。
「五十年前の内藤修一の死、二十年前の田中省吾の死、そして現在進行形の後見制度悪用。すべてが繋がる、動かぬ記録だ」
その夜、永野は宇佐美を通じて、県央新報の記者に、内藤和也が残した記録の存在を伝えた。翌日、記者から返ってきた返事は、決定的なものだった。
「デスクの許可が下りました。来週月曜日の朝刊から、連載企画として掲載します。第一回は、後見制度の悪用について。第二回以降で、五十年間の歴史的な繋がりについても触れる予定です」
長い戦いに、ようやく光が見え始めた。だが、その光が見え始めた瞬間、事態は最も危険な局面を迎えることになる。
連載開始の前日、永野の元に、桐生が青ざめた顔で駆け込んできた。
「永野さん、大変です。……内藤和也さんが、見つかりました」
「無事なのか」
桐生は、首を横に振った。
「県北の山中で、意識不明の状態で発見されたそうです。事故か、それとも――」
永野は、松葉杖を握る手に力を込めた。




