第十七章 消えた作男
「五十年前に消えた作男の行方を追うのは、正直、簡単ではないと思います」
宇佐美は、資料を整理しながら難しい顔をした。
「戸籍を辿ろうにも、名前すら分かっていません。上原さんの記憶頼りです」
「上原さんに、もう一度会いに行こう」
永野は言った。「名前を思い出せなくても、何か手がかりがあるはずだ」
二度目の訪問で、上原はさらに記憶を掘り起こしてくれた。
「そういえば……その作男、村の外れの寺に、時々顔を出しとったのを覚えとります。住職と親しかったはずだ」
その寺――正覚寺は、今も同じ場所にあった。代替わりした若い住職は、先代の残した過去帳や記録を丁寧に保管していた。
「五十年前の記録ですか。少々お待ちを」
住職が持ってきた古い帳面には、当時の檀家や、村を出入りした人々の簡単な記録が残されていた。永野は震える指でページをめくり、ある名前に行き着いた。
「――内藤修一。二十二歳。昭和四十六年、突然失踪。行方不明のまま」
「内藤……」
永野はその名前を、頭の中で繰り返した。田村が、はっとしたような顔をした。
「永野さん。その名字……」
「どうした」
「柏木司法書士の、事務所の共同経営者に、内藤という名前があったはずです。以前、事務所のホームページを見た時に」
永野の心臓が跳ねた。宇佐美がすぐに調べ直した。
「内藤和也。柏木司法書士事務所の共同経営者。年齢は五十八歳」
「五十八歳ということは、内藤修一が失踪した当時、まだ生まれていないか、幼児だったはずだ」
「息子の可能性があります」
その繋がりが意味することを、永野はすぐには言葉にできなかった。もし内藤和也が、五十年前に消えた作男・内藤修一の血縁者だとしたら、なぜ彼は、よりによって、やすらぎ園の後見人選任に深く関わる柏木司法書士事務所で働いているのか。
「二つの可能性がある」
永野は、資材置き場に集まった面々に説明した。
「一つは、内藤和也が、父の失踪の真相を知らないまま、偶然この業界に入り、偶然この事務所で働いている、という可能性。もう一つは――」
「もう一つは?」
「彼が、自分の身内に何が起きたかを知った上で、あえてこの構造の内側に入り込み、何かを調べている、あるいは何かを企んでいる可能性だ」
「田村さんと、同じような立場かもしれないってことですか」
桐生の言葉に、永野は頷いた。
「その可能性は、十分にある」
翌日、永野は宇佐美を通じて、内藤和也に接触を試みた。だが、返ってきた反応は、予想外のものだった。
「永野さん、内藤という男、僕が事務所に電話をかけた翌日から、突然、行方が分からなくなっています」
「行方不明?」
「事務所に問い合わせたところ、『体調不良で長期休職している』という説明でした。柏木本人も、詳しいことは話さない。何かを隠している様子でした」
永野の胸に、強い不安が広がった。もし内藤和也が、田村や自分たちと同じように、内部から真実を探ろうとしていたのだとしたら――そして、それが誰かに気づかれたのだとしたら。
「これ以上、時間をかけるのは危険かもしれない」
永野は言った。
「五十年前の失踪、二十年前の溺死、そして今、目の前で起きている内藤和也の失踪。同じパターンが、繰り返されている」
「じゃあ、私たちも……」
田村の声に、隠しきれない恐怖がにじんだ。
「危険がないとは言えない」
永野は正直に答えた。
「だからこそ、今、俺たちが持っている証拠と情報を、すべて一度に、外部の複数の場所に同時に預けておく必要がある。俺たちの誰か一人に何かあっても、真実が消えないように」
その夜、永野たちは、これまで集めた全ての証拠のコピーを、宇佐美、県央新報の記者、そして永野が信頼できると判断した弁護士――かつて記者時代に取材で知り合った、福祉問題に詳しい人権派の弁護士に、それぞれ別々に託すことを決めた。
証拠を分散させることは、防御であると同時に、後戻りできない一歩でもあった。




