第97話 あなたの選択権は
翌朝、卓の上の移行計画は、ほとんど線で埋まっていた。
召喚前提の発注は止まり、地方炉とありあわせの供給が大部分を引き受け、カズヤの帰り道も段取りまで引けている。残っているのは、図の隅の、たった一か所だけだった。
修司自身の例外接続。削除可否:不可。どの線にも繋がらない、空欄のまま。
セルアスが、その空欄を指で押さえた。
「ここだけ、未定義のままですね」とセルアスは言った。
「ほかは全部、帰す・残す・置き換える、のどれかに振り分けました。なのに、ここだけ何も書かれていない。修司さん、これは――あなたが、いちばん嫌っていた処理ですよ」
「俺が嫌ってた処理」と修司は繰り返した。
「未定義のまま、放置されている項目です」とセルアスは言った。
「召喚者の登録で、何度も見たでしょう。誰も決めないまま、分類外のまま、ずっと宙ぶらりんにされている行。あなたはそれを見つけるたびに、放っておくなと言ってきた。なのに、自分の行だけは、未定義のまま閉じようとしている」
修司は、図の空欄を見た。返す言葉が、すぐには出てこなかった。
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昼前、リゼットが書類を抱えて入ってきた。卓の図を一目見て、空欄の意味を察したらしかった。
「その隅、まだ空いているんですね」とリゼットは言った。
「後回しにしてる」と修司は言った。
「カズヤのほうが先だ。あいつの身体がかかってる。俺の例外は、急ぐ話じゃない」
「順番の話は、もう聞きました」とリゼットは言った。
「私が訊いているのは、順番じゃありません。修司さんは、自分のことを、どの分類に入れるつもりなんですか。帰るのか、残るのか、保留なのか。――それとも、自分だけは、選ぶ側に入れていないんですか」
修司は、すぐには答えなかった。リゼットは、それを見て、静かに続けた。
「あなたは、召喚者みんなに選択権を整えました」とリゼットは言った。
「ユウトさんを帰して、サナさんに残る場所を作って、レオさんに考える時間を渡した。誰一人、燃料には戻さなかった。立派です。でも、その名簿に、修司さん自身の名前は、ありますか」
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「俺は」と修司は言いかけて、止まった。
言いかけて、自分がこれから何を言おうとしたか、気づいた。俺は参謀だ。現場を回す側だ。選ばれる側じゃない。――そう言おうとしていた。
それは、ちょうど、燃料にされる召喚者を見て見ぬふりする側の理屈と、同じ形をしていた。あいつは特別だから。あいつは分類外だから。自分にだけ、その理屈を当てはめようとしていた。
「……まずいな」と修司は言った。
「俺は今、自分を例外扱いしようとしてた。お前は分類外だから、選択権の話からは外れてていい、ってな。俺がいちばん潰してきた言い訳を、自分に使おうとしてた」
「気づいたなら、いいんです」とリゼットは言った。
「気づかないまま、自分だけ部品として温存するのが、いちばん怖かった」
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マルファスが、試算の紙を一枚、卓に滑らせた。
「技術の側から、正直に言っておきます」とマルファスは言った。
「修司さんの例外接続を、そのまま残せば、移行はずっと楽になります。基盤炉深層の、最後の一点。あれをあなたの削除不可の接続で埋めておけば、ほかの誰も繋がなくていい。代替供給を、あの一点ぶんだけ、無理に用意しなくて済む」
「楽になる、か」と修司は言った。
「楽になります」とマルファスは言った。
「ですが、それは、あなたを炉に繋いだままにする、ということです。召喚者を一人も燃料にしない国を作って、その最後の一点を、あなた一人で塞ぐ。それで完成、という絵も、技術の上では描けてしまう」
修司は、その紙を、しばらく見ていた。楽な道は、いつも、いちばん危ない場所に口を開けている。一人を犠牲にすれば全体が回る。その一人が自分なら、誰も文句を言わない。だからこそ、その道は、最初に消さなければならなかった。
「それは、やらない」と修司は言った。
「俺一人を繋いでおけば回る、って絵は、人を燃料にしない国の絵じゃない。燃料が一人に減っただけの絵だ。減らすんじゃない。ゼロにするんだ。俺も、その『ゼロ』に入る」
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「だが、すぐには解けない」と修司は続けた。
「俺の例外が、誰に、なぜ登録されたか。それは、今の能力じゃ読めない。読めないものを、無理に今日決めるのは、それこそ拙速だ」
「では、どうしますか」とセルアスが聞いた。
「保留に載せる」と修司は言った。
「帰るでも、残るでも、繋ぐでもない。『保留・継続調査』だ。レオにやったのと、同じ枠だ。今は決めない。だが、未定義のまま放っておくんじゃない。いつか向き合う、本人の同意なしには固定しない一点として、ちゃんと名簿に載せる」
セルアスが、図の隅の空欄に、初めて一行を書き込んだ。真鍋修司、基盤炉深層保守補助、処遇は保留・継続調査、本人同意なき固定は不可。
空欄では、なくなった。答えが出たわけではない。だが、宙ぶらりんの未定義から、考え続けると決めた保留へ、一段だけ、性質が変わった。
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「保留に載せただけじゃ、また宙ぶらりんになります」とセルアスが言った。
「レオさんのときも、ただ保留にしたんじゃない。再確認日を決めて、その日が来たら必ずもう一度開く、という約束にした。修司さんの行にも、それを付けないと、結局は放置と同じです」
「そうだな」と修司は頷いた。
「期日を入れろ。今は読めなくても、能力の精度が上がるか、深層の観測が進むか――何かが変われば、読める日が来るかもしれない。その時に必ず開き直す。読めないから永久保留、にはしない」
セルアスが、一行の末尾に、再確認の条件を書き足した。深層観測の進展、または現仕様閲覧の精度向上をもって、処遇を再検討する。期限のない保留が、見直す約束のついた保留に変わった。
修司は、それで少しだけ、息がついた。自分の問題を、感情で抱え込むのでも、見ないふりで棚上げするのでもなく、ほかの召喚者と同じ手順に載せた。人を燃料にしないという原則を、ようやく、自分にも一様に当てはめられた。
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その日の夕方、カズヤが図を見にきた。隅の新しい一行に、目を留めた。
「やっと、自分の名前、書いたんですね」とカズヤは言った。
「あんたに言われたからな」と修司は言った。
「線は、まだ引けてない。だが、空欄じゃなくなった。それだけだ」
「十分ですよ」とカズヤは言った。
だが、その一行を名簿に載せた途端、計画の上に、別の影が浮かんだ。修司を保留にすると、基盤炉深層の最後の一点を埋める者が、当面いなくなる。すると、誰かがその一点に、修司を恒久の保守補助として固定する案を出すのは、時間の問題だった。皆を救う代わりに、一人を繋いだままにする。いちばん収まりのいい、いちばん安い解決策。
「先に言っておく」と修司は、その影に向けて言った。
「もし誰かが、俺をその一点に固定して移行を仕上げよう、と言い出したら――俺は、はっきり断る。保留は、いつか外すための保留だ。永久に繋ぐための言い訳じゃない」
「言うと思ってました」とカズヤは、少し笑った。
「俺の帰り道を引いてる人が、自分だけ炉に残ります、なんて言ったら、俺、帰りませんからね」
修司は、図の隅の一行を、もう一度見た。保留・継続調査。本人同意なき固定、不可。
自分を勘定に入れた瞬間、いちばん楽な解決策が、いちばんはっきりした顔で立ち上がってきた。修司を繋いでおけばいい――その声を、修司は、今日、初めて正面から押し返した。
押し返したが、声が消えたわけではない。最後の一点は、まだ、誰の接続でも埋まっていない。そして、その一点をいちばん簡単に埋められる名前は、依然として、修司自身だった。




