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仕様書のない異世界で、俺だけが“現仕様”を見抜ける  作者: 結城ログ
第8章:脱・召喚前提運用移行編
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第96話 読めない意図

 翌朝、修司はマルファスと向かい合い、カズヤの接続を、どうやって安全に外すかの試算を始めた。


 昨夜のうちに、先にカズヤから手をつけると決めていた。自分の登録は、いちばんあと。皆を先に帰す。その順番だけは、動かさないと決めていた。


 卓には、カズヤの接続図が広げてある。ほかの召喚者の接続が、炉の表層に細く触れているだけなのに対し、カズヤの線は、炉の奥まで何重にも食い込んでいた。長いあいだ、深く繋がれてきた者の、太い根のような図だった。


「単純には、抜けません」とマルファスが言った。


「これだけ深く繋がっていると、いきなり切れば、炉ではなく、カズヤ殿の側が保ちません。供給を急に断たれた身体が、何が起きたか分からないまま、空回りする。下手をすれば、命に関わります」


「だろうな」と修司は言った。


「だから、段階を踏む。一気に抜かない。少しずつ細くして、本人が慣れる時間を挟みながら、最後に外す」


---


 修司は、図の上に、切断の段取りを書き出していった。


 まず、カズヤの接続が今どれだけの供給を担っているかを、現仕様で読む。その上で、地方炉やありあわせの代替供給に、担いぶんを少しずつ移し替えていく。一段移すごとに、カズヤの側に余白ができる。その余白を確かめてから、次の一段へ進む。


「一段ごとに、必ず止まる」と修司は言った。


「移したぶん、本人に異常が出ないか見る。出たら、そこで止めて戻す。先を急がない。崩れない速さで進む。それだけが、安全な切断のやり方だ」


「障害対応と、同じ手つきですね」とマルファスが、わずかに笑った。


「同じだ」と修司は言った。


「生きてる系統を止めるときは、いつもこうだ。一気にやれば必ず巻き添えが出る。切るんじゃない。剥がすんだ」


 マルファスが試算をなぞるうちに、一つ、はっきりしたことがあった。カズヤの線が食い込んでいる炉の奥の一点と、修司の例外接続が参照している深層系統は――同じ場所だった。形はまるで違う二つの接続が、炉の同じ深いところを、同じように向いていた。


「やはり、同じ系統です」とマルファスが、低く言った。


「カズヤ殿の深い接続も、真鍋殿の削除不可の例外も、炉の同じ深層を支えにしている。だから、片方を外せば、もう片方に、しわ寄せが行きかねない」


 誰が、なぜ、そう設計したのか。意図は、相変わらず読めなかった。読めるのは、二本の線が同じ奥を向いている、という事実だけだった。


---


 修司は、計画の最初の一段を、試しに動かしてみることにした。


 カズヤの接続が担っているもののうち、いちばん浅い部分を、地方炉の余力へ移す。ごく一部だ。これで本人に異常が出ないことを確かめてから、次の段へ進む。セルアスが、移し替えの手元を受け持った。


「浅いところは、思ったより素直に移ります」とセルアスが言った。


「カズヤさんの身体も、今のところ何も感じていないようです。これなら、一段ずつなら、進められます」


「いい兆候だ」と修司は言った。


「焦らずに、この調子で、浅いほうから順に剥がす。深いところは、最後だ」


 だが、移し替えを進めるほど、一つのことが、はっきりしてきた。浅い部分は代替供給へ次々と移る。けれど、カズヤの線がいちばん深く食い込んだ、炉の奥の一点だけは、どこへも移らなかった。地方炉でも、ありあわせの寄せ集めでも、その一点は受け取れない。


「ここだけ、残ります」とセルアスが、図の奥を指して言った。


「ほかは全部、よそへ移せます。でも、いちばん奥の一点だけは、代わりがいません。カズヤさんをそこから外すと、その一点が、空きます」


 修司は、その空く一点を見つめた。


 見覚えのある形だった。召喚者を全員外したときに、最後に一つだけ残る、あの未充足の一点。カズヤを深いところから外せば、その同じ一点が、また顔を出す。そして、それを埋められる候補として、台帳には、削除不可の自分の名前が、すでに載っている。


「……繋がってるな」と修司は言った。


「カズヤを奥から外せば、空く一点。俺の例外が、いざとなれば埋める一点。同じ穴だ。あいつを帰すことが、そのまま、俺をそこへ寄せる力になる」


「だから、真鍋殿の例外には頼らない、と」とマルファスが言った。


「頼らない」と修司は言った。


「あいつを外して空いた一点は、別の手で塞ぐ。俺で塞がない。簡単になる道があっても、そっちには行かない」


---


 昼過ぎ、当のカズヤが、図を覗き込みにきた。


 自分の帰り道が描かれた図を、しばらく黙って眺めていた。段取りの細かさに、目を細めた。


「ずいぶん、丁寧に引いてくれるんですね」とカズヤは言った。


「あんたを、巻き添えで壊したくない」と修司は言った。


「それは、ありがたいです」とカズヤは言った。


 それから、図の隅を指で叩いた。修司の例外接続が、ぽつんと書き込まれている場所だった。線は、一本も引かれていなかった。


「でも、マナベさん」とカズヤは言った。


「俺の帰り道は、こんなに必死に引いてくれるのに、自分の分は、線の一本も引いてないですよね。ここ、空っぽじゃないですか。俺を帰す手順は組むのに、自分を外す手順は、いつ組むんですか」


 修司は、図の空白を見た。返す言葉が、すぐには出てこなかった。


---


「……あんたのが、先だ」と、ようやく修司は言った。


「俺の分を先に組めば、たぶん、あんたのしわ寄せが俺に来る前提で組んじまう。それは違う。まず、あんたを安全に外す。俺の線は、そのあとだ」


「順番の話に、逃げてる気もしますけど」とカズヤは言った。


「半分は、そうだ」と修司は認めた。


「半分は、本当だ。あんたの身体がかかってる。そっちが先なのは、嘘じゃない」


 カズヤは、肩をすくめた。それ以上は、追及しなかった。だが、去り際に、もう一度だけ言った。


「自分の空欄、埋め忘れないでくださいよ。マナベさんは、人にはうるさいのに、自分のことになると、すぐ後回しにするんだから」


 その言葉は、昨日のリゼットの問いと、同じ場所を突いていた。違う人間が、別々の言い方で、同じ一点を指している。修司は、それを、もう聞き流せなかった。


---


 その日の終わりまでに、カズヤの段階切断計画は、形になった。


 炉の奥の一点と、カズヤの接続を切り離す。そのために、修司の例外には、いっさい頼らない。自分を埋め手の予備に使えば、計画はもっと簡単になる。だが、その簡単さに乗れば、また人を炉の前提にすることになる。だから、その道は、最初から消した。


 修司は、できあがった図を、もう一度、端から端まで眺めた。


 カズヤの帰り道は、はっきりと引かれていた。代替供給への移し替え、一段ごとの確認、戻す手順。すべて、線で繋がっている。ただ一か所――修司自身の例外接続だけが、どの線にも繋がらず、図の隅で、空欄のまま残っていた。


 削除可否:不可。その一行は、計画のどこにも、居場所を持てなかった。外す線を引こうにも、引いた先で台帳に拒まれる。残す線を引けば、それは「人を炉に縛る」案そのものになる。


「お前は、どこへも繋げないな」と修司は、空欄に向かって、ひとりごちた。


 明日からは、カズヤの帰り道を、一段ずつ進める。それは、読める手順だった。浅いところから剥がし、本人の様子を見て、また一段。やることは、はっきりしている。


 だが、その帰り道の隣で、自分の空欄だけが、答えの出ない問いのまま、ずっとこちらを見ている。誰かが、なぜ、自分をこの一点に縛ったのか。その意図は、何度読み直しても、登録の表からは浮かんでこない。読める手順から手をつけるのが、修司のやり方だった。けれど今度ばかりは、読めない意図のほうが、先に答えを迫ってくる気がした。


 読めない意図に、いつ、どう手をつけるのか――その線は、まだ、一本も引けていなかった。

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