表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仕様書のない異世界で、俺だけが“現仕様”を見抜ける  作者: 結城ログ
第8章:脱・召喚前提運用移行編
PR
91/111

第91話 地方炉と、ありあわせ

 その問いに向き合う前に、目の前の不足が待っていた。


 炉が深いところで誰かを待っているのは分かった。だが、その一点をどうにかするより先に、表層の出力不足が現実の生活を削り始めている。深い謎は深いまま、浅い困りごとは今日にも片づけねばならない。順番を間違えれば、街が先に倒れる。


 朝、執務室に地方代表が乗り込んできた。地方都市から出てきた、ヴェルクという中年の男だった。


「単刀直入に伺います」とヴェルクは言った。「生活必須系統を最優先にする、という王都の約束は、本当に守られるのですか」


「守ります」と修司は答えた。


「では、なぜ我々の地方炉を再び稼働させろという話が出てくるのですか。中央の出力が足りないから、地方に肩代わりさせる。そういうことでしょう。中央の不足を、地方の負担で埋める。それは『地方優先』とは逆だ」


 修司は黙って、ヴェルクの言葉を受け止めた。怒鳴っているのではない。生活がかかった人間の、当然の警戒だった。


「おっしゃる通りです」と修司は言った。「地方炉だけに肩代わりさせるなら、それはただの付け替えです。地方が割を食う。それはしません」


「では、どうすると」


「一つでは埋めません」と修司は言った。「地方炉も使います。でも、それだけでは足りない分を、いくつもの小さなやりくりで分けて埋める。負担を一か所に集めない。そういう形にします」


 修司は卓の上に、不足の内訳を広げた。


 召喚者由来の供給が抜けた穴は、一つの大きな代替電源で塞げるものではなかった。そんな都合のいい炉は、この世界のどこにもない。あるのは、半端なものの寄せ集めだけだ。


 修司は端末で炉の現仕様を追いながら、埋め方を一つずつ数えていった。


 地方炉の部分再稼働。これで穴の一部が埋まる。ただし地方の負担にならない範囲に限る。備蓄魔石の計画的な放出。これは時間を買うが、減れば終わりだ。夜間の負荷削減。眠っている時間帯の出力を落とす。それと――贅沢系統の恒久カット。


「贅沢系統、というのは」とヴェルクが聞いた。


「王宮上層区の、季節ごとの室温調整。迎賓施設の、客がいない時の常時予熱。そういう、無くても誰も死なないものです」と修司は言った。「生活必須系統には触りません。削るのは、快適のための系統からです」


 ヴェルクは少し黙ってから、「……それを、本当に削れるのですか。上の連中が」と言った。


「そこが、いちばんもめるところです」と修司は認めた。


 案の定、贅沢系統の恒久カットには、王宮上層と貴族側が反発した。


 迎賓施設の管理を預かる文官が、青い顔で乗り込んできた。


「常時予熱を止めるとは、どういうことか。客人が来てから温めるのでは間に合わん。王国の体面に関わる」


「来客の予定がある時は、前もって温めます」と修司は言った。「止めるのは、誰も来ない日の、空の部屋を温め続ける分だけです。客のいない部屋を一年中温めておく魔力で、地方都市の夜の暖房が一つ、保てます」


「……そういう言い方をされると」


「体面は大事です」と修司は続けた。「でも、体面のために空の部屋を温め続けて、その間に地方都市の子どもが寒い夜を過ごすなら、どちらを先に削るかは、はっきりしています」


 文官は反論を呑み込んだ。修司は相手を論破したかったのではない。何を残し、何を削るか、その順番をただ並べただけだった。並べてみれば、空の部屋の予熱を、人の暮らしより先に守る理屈は、どこにもなかった。


 実装は、マルファスが引き受けた。


「やってみますが」とマルファスは念を押した。「一つ確認です。これ、失敗したらどうします。負荷削減を入れて、夜間にどこかの病院が止まったら」


「だから、全部、戻せる形で入れてください」と修司は言った。「一系統ずつ。切り替えたら、必ず元へ戻す手順を先に用意しておく。試して、駄目なら戻す。本番で確かめて、駄目だったら、その場で巻き戻せるように」


「切り戻し前提、ですね」とマルファスは頷いた。「壊してから直すんじゃなく、壊れても戻せるようにしてから試す。……あんたのそういうところ、技術屋としては助かります」


 マルファスは、修司が現仕様から読み取った代替案を、一系統ずつ、切り戻し可能な形で組み込んでいった。地方炉の一基を、地方の負担を見ながら半分だけ起こす。眠っている深夜帯の装飾系統を落とす。空の迎賓室の予熱を止める。どれも小さい。だが、足し合わせると、召喚者一人分の供給に届きかけた。


 数日後、いくつかの系統で、召喚者供給に頼らない定常運用の試験稼働が始まった。


 地方代表のヴェルクは、配分の調整を最後まで見張っていた。地方が割を食わない比率になっているか。中央の都合で、夜間削減が地方にだけ寄っていないか。修司はその監視を歓迎した。見張られている方が、ごまかしようがなくて楽だった。


 ヴェルクは、自分の街から届いた一枚の報告を、修司に見せた。試験稼働の初日、地方都市の夜の暖房系統が、召喚者供給を一滴も使わずに灯った、という現場の記録だった。


「うちの街は、冬の夜の冷えがきつい」とヴェルクは言った。「去年までは、出力が足りないと夜中に暖房が落ちて、年寄りが寒さで具合を悪くすることがあった。それが、今年は、落ちなかった。召喚を当てにしない仕組みで、夜が温かいまま越せた」


「贅沢系統を削った分が、そちらの夜に回っています」と修司は言った。「空の迎賓室を温めていた魔力が、人の眠る部屋に来た。それだけのことです」


「それだけのこと、ですか」とヴェルクは小さく笑った。「その『それだけ』のために、王宮の連中とやり合ったんでしょう。うちの街の年寄りは、誰がやってくれたかも知らずに、暖かい夜を寝ています」


「知られなくていいんです」と修司は言った。「夜が温かいなら、それで足りています」


「……回っていますね」とヴェルクが、試験稼働の三日目に言った。「召喚者を当てにしないで、それでも夜が越せている。地方も、思ったほど削られていない」


「ありあわせの寄せ集めです」と修司は言った。「一つひとつは、半端なものばかりです。でも、半端を集めて分ければ、大部分は、召喚を待たなくても埋まる」


「大部分は、ですか」


「ええ」と修司は言った。そこで、声が少し落ちた。「大部分は」


 その晩、修司はマルファスとともに、試験稼働の数字を最後まで突き合わせた。


 ありあわせの寄せ集めは、確かに回っていた。地方炉、備蓄、負荷削減、贅沢系統のカット。それらを足し合わせると、召喚者由来の供給の、大部分が置き換わっていた。


 大部分が。


「修司さん」とマルファスが、端末の一点を指した。「ここ、どうしても埋まらないんですが」


 修司は覗き込んだ。地方炉を起こし、備蓄を回し、削れるものをすべて削った後でも、基盤炉の深層――あの「接続待ち」の一系統だけが、何の代替でも満たされないまま、ぽつんと残っていた。


 夜間削減でも埋まらない。地方炉でも届かない。備蓄を全部つぎ込んでも、その一点には流れていかない。表層の穴は、ありあわせで塞げた。だが、いちばん深い穴だけは、寄せ集めのどれもが届かなかった。


「……ここだけは」とマルファスが言った。「外から、誰かが直接繋がってこないと、埋まらない仕様になってます」


 修司は、その一点を、しばらく見つめた。


 大部分は埋まった。生活は、召喚を待たなくても回り始めた。それは確かな前進だった。けれど、最後の一点だけが、ありあわせを拒んでいる。炉がいちばん深いところで待っている「誰か」を、半端なものの寄せ集めでは、代わりにできない。


「ここは、ありあわせじゃ駄目だ」と修司は静かに言った。「ここだけは、別の話になる」


 炉の唸りが、答える代わりに、低く続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ