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仕様書のない異世界で、俺だけが“現仕様”を見抜ける  作者: 結城ログ
第5章:古代魔導基盤移行設計編
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第54話 王都上層区の春を落とす

「……聞こえているか、バルトロ。上層区の居住管理官から、激しい抗議が来ている。『数分前から部屋の湿度が三パーセント低下した。不快である。直ちに魔力供給を元に戻せ』とな。それから、第一騎士団の詰所からも連絡だ。『予備装備の自動メンテナンスが一時停止した。万が一の時にどう責任を取るつもりだ』と、烈火のごとく怒っているぞ」


 インフラ統合監視室のスピーカーから漏れ出る声は、冷徹な官僚のものだった。統括監視官のバルトロは、脂汗を拭いながら、震える声で通信機に応じる。


「は、はい……承知しております、侍従長。……ですが、現在は前線結界の維持にリソースを割かねばならず……」


「前線がどうした。王都の安寧こそが、王国の存立基盤だろう。余計な議論は無用だ。即刻、快適化系統の出力を定格に戻せ。これは王宮の意志だ」


 通信が一方的に切れる。バルトロは絶望したように崩れ落ち、コンソールに張り付いている保守主任のエイラを、縋るような目で見つめた。


「エイラ……。聞いたな。……戻せ。今すぐ、上層区の設定を戻すんだ。前線が多少危うくなろうとも、王宮を敵に回すことはできん……!」


「そんな……! バルトロ、さっき修司さんの解析結果を見たでしょう!? たった二度、設定温度を下げるだけで前線が救えるのに! 侍従長は湿度が三パーセント下がっただけで文句を言っているんですよ!?」


 エイラの叫びも、保身に走るバルトロには届かない。

 監視室の魔導師たちも、王宮からの直接的な圧力に怯え、一様に顔を伏せている。現場の危機よりも、中央の機嫌を損ねることの方が「恐ろしい」という、この国の歪んだ官僚機構の縮図がそこにあった。


「……セルアスさん」


 これまで沈黙を守っていた修司が、静かに後ろを振り返った。背後に控えていた文官のセルアスは、眼鏡の奥で冷徹な光を宿し、音もなく一歩前へ出る。


「マナベ殿。準備は整っております。……バルトロ統括監視官、および魔導省の諸君。改めて、宣告させていただきます」


 セルアスが懐から取り出したのは、王印の押された重厚な羊皮紙――ではない。ルミナス特別領代官、および東部方面軍司令ダリルの連名による『インフラ緊急介入命令書』だった。


「現在、王国は召喚者由来供給の急減に伴う『大規模インフラ障害』の渦中にあります。これに基づき、首席検査官マナベには、基盤炉の稼働継続を最優先とした『リソース再配分』の全権が委ねられています。……妨害する者は、国家反逆罪に準ずる『防衛インフラ破壊工作』として、その場で拘束、あるいは軍務部による即時更迭の対象となります」


「な……軍務部まで……!? ダリルが、あそこまで本気で……!」


 バルトロが絶句する。セルアスは容赦なく続けた。


「王宮の侍従長のご意向は、あくまで『要望』に過ぎません。軍務と地方の『生存権』は、行政の『快適権』よりも上位の法益として、現在の監査モードでは定義されています。……マナベ殿。心置きなく、デバッグを」


「……助かりますよ、セルアスさん」


 修司は一度だけ短く頷き、コンソールへと向き直った。

 隣でリゼットが、決意を秘めた目で俺を見つめている。


「修司さん、信じています。……地方の皆さんも、前線の兵士さんたちも、みんなあなたの指先にかかっているんですから」


「分かっていますよ、リゼットさん。……エイラさん、俺がパスを通す。あんたは、俺が指定するプロセスを順番に落としていけ」


「……はい、修司さん! やります!」


 エイラの指が、コンソールの上で迷いなく躍る。

 修司は『現仕様閲覧(差分解析)』を全開にし、基盤炉の深層に渦巻く数万のプロセスの「真の優先順位」をスキャンした。


「最初に、一番太いパイプからだ。……項目番号:ENV-001。王都上層区、常時春設定。……これを『Tier 1(絶対維持)』から『Tier 4(完全任意)』に強制変更。……落とせ」


「了解! 季節調整系統、出力停止!」


 エイラが実行キーを叩いた瞬間、監視室の床下から、基盤炉が唸りを上げるような重低音が響いた。

 視界の端で、王都全域を包んでいた巨大な魔力ドームの輝きが、目に見えて減衰していく。


「次だ。貴族邸宅への個別供給パス。邸宅内の魔導床暖房、自動湯沸かし、および噴水維持機能。……これらをすべてカット。……落とせ」


「実行! 邸宅快適化機能、全停止!」


「さらに、王都中央広場およびメインストリートの儀礼照明。……これも夜間照明以外は不要だ。……落とせ」


「儀礼照明系統、シャットダウン!」


 修司の指示は、ためらいがなかった。

 感情的に王都をいじめたいわけではない。エンジニアとして、「止めてもシステムが死なない、かつリソースを浪費しているプロセス」を順番に殺しているだけだ。


「……次はこれだ。未使用迎賓施設の常時予熱。……誰もいない部屋を温めておく必要はない。……落とせ」


「予熱回路、遮断!」


「そして……これが最後の大物だ。……第一、第二騎士団の倉庫に眠っている『勇者関連予備装備』の自動メンテナンス・クロック。……使用実績のない装備を毎秒磨き上げる必要はない。……落とせ!」


「……っ、勇者予備枠、保守プロセス停止!」


 五つの巨大なリソース消費源が、次々と闇に沈んでいった。

 監視室のパネル。真っ赤に染まっていた地方と前線のグラフが、一瞬、跳ねるように上昇した。


「――供給リソース、急激に回復! 浮いた魔力が、カテゴリー1の生活必須系統へ自動的に再ルーティングされています!」


 エイラが、震える声で報告を上げる。


「北部第二都市、暖房用魔導炉の出力、定格の九十パーセントまで回復! 水道管の破裂、止まりました! ……前線結界も安定、ダリル司令から感謝の返信が入っています!」


「やった……。やったわ、修司さん!」


 リゼットが歓喜の声を上げる。

 だが、監視室の窓の外。そこには、数百年もの間、王都の住民が目にしたことのない情景が広がっていた。


 王都を包んでいた、あの微温湯のような「春」の空気が消えたのだ。

 窓枠に、初めて結露が走る。


 空からは、人工の光に邪魔されることなく、本来の季節である冬の寒気が、しんしんと街へ降り注いでいた。


「……寒い。……なんだ、この寒さは」


 バルトロがガチガチと歯を鳴らし、自分の肩を抱いた。

 無理もない。彼は、摂氏二十五度の温室の中で一生を過ごしてきたのだ。外の気温が零度近くまで下がる「普通の冬」を、彼は物理的に知らない。


「これが現実の温度ですよ、バルトロさん」


 修司は冷徹に言い放った。


「あんたたちが『王宮の威光』だと思っていたものの正体は、ただの魔力の無駄遣いだった。……贅沢という名のバグを取り除けば、国はこうして動き続ける」


 修司はコンソールに向き直り、削減した結果の「最終試算」をモニターに表示させた。

 黄金の文字列が、冷酷な現実を数値化していく。


【監査結果レポート:リソース移行設計・第一段階完了】


 ■ 現在の基盤炉依存状況

 ・召喚者由来供給依存率:37%(パッチ適用前:62%)

 ・特権・快適化系統削減後の余剰リソース:+13%

 ・削減後の召喚者由来供給依存率(理論値):24%


 ■ 維持必要最低限

 ・生活必須系統(医療・防衛・暖房・水道)維持に必要な最低依存率:18%


 画面を見つめる修司の瞳に、わずかな光が宿った。


「……見えた。依存率は、まだ二十パーセントを超えている。……ゼロにはできない」


 カズヤたちを完全に解放するためには、まだ六パーセント足りない。

 だが、これまでは「召喚者がいなければ国が滅びる」という漠然とした恐怖が支配していた。それが今、はっきりとした数値データとして可視化されたのだ。


「でも、減らせる」


 修司は、低く唸り続ける基盤炉のコアを見上げた。

 特権という名のバグは落とした。だが、王国のインフラそのものが古代文明の基盤に癒着しているという「根本的な設計ミス」は、まだ解決していない。


「ようやく、本当の意味での『移行設計』の土俵に立てましたね、修司さん」


 リゼットの言葉に、修司は静かに頷いた。

 依存率二十四パーセント。


 あいつらを日本へ帰すために必要な、残りの六パーセントをどこから捻り出すか。

 修司は、次なる解析対象――「聖女の治癒」と「基盤接続」の矛盾へと、意識を向けていた。

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