第52話 地方炉はどこまで肩代わりできるか
王都魔導省、インフラ統合監視室。
カズヤたち召喚者の「生命維持」と、王都貴族の「快適化機能」が複雑に密結合されているという絶望的な現仕様を前に、俺たちは一時的な膠着状態に陥っていた。
贅沢を削ろうとすれば、システムが「生命維持が脅かされている」と誤認してアラートを出す。この絡み合った依存関係を解きほぐすには、慎重なソースコードの検証とパッチの作成が必要だ。
だが、現場にはそんな猶予はない。
「北部第二都市から悲鳴です! 暖房用魔導炉の出力がいよいよ限界を迎えました。街の半分で水道管が凍結し、破裂の報告が相次いでいます!」
「通信網も持たない! ルミナス方面との定期連絡にノイズが混じり、パケットの欠損が規定値を超えた!」
巨大なクリスタルパネルの向こうから、地方の担当者たちの切実な叫びが次々と突き刺さってくる。
保守主任のエイラが、血の気のない顔で俺を振り返った。
「修司さん……! このままでは、分離作業が終わる前に地方のインフラが完全にダウンしてしまいます。分離させずに、一時的に王都の春を維持したまま、地方へも出力を回すことはできないんですか!?」
「無理ですね、エイラさん。現在の基盤炉は、カズヤたちからの過剰な魔力供給を失って、深刻なリソース不足に陥っている。王都の贅沢と地方の命、両方を維持するだけの『物理的な魔力』がそもそも足りないんです」
俺は冷酷な事実を告げた。
統括監視官のバルトロが、頭を抱えて唸り声を上げる。
「終わりだ……。創世の基盤炉の出力が足りないとなれば、もはやこの王国を維持する方法など存在せん。すべては基盤炉が支えているのだから……!」
「バルトロさん。あんたたち王都の人間は、本当に『基盤炉がすべてを支えている』と信じ込んでいるんですね」
俺の言葉に、バルトロが顔を上げた。
「何を言うか。事実だろう! 王都の基盤炉こそが、この国の心臓だ!」
「確かに、メインサーバーはここです。……ですが、この国には他にも魔導炉があるでしょう。各地方都市に設置されている、小規模な自立炉や補助炉が」
俺の提案に、監視室の魔導師たちは一様に怪訝な顔をした。エイラも戸惑ったように瞬きをする。
「地方の補助炉……ですか? 確かに設置はされていますが、あれはあくまで王都からの供給が届くまでの『一時的な中継器』や『非常用の予備』に過ぎません。出力も低く、都市全体を自立して支えられるような代物では……」
「それは、今まで王都側がそう扱ってきたからです。正常な分散運用に使おうとしなかっただけだ」
俺はコンソールを操作し、視界に浮かぶ『現仕様』のフローチャートから、地方炉の稼働状況を引っ張り出した。
王都の人間たちは、地方の炉を「王都の基盤炉の従属物」としか見ていない。だが、第1章でルミナスの魔導炉を直接いじった俺には、地方炉が持つ本当のポテンシャルが分かっていた。
「セルアスさん、ルミナス支部と通信は繋がっていますか」
「はい、マナベ殿。ノイズは酷いですが、辛うじて」
背後に控えていたセルアスが、通信用の魔導具を調整しながら答えた。
「ルミナスの魔導炉担当者に、現在の実出力と備蓄魔石の残量を確認してください。それと……マルファスが書き直した『改善済み魔導炉効率』の最新データも」
「ルミナス支部のマルファス……。あの大規模な横領事件を起こした元魔導長か! あんな罪人のデータを信用すると言うのか!」
バルトロが噛みついてきたが、隣でリゼットが静かに首を振った。
「バルトロさん、彼は罪を犯しましたが、技術者としての腕は確かです。それに、修司さんの指導の下でルミナスの魔導炉は根本的な見直しが行われました。……今のルミナスの魔導炉は、王都の基準をはるかに超える効率で稼働しているんです」
リゼットの言葉を裏付けるように、セルアスが手元の書類を読み上げる。
「ルミナス支部より報告。カロリ公爵邸への裏回線を物理切断し、無駄な漏洩を完全に塞いだ結果、ルミナス魔導炉の現在の実効効率は王都の想定値を四十パーセント上回っています。さらに、冬越えのためにかき集めた備蓄魔石も、倉庫に八割方残存しているとのこと」
「四十パーセントだと……!? 地方の小炉が、そんな出力を……」
驚愕するバルトロたちを尻目に、俺はコンソールの黒水晶に触れ、計算を開始した。
「計算します。地方の補助炉がどこまで肩代わりできるかだ」
俺の視界の中で、無数の数字が躍る。
調べるべきは、以下の五点だ。
『各地方炉の現在の実出力』
『ルミナスで実証済みの改善効率を他都市へ適用した場合の予測値』
『各都市の備蓄魔石の総残量』
『地方の暖房、水道、最低限の通信を維持するための最低必要出力』
『王都基盤炉からの過剰供給を遮断した場合の、地方側の削減余地』
俺は、エンジニアとしての経験と、現仕様が示す冷徹な数値をすり合わせていく。
結論から言えば、地方炉だけで王国のすべてを賄うことは不可能だ。王都の基盤炉が持つ絶対的な出力には遠く及ばない。
だが、今必要なのは「すべてを賄う」ことではない。
「……出ました。エイラさん、この試算結果を見てください」
俺がメインモニターに表示したのは、王都の基盤炉から地方への接続を切り離し、地方炉の単独駆動へと移行した場合のシミュレーション結果だった。
「これは……! 地方の暖房用魔導炉と上水道の凍結防止、それに主要都市間の通信網……。この三つに限定すれば、地方炉の実出力と備蓄魔石の燃焼だけで、なんとかギリギリのラインを維持できる……?」
「ええ。完全な解決策じゃありません。地方炉の備蓄魔石を限界まで燃やし続けても、せいぜい一晩から二日が限度でしょう」
俺は小さく息を吐いた。
「ですが、その『一定時間』の猶予があれば、王都の基盤炉にかかっている負荷を劇的に下げることができます。地方への供給分が浮けば、カズヤたちからの供給リンクと王都の贅沢タグの密結合を、時間をかけて安全に解きほぐす余裕が生まれる」
現場の切実な悲鳴を、俺たちの手で止めることができる。
その事実が、監視室の空気を少しだけ明るくした。
「やります……! 修司さん、各地方の魔導炉担当者に緊急通達を出します。王都からの供給ラインを一時的に遮断し、各都市の地方炉を『自立駆動モード』へ再起動するようにと!」
エイラが力強く頷き、下位の魔導師たちに指示を飛ばし始めた。
バルトロはまだ何事か呟いていたが、もはや現場の流れは完全に「分散運用」へと傾いていた。
「セルアスさん、ルミナスにも指示を。ルミナスの高効率炉をメインにして、北部の都市群への魔力融通を構成させます」
「承知いたしました」
数分後。
各地方からの準備完了の報告が上がり、監視室のパネルに地方炉のステータスが緑色で点灯し始めた。
「各地方炉、自立駆動モードへの移行準備完了! 備蓄魔石の接続確認! 修司さん、いつでもいけます!」
「よし。王都基盤炉の地方向け供給バルブを閉じます。……地方炉、再起動!」
俺がコンソールの実行キーを叩いた瞬間。
パネル上の地方都市を示す光が、王都の青白い光から切り離され、独立した力強い橙色の光へと変わった。
暖房が戻る。水道の凍結が止まる。
理論上は、これで地方の命は一晩だけ王都の支配から独立し、自らの力で息を吹き返すはずだった。
――だが。
「……え?」
エイラが、裏返った声を上げた。
「出力が……上がらない? どうして!? 地方炉は全開で燃焼を始めているのに、各都市の暖房や水道に魔力が回っていきません!」
「なんだと?」
俺は視界のログを凝視した。
地方炉の出力は確かに上がっている。備蓄魔石は激しく消費されている。
だが、その生み出された魔力は、地方の街を温めるのではなく、奇妙なベクトルを描いて「どこか」へと流出していた。
『警告:従属設備からの魔力逆流を検知』
『基盤炉システム、マスター権限による資源徴収を実行中』
モニターに表示されたそのシステムログを見て、俺は愕然とした。
「……シュウジさん。まさか、これ……」
リゼットが、信じられないものを見るように画面を指差した。
俺は奥歯を強く噛み締めた。
「地方炉で生み出した魔力を、王都の基盤炉が強制的に吸い上げている……。王都側からの供給バルブは閉じたのに、隠し回線を使って、地方の予備電源から魔力を奪っているんだ」
これが、この国が地方炉を「予備」としてしか扱ってこなかった本当の理由だ。
王都の中枢システムは、地方炉を独立したインフラとして認めていない。「地方の魔力は、すべて王都の基盤炉に従属するリソースである」という古い制御(マスター・スレーブ設定)が、深く刻み込まれていたのだ。
「ふざけるな……。地方の予備電源まで、王都の延長コード扱いかよ」
地方の命を救うために燃やした魔石の力が、王都の贅沢な春を維持するために吸い取られていく。
あまりにも理不尽で傲慢な「現仕様」の牙が、またしても俺たちの前に立ちはだかっていた。




