第51話 生命維持補助と供給リンクは同じではない
王都魔導省、インフラ統合監視室の空気は、依然として張り詰めたままだった。
修司が暴き出した「王都優先」の配分リストは、現場の魔導師たちに大きな衝撃を与えた。だが、それはあくまで序の口に過ぎない。燃料供給が激減した今、この歪な構造をそのままにしておけば、王国というシステムはいずれ全機能が停止する。
「……マナベさん、聖女様をお連れしました」
リゼットの声に振り返ると、そこには深くフードを被り、憔悴した様子の聖女が立っていた。彼女の背後には、神殿側の公式な治癒記録を抱えた下級神官たちが、困惑した顔で控えている。
「聖女様。……急に呼び立ててすみません。基盤炉の件では、色々と無理をさせました」
修司が声をかけると、聖女は力なく首を振った。
「いいえ……。私の祈りが、カズヤさんたちを縛る楔に使われていたと知った今、じっとしてなどいられません。神殿の書庫から、これまで私が行ってきた『召喚者への治癒』の全記録を持ってきました」
彼女が差し出したのは、いつ、誰に、どのような術式で治癒を施したかが記された膨大なログだ。
彼女の治癒魔法には、無自覚のうちに「魂の接続を補強し、基盤炉への定着を促す」という属性が含まれていた。だが、修司が知りたいのは術式の中身ではない。その「履歴」が、基盤側でどう処理されているかだ。
「エイラさん、聖女様から提供された治癒ログを、基盤炉側の接続セッション履歴と突き合わせます。……いいですね?」
保守主任のエイラが、緊張した面持ちで頷く。
「はい。……でも修司さん、本当にそんなことが可能なんですか? 生命維持は召喚者を生かすための慈悲の術式だと、私たちは教えられてきました。それを止めるなんて、あまりに危険では……」
「ええ、建前上はそうなっていますね。ですが、俺の目に見える『現仕様』は、少し違うことを言っているんです」
修司はコンソールに右手をかざし、視界を黄金の文字列で埋め尽くした。
聖女から提供された治癒の時刻と、基盤炉が「召喚者供給リンク」の維持を判断したログ。その二つを重ね合わせ、差分を実行する。
「……やっぱりだ。エイラさん、この波形を見てください」
修司がメインモニターに展開したのは、複雑に絡み合う六つのプログラム・グループだった。
【グループA:召喚者生命維持補助】
【グループB:召喚者供給リンク】
【グループC:帰還ロック】
【グループD:X-01接続】
【グループE:聖女治癒履歴】
【グループF:王都中枢保護タグ】
それらは本来、独立した機能であるはずだ。
召喚者を生かすこと。魔力を吸い上げること。帰還を拒むこと。装備を支援すること。
だが、現仕様のフローチャートにおいて、これらは太い「束」となって一つの実行セッションにまとめられていた。
「生命維持と供給リンク、それに帰還ロックまでもが、同じ実行権限の下で密結合されています。……表向き、神殿側は『生命維持を止めれば彼らは死ぬ。だから供給リンクも維持しなければならない』と言っていますが、それは嘘です」
修司の声が、静かに監視室に響く。
「実際には、一つの束の中に『生かす処理』と『搾取する処理』が、意図的に混同して放り込まれているだけだ。……そして、その束が解けないようにしている『接着剤』が、これです」
修司が指し示したのは、聖女治癒履歴の更新フラグだった。
「聖女様。……あなたの治癒は、カズヤさんたちの傷を癒すたびに、基盤炉側で『この召喚者はまだ正常に稼働中である』という更新信号として処理されていました」
「……っ、そんな……」
聖女が口元を押さえ、よろめいた。
彼女はただ、傷ついた少年たちを救いたいと祈り続けてきた。だが、その善意の祈りがシステムに届くたび、基盤炉は「よし、まだ燃料は尽きていないな。供給リンクを最大出力で維持せよ」という判断を下していたのだ。
「あなたが彼らを救おうとするたびに、システム側では燃料の『使用期限』が延長されていた。……治癒が、供給リンクを維持してよいという『更新トリガー』として使われていたんです」
残酷な真実に、監視室は静まり返った。
神殿側の下級神官たちは顔を伏せ、エイラは言葉を失っている。
「……修司さん。私は、私はなんてことを……」
「聖女様。……あなたは悪くありません。悪いのは、慈悲の術式をシステムの死活監視に流用した設計者だ。……だから、協力してください。あなたが治癒を行った際の『権限ID』をキーにして、この束を切り分けます」
修司は絶望に沈む聖女を力強く見つめた。
「『生命維持』は残す。カズヤさんたちを生かすための回路は、絶対に切らせない。……だが、そこに寄生している『供給リンク』と『帰還ロック』だけを、この束から分離する。……これが、今回の移行設計の第一工程です」
修司はキーボードを叩き、複雑な依存関係を解きほぐすためのフィルタリング・コードを組み上げていく。
生命維持は「人」としての権利。
供給リンクは「燃料」としての役割。
この二つは本来、同じであるはずがないのだ。
「エイラさん、分離用のサブプロセスを生成してください。聖女様のログをテンプレートにして、更新フラグの行き先を書き換えます。……これで、治癒が供給リンクの維持に繋がらないようにする」
「……わかりました。やってみます、修司さん!」
エイラもまた、己の技術を誇りを取り戻すように、修司の指示に従って魔導コンソールを叩く。
聖女は、震える手で祈るように胸元の十字架を握り締め、自分にできる証言を一つ一つ、修司へと伝えていった。
一時間、二時間。
緻密な分離作業が続く中、ついにモニター上の「束」が二つに分かれようとしたその時だった。
「……? 待ってください。……何だ、この接続は」
修司の指が、ピタリと止まった。
ようやく分離しようとした【グループB:召喚者供給リンク】の階層の下に、俺の解析を拒むような、別の小さな「タグ」がびっしりと吸い付いているのが見えたのだ。
「修司さん、どうしたんですか?」
リゼットが心配そうに覗き込む。
修司は、こみ上げる不快感を隠そうともせずに、そのタグの正体をモニターに拡大表示した。
「……最低だ。……『供給リンク』の最下層に、王都上層区の快適化機能のタグが、直接ハードコードされている」
それは、分離しようとした供給回路から、直接魔力を分岐させている不格好な「寄生コード」だった。
【供給リンク:SUB-ROUTE】
【接続先:貴族街中央噴水・凍結防止ヒーター】
【接続先:上層区庭園・常時保温回路】
【ステータス:生命維持補助(偽装)タグを継承】
「……命綱の隙間に、贅沢が入り込んでる。……燃料供給のラインを細らせようとすると、この贅沢品たちが『命綱が切れるぞ』という偽の警告を発信して、制限を阻止するように組まれている」
修司は、唇を噛み締めてコンソールを睨みつけた。
カズヤたちの命を救うための回線を、貴族たちが自分の風呂を沸かすための回線として利用している。それも、自分たちの贅沢を守るための「盾」として、少年の命をタグ付けしているのだ。
「……どこまで腐ってれば、こんな仕様が書けるんだ」
分離設計は、予想以上の泥沼に足を踏み入れようとしていた。
命を燃料にしないという当たり前の道理を通すために、修司は王都にこびりついた「強欲な仕様」を一つずつ、力ずくで剥がしていく必要があった。




