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仕様書のない異世界で、俺だけが“現仕様”を見抜ける  作者: 結城ログ
第5章:古代魔導基盤移行設計編
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第50話 止めていいもの、止めてはいけないもの

 王都魔導省、インフラ統合監視室を支配しているのは、規則正しい機械音ではなく、絶え間なく鳴り響く警告音アラートと、パニックに陥った人間たちの怒号だった。

 壁一面の巨大な魔導クリスタルパネルには、王国全土の供給網が赤く染まり、明滅を繰り返している。


「北部第二都市から再入電! 暖房用魔導炉の出力低下により、市街地の生活用水路が凍結し始めています! このままでは夜明け前に上水道が破裂します!」


「東部前線のダリル司令部より緊急要請! 補助結界の揺らぎで小規模な魔物の浸食を許した! 至急出力を戻せと、通信兵が泣き叫んでいます!」


 悲鳴のような報告が次々と飛び込んでくる。現場の担当者たちは、自分たちの守るべき「日常」や「命」が、目に見えて崩れていく恐怖に晒されていた。

 一方で、監視室の中央に立つ統括監視官のバルトロは、真っ白な顔をして震えていた。


「どうすればいい……。手動操作マニュアルは受け付けない、原因は黒塗りだ。我々に、何ができると言うのだ……」


「パニックになる前に、まずは情報の整理です、バルトロさん」


 俺はコンソールに手を当てたまま、努めて冷静な声を出し、隣に立つリゼットに視線を送った。彼女は、不安に揺れる監視室の空気を鎮めるように、一歩前へ踏み出す。


「皆さん、落ち着いてください。修司さんが今、基盤炉の『本当の動き』を解析しています。……修司さん、見えましたか?」


「ええ。酷い有様(仕様)ですよ、リゼットさん」


 俺の視界には、固有能力『現仕様閲覧(差分解析)』によって暴かれた、システムの深層ロジックが浮かび上がっていた。

 そこには、王国の建前とは裏腹に、継ぎ足し運用で歪みきった「リソース配分の現仕様」が剥き出しになっていた。


「エイラさん。あんたたち保守班が手を出せなかった原因が分かりました。……このシステム、保護対象の『分類』が根本から狂っています」


 保守主任のエイラが、俺の横から画面を覗き込む。


「分類が狂っている……? どういうことですか、修司さん」


「本来、インフラの運用において最も重要なのは、『何を守り、何を落とすか』の優先順位プライオリティです。燃料が足りなくなった時、真っ先に削るべきは贅沢品であり、最後まで残すべきは命綱だ。……ですが、この国の基盤炉にはその区別がありません」


 俺はコンソールの画面を操作し、現在『王都中枢保護』という最上位グループに一括りにされている項目をリストアップした。


「見てください。このグループには、勇者カズヤたちの命を繋ぐ【召喚者生命維持補助】が入っている。……それと同じ棚に、王宮の【上層区季節調整(常時春設定)】や、広場の【儀礼用魔導照明】、貴族邸宅の【快適化機能】までが同列で並んでいるんです」


 エイラが息を呑む。


「……勇者様の命と、王宮のエアコンが、同じ優先順位……?」


「その通りです。そしてシステムは『燃料が減った』と判断した時、この巨大なグループを丸ごと守るために、そこに含まれない『地方の暖房』や『前線の結界』を機械的に切り捨てた。……贅沢を守るために、命を削るようにプログラムされているんです」


「そんなの……あんまりです」


 リゼットの声が震えた。現場を知る彼女にとって、王都の貴族が薄着で過ごすために地方の子供たちが凍えるという事実は、耐え難いものだろう。


「だからこそ、棚卸しが必要です」


 俺はコンソールの仮想キーボードを叩き始めた。システムを直接書き換えるのではない。まずは、「何を止めてよくて、何を止めてはいけないのか」の新しいルールを定義する。


「全項目、再分類リマッピングを開始します。……エイラさん、医療系統や地方暖房の現場担当者に繋いでください。バルトロさんは王宮の担当者に。俺が今から、この国の優先順位を四つのカテゴリーに分け直します」


 俺は、視界に浮かぶ無数の魔導術式のタグを、エンジニアとしての冷徹な判断で仕分けしていった。


【カテゴリー1:絶対に止められない(命綱)】

・召喚者生命維持補助

・前線防衛結界

・野戦病院の医療設備

・軍・行政の最低限の通信

・物資輸送のための最低限の物流

・地方都市の暖房および上水道維持


「これはこの国の生存システム・アップタイムに直結する。リソースが枯渇する最後の瞬間まで、一ワットの魔力も削らせません」


【カテゴリー2:一時制限できる(縮退運転対象)】

・王都中央区の環境快適化(一部緩和)

・非緊急の行政データ処理

・勇者関連ログの高頻度同期(低頻度へ移行)

・予備装備の自動補修機能(手動保守へ切り替え)

・市街地の儀礼照明(消灯)


「次にこれだ。あれば便利だが、一晩止めても死人は出ない。……贅沢とまでは言えないが、今は緊急事態だ。我慢してもらう」


【カテゴリー3:後回しにできる(低優先度)】

・貴族邸宅への優先魔力供給

・未使用の迎賓施設や儀礼会場の常時予熱

・公共施設の保守用魔力アイドリング

・魔導通信網の重複予約枠


「ここは完全に『余裕がある時の機能』だ。燃料供給が回復するまで、真っ先に電源を切ります」


【カテゴリー4:特権・贅沢として削れる(無駄)】

・王都上層区の季節調整(常時春設定)

・貴族向け邸宅の快適化機能(噴水・温風・魔導湯沸かし)

・一度も使用実績のない勇者関連予備枠の維持

・象徴儀礼用の常時魔力放射


「そして最後。……これが諸悪の根源だ。地方の暖房が落ちているのに、噴水を凍らせないために魔力を垂れ流すなんて正気じゃない。ここは根こそぎカットして、浮いた魔力をカテゴリー1へ回す」


 俺がコンソール上に組み上げた「削減候補リスト」を見て、監視室の魔導師たちが騒然となった。

 それは、この王国の特権階級が享受してきた「当たり前」を根底から覆す、あまりにも過激な、しかしあまりにも合理的なリストだった。


「修司さん……これ、本当にやるんですか?」


 エイラが、恐怖と期待が入り混じった顔で尋ねる。


「ええ。ただし、今すぐ『実行(Enter)』は押しません。……このリストを公文書として保存し、セルアスさんを通じて王宮と神殿に突きつけます。彼らに選ばせるんですよ。地方を見捨てて王都の春を守るか、それとも春を諦めて国を存続させるかを」


 俺は一度、キーを叩く手を止めた。

 だが、その瞬間に視界の端で光った「赤」が、俺の指を止めさせた。


「……? 待て、なんだこれ」


 俺は、削減候補リストの一番上にあった【王宮上層区・季節調整】のプロパティを深掘りした。

 すると、そこには思いもよらない「現仕様」が記述されていた。


「シュウジさん、どうかしましたか?」


 リゼットが心配そうに覗き込んでくる。

 俺は、こみ上げてくる吐き気を抑えながら、モニターを指差した。


「……最悪だ。……エイラさん、これを見てください。この【上層区季節調整】の実行ファイルに、何が紐付け(インクルード)されているか」


 エイラが目を凝らし、やがて顔を引き攣らせた。


「……え? どうして……季節調整の術式の中に、【召喚者生命維持補助】と同じ制御IDが含まれているの……?」


「その通りです。……贅沢品の中に、カズヤたちの命綱が『人質』として組み込まれている」


 俺の声が、怒りで低く震えた。

 単なる分類ミスではない。後世の誰かが、特権的な機能を守るために、わざと召喚者の命に関わる処理とタグを密結合タイト・カップリングさせたのだ。

 

「削れるものはあります。……でも、問題はそこじゃない。……この仕様、贅沢を削ろうとすると、勇者たちの命綱まで一緒に落ちるように作られている(設計されている)」


 監視室に、重苦しい沈黙が降りた。

 王都の春を終わらせる。その単純なデバッグの前に立ちはだかったのは、人の命を楯にした、あまりにも醜悪な「現仕様」の防壁だった。


「……ふざけてるな。……人の命を、何だと思ってるんだ」


 俺は低く唸りながら、次の手を打つためにコンソールの深層へ、さらに深く意識を沈めていった。

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