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仕様書のない異世界で、俺だけが“現仕様”を見抜ける  作者: 結城ログ
第5章:古代魔導基盤移行設計編
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第48話 基盤炉の赤い警告

 神殿の地下深くに隠されていた、強制召喚の自律実行シーケンスの一時停止。

 そして、東部砦で戦い続けている勇者カズヤたちから、王都の基盤炉へ向けて魔力を一方的に吸い上げていた『供給リンク』の制限処理。


 土壇場で行ったそれらの「応急処置ワークアラウンド」は、過酷な運命を強いられていた日本の若者たちにとっては、間違いなく救済だった。彼らはようやく、誰かに搾取されるための燃料ではなく、自分自身の意志で魔法を行使する一人の人間としての権利を取り戻しつつあった。


 だが、物事には常に裏の側面バックエンドが存在する。


 システムエンジニアの世界には、『技術的負債』という言葉がある。

 場当たり的な対応で目の前のエラーを凌いでも、システム全体の根本的な構造――アーキテクチャを直さなければ、いつかその歪みはさらに大きな破綻となって返ってくるという教訓だ。


 俺がカズヤたちからの魔力吸い上げを絞ったということは、この国を数百年にわたって支え続けてきた巨大なインフラ『創世の基盤炉オリジン・コア』からすれば、外部からの高密度な燃料供給が急減する「リソース不足」の事態に他ならない。


 そして俺はいま、その「返ってきたツケ」の真っ只中に足を踏み入れようとしていた。


「……始まりましたね」


 王都魔導省、インフラ統合監視室。

 分厚い防音扉の前に立っただけで、中から漏れ聞こえてくる凄まじい怒号と、鼓膜を突き刺すような高音の警告音アラートが振動として伝わってくる。


 本来であれば、厳しい選抜を勝ち抜いたエリートである高位魔導師たちが、静寂と威厳の中で王国の安寧を監視しているはずの神聖な区画だ。だが、リゼットと共に重い扉を押し開けて目に入ったのは、まるで沈みかけの泥船の上で右往左往する船員たちのような、無惨なパニック光景だった。


「第三管区、魔導通信網への魔力供給が低下! 伝達遅延ラグが許容値を大きく超えています!」


「ダメだ、北部の地方都市群から緊急入電! 暖房用魔導炉の出力が定格の五十パーセントを割った! 地方担当者から、このままでは深夜の冷え込みで凍死者が出ると悲鳴が上がっているぞ!」


「東部前線のダリル司令部より報告! 補助結界に揺らぎを検知! 通信兵が泣き叫んでいます、基盤炉からの供給バルブがシステム側から勝手に絞られていると!」


 ドーム状の監視室の壁一面を覆い尽くす巨大な魔導クリスタルのパネルには、王国全土の魔力供給網を模した光の図形が浮かび上がっている。数日前までは安定した青白い輝きを放っていたその光の血脈は、今や至るところで不吉な赤色に点滅し、激しい明滅を繰り返していた。


 表層のメインモニターには、赤々とした文字で無機質なシステム警告が表示されている。


【基盤炉出力揺らぎ】

【中央保護系統:維持】

【地方補助系統:制限】

【前線補助系統:制限】

【原因:秘匿領域】


「どうなっている! なぜ地方と前線だけが次々と落ちるのだ!」


 監視パネルの前で頭を抱えていた白髪の初老の男――統括監視官のバルトロが、声を裏返して叫んでいた。彼の顔には、前例のない大規模障害に対する恐怖と、責任を問われることへの焦燥が色濃く浮かんでいる。


 その横で、青ざめた顔の女性技師が、目まぐるしく変わるコンソールの数値を必死に追いかけていた。王都地下の基盤炉保守主任、エイラ・ノックスだ。


「出力不足に備えて、基盤炉の自己防衛機能が作動したんです! 全体のリソースが足りないため、システムが自動的に『供給制限モード』へと移行しています!」


「だから、なぜその制限が前線の結界や地方の暖房に向けられているのだと聞いている! 王都中央区の状況はどうなっている!」


「王都中央区……王宮の空調、貴族街の噴水、迎賓館の保温機能……すべて定格の百パーセントで正常稼働中! 制限の対象にすら入っていません!」


「ふざけるな! 前線が魔物に破られかけているというのに、なぜ王宮の春を守るのだ! 原因階層のコードはどうなっている!」


「見えません! 原因項目はすべて黒塗り(ブラックボックス)です! 『秘匿領域』としてロックされていて、私たち下位の管理端末からは照会すらできません!」


 悲鳴のようなエイラの報告に、バルトロは絶望したようにへたり込んだ。

 俺は監視室の入り口に立ち、その光景をただ冷めた目で見つめていた。隣に立つリゼットが、不安そうに俺の袖を引く。


「シュウジさん……。この異常、もしかして私たちが東部砦で、カズヤたちからの魔力の吸い上げを制限した影響ですか?」


「ええ。ですが、驚くことじゃありません。車で言えば、ガソリンの供給パイプを急に絞ったようなものです。エンジン全体の出力が落ちて、あちこちにガタが来るのは当然の挙動ですよ、リゼットさん」


 俺が注視しているのは、「全体の魔力出力が落ちたこと」それ自体ではない。

 リソースが不足した際、この国のインフラシステムが『どこから先に削っているか』という、優先順位のロジックだ。


 監視室の奥へ進み出ると、バルトロが俺たちの存在に気づき、血相を変えて飛んできた。


「おい、そこの貴様ら! ここは魔導省の中枢だぞ! 勝手に入って良い場所ではない、即刻立ち去れ!」


「ルミナス特別領首席検査官、真鍋修司です。……王国インフラの異常検知に伴い、技術監査に参りました、バルトロさん」


 俺は名乗りを上げ、バルトロの制止を躱して中央の巨大な監視コンソールへと歩み寄った。周囲の監視官たちが慌てて立ち塞がろうとするが、保守主任のエイラが彼らを手で制止した。


「通してください! このままではあと数時間で北部の魔導炉が完全に凍り付きます。原因が分かるなら、地方の検査官だろうが誰だろうが構いません!」


 実務者としてのエイラの切実な声に、監視官たちがジリジリと道を開ける。

 俺はコンソールの冷たい黒水晶に右手を押し当てた。


『――現仕様閲覧(差分解析)、実行』


 俺の固有能力が起動した瞬間、視界が劇的に反転する。

 現実の豪華な監視室の風景と、パニックに陥る魔導師たちの姿がセピア色に沈み、代わりに無数の金色の文字列と、複雑に絡み合う巨大なフローチャートが空間を埋め尽くした。


 王都の地下深くで唸りを上げる『創世の基盤炉』。

 その全貌を一度に読み解こうとした瞬間、凄まじい情報量の波が脳を殴りつけ、激しいめまいに襲われた。


「……っ!」


「シュウジさん!」


「大丈夫です……。さすがに国を一つ支えてるコアだ、全部のプロセスをいっぺんに読もうとするのは無理ですね。対象を絞ります。……まずは出力配分のログだけ見ます」


 俺は額に浮かんだ冷汗を拭い、視界に浮かぶ仮想コンソールを操作した。

 ここで焦ってシステムの設定を変更したり、当てずっぽうでプロセスを停止させるのは、三流のエンジニアがやることだ。


 原因が特定できていない状態で手を加えれば、必ず二次障害が起きる。俺が今やるべきことは、システムの「今動いているルール」を正確に読み取り、現状を定義することだ。


「セルアスさん」


「はっ。こちらに」


 背後に控えていたセルアスが、羊皮紙と羽ペンを構えて進み出た。


「記録してください。俺が東部砦で『勇者からの吸い上げ量制限パッチ』を適用した時刻。そして、基盤炉に『出力配分警告』が発生した時刻。さらには、地方暖房と前線結界の出力低下が確認された時刻。……これらをすべて照合し、公文書として保存します」


「承知いたしました。……なるほど、神殿の召喚問題という『宗教的・政治的な事象』を、基盤炉のリソース不足という『インフラ障害の技術的事象』として完全に紐付けるのですね」


 セルアスが眼鏡を押し上げながら、凄まじい速度で書類を書き上げていく。

 これでいい。この事態は、もはや神殿の奥で完結する問題ではない。王国全体のインフラ障害であり、俺が監査介入するための完全な名目が立った。


 俺は再び視界のログに集中し、黒塗りされていた秘匿領域のフィルターをすり抜け、基盤炉が現在従っている「配分のルール」を引っ張り出した。


「……なんだ、これは」


 抽出されたログを見た瞬間、俺の口から呆れとも怒りともつかない声が漏れた。

 俺の視界には、この基盤炉を設計した当時の「要求仕様」と、現在実際に動いている「現仕様」の二つのテキストが並んで表示されていた。


【要求仕様】

・生命維持、防衛、医療、物流、通信、生活維持を優先保護すること。


 設計思想としては極めてまともだ。国が危機に陥った時、まずは国民の命と生活を守る。当たり前のインフラ設計である。

 だが、その下に表示されている『現仕様』――つまり、後世の人間たちが都合よく継ぎ足し、現在進行形で動いているシステムの実態は、目を疑うような代物だった。


【現仕様】

・王都中枢保護タグを最上位(Tier1)に固定。

・生活必須系統と、儀礼・快適化系統を同一グループとして処理。

・召喚者由来供給の低下時、地方・前線補助系統から優先的に制限を実行。


「ふざけているのか……」


 俺は、視界に浮かぶリストをエイラやバルトロたちにも見えるように、コンソールのメインモニターへと強制出力ミラーリングした。


「おい、バルトロさん。これが、あんたたちが『予防的な制限』と呼んでいるものの正体ですよ」


 モニターに映し出された出力配分表に、監視室の全員が息を呑んだ。

 そこには、こんな項目が並んでいたのだ。


【召喚者生命維持補助】優先度:王都中枢保護(制限不可)

【王都上層区・季節調整】優先度:王都中枢保護(制限不可)

【地方都市・暖房用魔導炉】優先度:地方補助(制限実行中)

【東部前線・防衛補助結界】優先度:前線補助(制限実行中)


 エイラが、震える指でそのリストをなぞる。


「そんな……。王宮の季節調整が……地方の暖房や、前線の防衛結界よりも上のグループに入っているんですか……?」


「しかも、召喚者の命を繋ぐ『生命維持補助』と、貴族が冬場に薄着で過ごすための『季節調整』が、全く同じ優先度のタグで管理されています。……本来なら絶対に分けて管理すべきものを、このシステムは『王都の中枢』という曖昧な括りで同じ棚に放り込んでいるんです」


 基盤炉は、プログラムされたルール通りに動いているだけだ。

 燃料が減ったから、機械的に「王都中枢保護」という最上位タグを維持するために、それ以下の「地方の暖房」や「前線の結界」からリソースを削っている。


 今この瞬間にも、王都の貴族たちは寒さを微塵も感じていない。一方で、北部の街では子供たちが凍え、東部の砦では兵士たちが魔物の恐怖に晒されている。


 誰も直接手を下していない。誰も悪人を名乗っていない。

 ただ、「分類を大雑把にしたまま放置した」という過去の怠慢と、既得権益を手放さなかった傲慢さが、今この国を内側から殺そうとしている。


「……この国」


 俺は、メインモニターに映る残酷な文字の羅列を睨みつけ、低く吐き捨てた。


「命と贅沢を、同じ棚に入れて管理している」


 システムを直すには、まずこの「狂った分類」から解体しなければならない。

 これは魔法による戦いではない。王国という巨大な泥船のシステムを、現場の命が繋がる形へと再構築する、気の遠くなるような設計デバッグの始まりだった。

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