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第46話 運用阻害要因

 王都の地下深く、神殿の隠し通路を駆け抜ける俺たちの背後から、不気味な地鳴りが追いかけてきていた。

 通路の石壁の隙間から滲み出した青白い魔力は、粘体のように形を変えながら、俺たちを「物理的に削除デリート」すべく津波のように押し寄せてくる。


「チィッ! 追いつかれるぞマナベ! これ以上防壁を張り続けたら、俺の魔力が干上がる!」


 殿しんがりを務めるマルファスが、杖の先端から放つ光の壁で魔力津波の進行を遅らせながら怒鳴った。


「もう少しだ! 聖女様、昇降機はまだか!」


「この角を曲がった先です! ですが、基盤炉の防衛システムが起動した今、すんなり動いてくれるかどうか……!」


 洗脳から解放された聖女が、法衣の裾を翻して先導する。彼女の言葉通り、角を曲がった先には巨大な金属製のケージ――基盤炉へと続く昇降機が鎮座していた。

 だが、昇降機の操作盤は血のように赤い警告光を放ち、システムが完全にロックされていることを示していた。


「クソッ、やっぱりアクセス拒否か!」


 俺は昇降機の操作盤に飛びつき、仮想コンソールを開こうとした。

 その時。


 俺の左腕で赤く明滅していた『首席検査官の腕輪』が、突如として激しく振動し、けたたましい着信音を鳴らし始めた。


「通信!? この地下まで、どこから……!」


 リゼットが驚く中、俺は通信要求を受諾アクセプトした。

 腕輪から空中に展開されたホログラムには、血相を変えたセルアス・レインの姿が映し出された。彼の背後には、王宮行政局のロイド局長や、通信局のバーナード局長たちの姿も見える。


『……繋がった! シュウジ殿、無事ですか!』


「セルアスさん! 生きてはいますが、今まさに基盤炉の『自動防衛プログラム(アンチウイルス)』に駆除されかけているところです。そっちはどうなってます!?」


『地獄絵図ですよ! 王都中のインフラが、一斉に暴走と停止を始めています!』


 セルアスの背後から、ロイド局長が悲鳴のような声を上げた。


『マナベ殿! 下層区への配水が完全に止まりました! 中層区の熱源も急速に冷え込んでいます! 物流ゲートは魔力不足でエラーを吐き、通信もノイズだらけだ!』


「魔力不足……?」


 俺は迫り来る青白い魔力の津波を横目で見ながら、舌打ちをした。


 大元の召喚陣のプロセスを「無限ループ」で空転させたことで、基盤炉への新たな魔力供給(燃料追加)は止まっている。

 しかし、王都のインフラが急激に停止し始めた本当の理由は、燃料切れではない。


「燃料が足りないんじゃない! 基盤炉のシステムが、俺という『運用阻害要因』を排除することに最優先のリソース(魔力)を割き始めたんだ! 防衛プログラムを回すために、街の生活インフラへ回す魔力を強制的に吸い上げてるんですよ!」


『なんと……! だが、大神官は今、王都の広場で民衆に向けて演説を行っています!』


 セルアスが、手元の書類を握りしめながら悔しげに言った。


『「異端者が神聖なる儀式を妨害したせいで、神の加護が失われつつある。このままでは国が滅びる」と! 王都の民はパニックに陥り、今にも暴動が起きかねない状況です!』


 見事な責任転嫁だ。

 自分たちが仕掛けた理不尽な搾取システムを隠蔽し、不具合の責任をすべて「バグ(俺)」のせいにする。前職でも散々見てきた、腐った運用トップの常套手段。


「シュウジさん、どうしますか!? このままじゃ、本当に王都がパニックで壊れちゃいます!」


 リゼットが不安げに俺の袖を引く。


「……王都が壊れる? 冗談じゃない。俺たちが今まで、何のために各部署のバグを潰してきたと思ってるんだ」


 俺は不敵に笑い、ホログラムの向こう側にいるセルアスや局長たちを見据えた。


「セルアスさん。ロイド局長、グレアム管理官、ジャイルズ室長、バーナード局長に伝えてください。……今こそ、あの『応急処置パッチ』を、王都全域でフル稼働させる時だ、と」


『応急処置……?』


「王都のインフラは、今まで『勇者を最優先で過剰に支援する』という前提で、無駄な魔力をジャブジャブ使い捨ててきました。でも、その無駄を削ぎ落とせば、限られた魔力でも生活基盤を維持できるはずです」


 俺は、ルミナスで培った、そして王都の各局で実践した「現場改善」のロジックを叩きつけた。


「環境維持システムは『オンデマンド(自動省エネ)』モードに完全固定! 物流は『バッチ処理(おまとめ転送)』でゲートの開閉回数を最小化! 通信網は『タイムアウト設定』を厳格化して空き回線を確保! 装備の常時接続も、最低限の維持魔力以外はすべてカット(遮断)しろ!」


 それは、システムにおける究極の「セーフモード(省電力運用)」への段階移行だった。

 召喚者という異常な燃料に依存しなくても、国が回るということを証明するための、代替運用のテストラン。


「王都(中央)の連中に、ルミナス(地方)のやり方を教え込んでやってください。燃料(魔力)がないなら、使い方を工夫して現場で回すんだ。……あんたたち現場の役人が、大長老の建前なんかに負けるな!!」


『――ッ!』


 ホログラムの向こうで、ロイド局長たちがハッと息を呑むのが見えた。

 彼らは、自分たちがただの「計器係」ではなく、この国のインフラを実際に手動で動かせる「プロフェッショナル」であることを思い出したのだ。


『……承知しました、マナベ殿。我々の意地、見せてやりましょう』


 ロイド局長が不敵な笑みを浮かべ、通信局長たちと共に駆け出していく。


『シュウジ殿。王都の混乱は我々が必ず抑え込みます。ですから、どうか……』


「ええ。諸悪の根源ルートディレクトリは、俺が必ず落とします」


 通信を切り、俺は再び昇降機の操作盤へと向き直った。


「マナベ! 魔力津波が来るぞ! もう防壁が保たん!」


 マルファスの悲鳴と共に、青白い魔力の波がすぐそこまで迫っていた。


「上等だ。……システムが防衛にリソースを割いているなら、その『論理の隙』を突く」


 俺は操作盤の回路に直接『現仕様閲覧』を流し込んだ。

 基盤炉の防衛システムは、俺を「外部からの侵入者ウイルス」として弾こうとしている。ならば、俺自身を「システムの一部」として偽装スプーフィングすればいい。


「聖女様。あんたの持つ『管理者権限(Admin)』の残滓を貸してくれ」


「私に……権限の残滓が?」


「ああ。あんたはさっきまで、システムと深く同調していた。その時に刻まれた『セッションID』のキャッシュが、まだあんたの魔力波形に残っているはずだ」


 俺は聖女の手を取り、操作盤に重ねさせた。

 システムエンジニアとしての知識と、現仕様を読み解く力。そして、この世界で「奇跡」としてシステムにアクセスし続けてきた聖女の波形。


【認証プロセス:不正なアクセスを検知……】

【条件分岐:生体情報に『Admin』クラスのセッショントークンを確認】

【例外処理:アクセスを許可。ロックを解除します】


 ガコォォォン……!

 重々しい音と共に、昇降機のゲートが開いた。


「乗れッ!」


 俺たちが昇降機に飛び込んだ瞬間、マルファスの防壁が限界を迎えて砕け散り、青白い魔力の津波が押し寄せてきた。

 だが、間一髪で昇降機のゲートが閉ざされ、俺たちは地底のさらに奥深くへと高速で落下していった。


「……ハァ、ハァ……死ぬかと思ったぜ……」


 マルファスが床に大の字になってへたり込む。

 リゼットも足の震えが止まらない様子だが、気丈に立ち上がった。


「シュウジさん。この昇降機が着いた先が……」


「ああ。この国の、いや、この世界の真の心臓部だ」


 昇降機は、物理的な距離を超えたような奇妙な浮遊感を伴いながら、延々と下り続けている。


「空間が歪んでいます……。ここはもう、王都の地下という物理的な座標ではなく、基盤炉が存在するための『虚数次元』の入り口です」


 聖女が、杖を握りしめながら静かに告げた。

 やがて、昇降機がゆっくりと停止し、ゲートが開いた。


 そこに広がっていたのは、およそ人間の作った建造物とは思えない、圧倒的で、そして無機質な空間だった。

 果てしなく広がる暗黒の空間の中央に、天と地を繋ぐようにそびえ立つ、巨大な『光の柱』。


 その光の柱の周囲には、無数の水晶のリングが衛星のように飛び交い、複雑な軌道を描きながら回転している。

 柱の根元には、この次元のすべてを制御するための、神殿の祭壇にも似た、しかし純粋な機械のような巨大な『メインコンソール』が鎮座していた。


「……これが、創世の基盤炉」


 俺は、その美しくも恐ろしいシステムの中枢に歩み寄った。


 大召喚広間の陣をループさせて止めるだけでは、根本的な解決にはならない。

 カズヤたちを「燃料」として認識し、帰還プロトコルにロックをかけているのは、この基盤炉の最深部に刻まれた【前提条件(要件定義)】そのものなのだから。


 俺はメインコンソールの前に立ち、その表面に輝く最古のルーン文字を見上げた。

 そこには、数百年前、このシステムを組み上げた『初代王』が残した、この世界を回すための残酷な絶対命令コードが刻まれていた。


【プロジェクト名:箱庭維持・永久機関構想】

【第一要件:当世界リネアの存続を絶対の優先事項とする】

【第二要件:そのためのエネルギー源として、異世界の『魂』を永久的に搾取・消費するシステムを構築せよ】


 世界の理を歪め、他人を食い物にしてまで存続を願った、狂った王の妄執。

 俺は、その忌まわしい仕様書の心臓部に、遂に手を伸ばした。

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