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第40話 ハズレ枠の本当の意味

 王宮書庫庁舎の奥底。

 俺が要求した「過去百年分の召喚台帳」と「王都インフラの稼働記録」は、とても一人で数日のうちに精査できる量ではなかった。


 だからこそ、俺が王都へ帰還するのを見越して、行政の顔役であるセルアスさんが気を利かせてくれていた。


「シュウジさん……顔色が良くありません。休まずにログを追い続けるのは危険ですよ」


 埃まみれの羊皮紙を仕分けしながら、心配そうに俺の顔を覗き込んできたのは、リゼットだった。

 彼女はルミナスの冒険者ギルド受付主任だが、今回の大規模監査にあたり、セルアスさんの権限で『首席検査官の専属補佐』として急遽王都へ呼び出されていた。現場の証言や感情を整理する能力に長けた彼女の存在は、数字とロジックに偏りがちな俺の監査には不可欠だ。


「……ありがとう、リゼットさん。わざわざルミナスからこんな埃っぽい書庫に付き合わせちゃって悪いな」


「気になさらないでください。王都の神殿が、勇者様たちを……そんな恐ろしい扱いにしているかもしれないと聞いて、私にも何か手伝えることがあればと思ったんです」


 リゼットは気丈に微笑むが、その手は微かに震えていた。

 無理もない。彼女にとっても「神聖な奇跡」であるはずの召喚儀式が、ただの非人道的な燃料調達システムだったという事実は、世界観を根底から揺るがすものだ。


「……それで、デバッグの進捗はどうなんだ、マナベ」


 書庫のさらに奥、うず高く積まれた古代魔導書の山から顔を出したのは、マルファスだった。

 ルミナスの元・魔導長であり、俺の監査によって不正を暴かれ更迭された男。彼もまた、セルアスさんの「監視下での労役」という名目で、古代術式の解析補助(技術顧問)としてこの王都へ引っ張り出されていた。


 性格は最悪だが、魔導インフラの「汚い仕様」を読み解く知識において、彼以上の適任者はいない。


「俺自身の『定義(仕様)』について、正確なデバッグ結果が出たところだよ」


 俺は視界に浮かぶ金色の文字列――俺という存在のステータスログを、冷めた目で見つめた。


【ID:127-05:マナベ・シュウジ】

【ステータス:Error/制御不能・隔離】

【資源適合率:1.2%(極低)】

【特記:観測不能な差分(Unobservable-Difference)を検知。セキュリティ・リスク:高】


「……ハズレ、か。随分と都合のいい言葉に置き換えてくれたもんだな」


 思わず自嘲気味な笑いが漏れた。

 召喚された当初、俺は王宮の魔導師たちが囲む中で『適性判定水晶』に触れさせられた。その際、彼らは「戦闘能力なし」「魔力適性なし」と断じ、俺を「数合わせの巻き込まれ」として扱った。


 結果として俺は、王都の華やかな生活から遠ざけられ、辺境のルミナスへと事実上の追放をされたわけだが……。


「リゼットさん、マルファス。俺たちが最初に触らされたあの水晶……あれは『才能』を測るためのものじゃなかったんだ」


「えっ……? でも、カズヤさんたちはあれで『聖剣使い』とか『大魔導師』とか判定されたって……」


 リゼットが戸惑うように首を傾げる。


「建前上はね。でも、水晶の『現仕様』は違う」


 俺は、視界に浮かぶ『適性判定水晶:機能定義書』の構造を、二人にも分かるように噛み砕いて説明した。


「あの水晶の本当の役割は『資源選別スクリーニング』だ。異世界から引っ張ってきた魂が、どれだけ王都の基盤炉に効率よく適合するか。どれだけ強いストレスを与えれば、より多くの魔力を抽出できるか……その『燃費』を計算するためのベンチマークソフトだったんだよ」


 カズヤたちは「高い才能がある」と称賛された。だがそれはシステム的に言えば「高密度のエネルギー源として、非常に搾り取りがいがある」と判定されたに過ぎない。

 そして――。


「俺が『ハズレ』とされた理由。それは戦闘能力がないからじゃない。……『資源としての適合率』が低すぎたからだ」


 俺の魂は、この世界の基盤炉にとって極めて質の悪い燃料だったのだ。

 適合率わずか1.2パーセント。燃やしても大した魔力にならず、むしろシステム側に不純物として負荷をかけるだけの存在。


 だが、問題はそこからだった。


「資源として使えないだけなら、昨日見つけた『欠番勇者』たちと同じように、そのまま基盤炉へ放り込んで燃やしてしまえばいい。なのに、わざわざルミナスなんて遠い場所に隔離した。なぜか分かるか?」


 俺はログの特記事項――【観測不能な差分】という項目を睨みつけた。


「……こいつだ。俺の持っている『現仕様閲覧』という能力。判定水晶は、俺の魂の中に『システムを内側から観測し、改変し得る可能性』……つまり管理画面コンソールへのアクセス権限が含まれていることを検知したんだ」


 システムを作る側からすれば、これほど恐ろしいバグはない。

 自分たちが家畜として、あるいは燃料として管理している存在の中に、自分たちの管理システムそのものをハッキングできる個体が混じっているのだ。


 しかも、その魂は燃料としても不適合。


「彼らにとって、俺は『使い物にならない上に、いつシステムを壊すか分からない爆弾』だったんだ。だから、あえて無能というラベルを貼って、王都のネットワークから物理的に隔離した。ルミナスという、王都の基盤炉から最も距離のある末端のノードへね」


 俺は、これまで感じていた「なぜ俺だけが……」という漠然とした疎外感の正体を知った。

 俺は選ばれなかったのではない。


 この世界の管理者(神殿と王宮)が、本能的に俺を『拒絶リジェクト』したのだ。


「そんな……。シュウジさんは、この世界を救うために呼ばれたんじゃなくて、システムに怖がられて捨てられただけだったなんて……」


 リゼットの声が震える。

 彼女の細い手が、資料を握りしめて白くなっていた。


「ああ。皮肉な話だよな。でも、おかげで確信が持てた」


 俺は力強く立ち上がり、書庫の天井を――そのさらに上にある王都の空を睨みつけた。


「彼らが俺を捨てたのは、間違いなく大正解だった。……俺は、彼らが隠し通そうとしていた『この世界のクソッタレな仕様』を、全部暴きに来たんだからな」


「……ふん。相変わらず、反吐が出るほど合理的な話だ」


 マルファスが、手元の古代魔導書をパタンと閉じ、鼻を鳴らした。


「だが、腑に落ちたぞ。貴様がルミナスへ送られたのは、ある意味で奇跡に近い。当時の神殿の誰かが、貴様を殺す手間を惜しんだのか、あるいは『死なない程度のゴミ捨て場』へ送ることで、自分たちの手を汚さずに済ませようとしたのか……。いずれにせよ、連中の例外処理エラーハンドリングの甘さが、貴様という最大のバグを育てたわけだ」


 マルファスの瞳には、かつての野心とは違う、技術者としての意地のような光が宿っていた。

 彼のような「運用側」にいた人間が味方につくのは心強い。彼にはシステムを壊す勇気はないが、システムの壊し方を教える知識はある。


「助かるよ、マルファス。……それで、こっちの調査はどうなった?」


 俺は机に広げられた台帳の隅、ずっと気になっていた『凍結された隠しディレクトリ』を指差した。

 それは、俺のステータスログのさらに奥底、誰も開いた形跡のない領域に封印されていた。


「これか……。神殿の最古層記録すら『失われた神託』と呼んで、触ることすら禁じている領域だ。中身は空だと記載されているが」


「いいや、空じゃない。……単に、管理者(Admin)が参照を禁止しているだけだ」


 俺は右手に力を込め、台帳の表面に触れた。

 俺自身の『Error』ステータスを逆手に取る。システムが俺を「制御不能の例外」として扱っているなら、通常のアクセス権限パーミッションのチェックをバイパスできるはずだ。

 例外処理エクセプションの隙間を突き、無理やりデータの蓋をこじ開ける。


「――差分解析、フルスロットル。……見せろ、隠蔽された真のプロトコルを」


 視界が爆発したような輝きに包まれる。

 数十万行に及ぶ、漆黒のコードが滝のように流れ落ち、やがて一つの巨大な「関数」へと結実した。


 その名称を読み取った瞬間、俺の心臓は激しく波打った。


【オブジェクト識別:異界帰還プロトコル(Return-Process)】

【ステータス:凍結(Frozen/Admin-Lock)】

【依存関係:基盤炉・接続解除キー(Unlink-Key)が必要】


「……あった」


 リゼットが、俺の様子を固唾を呑んで見守っている。

 マルファスもまた、俺のただならぬ気配を感じ取って目を見開いた。


「帰還手順は……存在する。事故で失われたんじゃない。彼らが『資源』を手放したくないがために、手動でロックをかけていただけだ」


「召喚されたら二度と元の世界へは帰れない」

 それは世界の理でも神の呪いでもなかった。


 単に、王国の繁栄を支えるための燃料供給が止まるのを恐れた管理者たちが、運用上『なかったこと』にしただけの機能だったのだ。


「シュウジさん……! じゃあ、勇者様たちも、あなたも……元の世界に、帰れるんですか?」


 リゼットの声に、希望の光が宿る。


「……ああ。道は繋がった」


 俺は、視界に浮かぶ『帰還プロトコル』の詳細を読み解きながら、冷徹に付け加えた。


「ただし、このプロトコルを実行するには、王都の地下にある基盤炉そのものの『承認(アクセス許可)』が必要だ。……つまり、基盤炉の仕様を書き換えて、異世界人への供給依存を完全に断ち切らなきゃならない」


 それは、王国のインフラすべてを停止させるリスクを負うことを意味する。

 召喚者を解放すれば、王都の明かりは消え、冬の暖房は止まり、この贅沢な文明は崩壊するだろう。


「……やるか?」


 マルファスが、試すような視線を向けてくる。


「決まってる。……そもそも、他人の命を燃やして灯した明かりなんて、バグ以外の何物でもない。そんな不健全なシステムは、一度落として再構築するのがエンジニアの義務だ」


 俺は、台帳を力強く閉じた。

 自分がなぜハズレと呼ばれたのか、その答えは出た。


 俺は、この狂ったシステムを「終わらせる」ために、必然としてここに呼ばれたのだ。


 その時だった。


『――緊急事態です!! 神殿の儀式場にて異常な魔力共鳴を確認!!』


 書庫の扉を激しく叩き、セルアスさんの部下である若い文官が飛び込んできた。

 その顔は、極限の焦燥に歪んでいる。


『召喚陣が……強制起動シークエンスに入りました!! 大神殿の上層部が、予定を早めて「勇者補充計画」の実行ボタンを押したのです!!』


「なんだと!?」


 俺はリゼットと顔を見合わせ、即座に駆け出した。

 まだ証拠を揃え、安全な解除手順を構築している段階だというのに、向こうは力ずくで「次の12人の犠牲者」を確定させに来たらしい。


「待ってろ、王都の連中。……お前たちの仕様書通りの手順なんて、俺が真っ向からクラッシュさせてやる」


 俺は左腕の腕輪を握りしめ、白亜の大神殿へと走り始めた。

 召喚という名の「資源採取」が始まる。


 それを止めるための、命懸けのデバッグ作業が、ついに幕を開けようとしていた。

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