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第39話 欠番勇者の台帳

 王都大神殿の裏手にある物流倉庫を後にした俺は、休む間もなく王宮の敷地内へと足を踏み入れた。

 向かったのは、王国のあらゆる行政記録が保管されている『王宮書庫庁舎』だ。


 大神殿が「神聖な儀式」として召喚を独占していようと、そこで発生した「物資の消費」や「人員の登録」といった物理的なデータは、必ず行政側の記録としてこの書庫にバックアップされる。それが国家という巨大なシステムの絶対的な仕様ルールだ。


「……マ、マナベ首席検査官殿? どうしてこのような場所へ」


 埃っぽい書庫の奥で、膨大な羊皮紙の束に埋もれていた初老の記録官が、俺の腕輪を見て目を丸くした。


「お疲れ様です。少し調べたいことがありまして。……過去百年分の『勇者召喚に関する人員台帳』と、同期間の『王都基盤炉・出力安定化ログ』を出してもらえませんか」


「ゆ、勇者様方の台帳ですか? しかし、神殿からは『召喚に関する一切の監査を禁ずる』という通達が……」


「俺が調べているのは召喚儀式そのものではなく、それに伴う『インフラ負荷の変移』です」


 俺は、セルアスさんが急ごしらえで作成してくれた『臨時監査状』を机に叩きつけるように提示した。


「先ほど物流倉庫で、地方の防衛結界用触媒が不当に徴発されているのを確認しました。国全体の防衛インフラが脅かされている以上、行政の首席検査官として、過去の魔力消費データと照合する義務がある。……これでも、閲覧を拒否しますか?」


「ひっ……! い、いえ、行政監査の正当な権限ならば、私が止める理由はありません……。すぐにご用意いたします」


 記録官は震える手で鍵束を取り出し、書庫の最深部にある厳重な保管庫を開けた。

 やがて机の上にドサリと置かれたのは、分厚い革張りの『召喚者台帳』と、王都の魔力供給量を記録した『基盤炉稼働記録』だった。


「勇者召喚は、魔王の脅威が極まった数十年に一度しか行われない、神聖な奇跡です。ですから、台帳と言っても記録されているのは過去数世代分の、数組の勇者様方だけですが……」


 記録官が誇らしげに語る言葉をBGMに、俺は分厚い台帳のページをめくった。


 確かに、表向きの文字列フロントエンドには、カズヤたち第127期勇者の名前と、その数十年前に召喚されたであろう過去の英雄たちの輝かしい名前が、数ページに一度の頻度で仰々しく記されているだけだ。

 だが、そんなものはただの「ユーザー向け表示」に過ぎない。


「……記録官殿、下がっていてください」


 俺は台帳の表面に右手を置き、静かに息を吐いた。


『――差分解析(現仕様閲覧)、実行』


 視界が反転し、現実の薄暗い書庫の風景に、無機質な金色の文字列とデータベースの構造図が重なって浮かび上がる。

 俺が探しているのは、綺麗に製本された表面のデータではない。この台帳が作成され、更新される過程でシステム上に残された『非表示属性のインデックス(不可視の登録番号)』だ。


「……やっぱりな」


 俺の口から、冷たい吐息が漏れた。

 視界に浮かび上がった真のデータベースには、記録官が言うような「数組の英雄」などではなく、数え切れないほどの『行』が存在していたのだ。


【ID:127-01:カズヤ(ステータス:稼働中)】

【ID:127-02:アヤネ(ステータス:稼働中)】


 ここまではいい。カズヤたちのデータだ。

 だが、そのすぐ下の行から、背筋の凍るような記録が延々と連なっていた。


【ID:126-01:欠番(ステータス:Delete/論理削除)】

【ID:126-02:欠番(ステータス:Delete/論理削除)】

【ID:125-01:欠番(ステータス:Delete/論理削除)】

【ID:125-02:欠番(ステータス:Delete/論理削除)】

【ID:125-03:欠番(ステータス:Delete/論理削除)】


「……数十年に一度、だと? 冗談じゃない」


 ログのタイムスタンプを見る限り、召喚は数十年などという悠長なスパンで行われてはいなかった。

 数年に一度、ひどい時は一年のうちに複数回。


 小規模な「試験召喚」や、条件に満たない「失敗召喚」が何度も何度も繰り返されている。

 そして、その度に呼び出された無数の異世界人たちが、表の歴史には一切残されず、ただの『欠番(削除フラグ)』として処理されているのだ。


「マ、マナベ様? いかがなさいました?」


 記録官が、俺の険しい表情を見ておずおずと声をかけてきた。

 彼ら行政の文官たちも、本気で「勇者は数十年に一度しか呼ばれない」と信じているのだろう。神殿の連中は、都合の悪い失敗作の記録に『非表示属性』を付与することで、王宮の役人すらも騙し続けてきたのだ。


「……記録官殿。この『基盤炉稼働記録』ですが……過去五十年の間に、基盤炉の出力が一時的に急回復している時期が何度かありますね」


 俺はもう一つの分厚い資料を指差した。


「は、はい。それは『神殿の祈り』が通じ、神の恩寵によって基盤炉の魔力が満たされたとされる『聖なる月』の記録です。王都の民は皆、その奇跡に感謝して――」


「その『聖なる月』の日付と、俺が今調べたインフラ負荷の異常値の日付が、完全に一致しているとしたらどう思いますか」


「……え?」


 俺の視界の中で、二つの巨大なデータベースがジョイン(結合)される。

 『欠番(削除処理)が発生した日付』と、『基盤炉の魔力出力が急激に回復した日付』。


 その二つのグラフは、寸分の狂いもなく、完璧に重なり合っていた。


「……どういう、ことですか?」


 記録官が血の気を失った顔で尋ねる。

 俺は重い口を開き、冷酷なシステムの真実を彼に告げた。


「神殿は、何度も召喚を失敗している。戦う力を持たない者、精神が保たなかった者、あるいは魔王の脅威とは無関係に『ただ燃料が欲しかった時』に呼び出された者たちだ。……彼らは、勇者として台帳に載ることもなく、欠番として処理された」


「け、欠番……? では、その方々は元の世界へ送り返されたのでは……」


「いいえ。システムの世界では、データをゴミ箱に入れたからといって、完全に消滅するわけじゃありません。ディスク上の見えない領域に追いやられ、別の用途に『上書き』されるのを待つだけだ」


 俺は、視界に浮かぶ欠番データの『最終処理ルート』を辿り、その行き先を確認した。

 吐き気がした。


「彼らは、前線で魔物と戦わされることすらなく……王都の地下にある基盤炉へ『直接接続』されたんです。恐怖や戦闘ストレスで魔力を抽出する手間すら省き、文字通り、命そのものを燃やし尽くす使い捨ての燃料として」


 戦える勇者は、過剰な支援システム(X-01)を与えられ、前線で「充電式のバッテリー」として長く搾取される。

 だが、戦えない失敗作(欠番)は、そのバッテリーの枠にすら入れず、一瞬で燃え尽きる「固形燃料」として基盤炉の炉心に放り込まれていたのだ。


 基盤炉の出力が急回復した『聖なる月』の奇跡。その正体は、名もなき異世界人たちが炉心で一斉に燃やされた、命の輝きだった。


「ひっ……!」


 記録官は腰を抜かし、書庫の床にへたり込んだ。


「そ、そんな馬鹿な……! 神殿が、そんなおぞましいことを……! 私たちは、その魔力で温かい風呂に入り、冬を越していたと言うのですか……!」


 彼は両手で顔を覆い、ガタガタと震え始めた。

 彼らもまた、知らなかったとはいえ、この狂ったシステムの上で恩恵を受けていた「ユーザー」の一人だ。その事実を知った時の絶望は、計り知れない。


 明日、神殿が実行しようとしている『勇者補充計画』。

 そこで要求されている【予備資源枠12人】という数字の意味が、これで完全に裏付けられた。


 彼らは最初から、その12人を戦わせるつもりなどないのだ。神殿の地下に直結させ、王都の冬を暖めるための即効性の燃料(薪)としてくべるために呼ぶ。


「……絶対に、止めなければならない」


 俺は拳を強く握りしめ、再び台帳のログへと思考を向けた。

 このふざけた召喚シーケンスを根底から破壊するためには、システムの最深部――「召喚陣」と「基盤炉」を繋ぐ権限の構造を完全に掌握する必要がある。


 過去の欠番データの中に、神殿が設定した『権限の抜け穴(脆弱性)』が残っていないか。

 俺は無数の「Delete」ステータスが並ぶログの海を、さらに深く潜っていった。


 そして。

 俺は、ある一つの『行』を見つけ、息を呑んだ。


【ID:127-05:マナベ・シュウジ】

【ステータス:Error/制御不能・隔離】


「……なんだ、これは」


 それは、カズヤたちと同じ第127期に召喚された、俺自身のログだった。

 俺は王宮の適性水晶で「戦闘能力なし」と判定され、無能のハズレ枠としてルミナスの街へ追放されたはずだった。


 もし俺がただの「失敗作」だったなら、他の欠番勇者たちと同じように、王都の地下で基盤炉に放り込まれていなければおかしい。


 だが、俺のデータには「Delete(削除)」ではなく、「Error(制御不能)」という特殊なフラグが立っていた。

 さらによく見ると、俺のログには、他のどの勇者にも付与されていない『観測不能な差分領域』が存在していることを示す警告コードがびっしりと書き込まれていた。


「俺は……ただの無能だから追放されたんじゃないのか?」


 王宮の連中は、俺を「使えないから捨てた」のではない。

 適性水晶を通して俺の魂を見たシステムそのものが、俺を『基盤炉に接続してはならない危険な異物バグ』として検知し、王都のネットワークから物理的に隔離するために、遠く離れたルミナスへとパージしたのだ。


「なるほどな……。俺の『現仕様閲覧』は、この世界のシステムにとって、飲み込めないほどの猛毒だったというわけか」


 俺は口角を吊り上げ、冷たく笑った。

 自分が無価値な人間として捨てられたのではなく、この狂った世界を破壊し得る「致命的なバグ」として恐れられていたのだと知った瞬間、俺の中のシステムエンジニアとしての血が、かつてないほど熱く沸き立った。


「いいだろう。お前たちが恐れた通り、俺というバグが、この世界の仕様書を中身から完全に書き換えてやる」


 俺の視線の先には、一つの隠されたディレクトリが見えていた。

 それは、俺の特殊なステータスログのさらに奥底に眠っていた、誰も開いたことのないシステム領域。


【オブジェクト識別:異界帰還プロトコル(ステータス:凍結)】


「……帰還手順アンインストールは、存在する」


 この世界の誰もが「不可能だ」と諦めていた機能。

 それは自然法則によって失われたのではなく、王都のインフラを維持するために、管理者である神殿の手によって意図的に『凍結ロック』されていたのだ。


 次なる標的は決まった。

 神殿がひた隠しにする、この『帰還プロトコル』のロックを解除すること。


 それが、カズヤたちを、そして明日呼ばれようとしている無辜の人間たちを救う、唯一の手段だ。

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