第38話 次の召喚準備
東部戦線の前線砦を出発してから数日。
装甲馬車に揺られ続けた俺たちは、ついにこの国のあらゆるバグの中心地――王都へと帰り着いた。
「……相変わらず、気持ちの悪い暖かさだな」
王都の巨大な防壁をくぐり抜けた瞬間、馬車の窓から吹き込んでいた冬の冷風が、嘘のように生暖かい春の風へと変わった。
国中の魔力を吸い上げる『創世の基盤炉』が稼働し、王都の貴族や特権階級のためだけに環境維持システムをフル稼働させている証拠だ。
遠く離れた最前線で、カズヤたちが死の恐怖に直面しながら魔力を搾り取られているというのに、この街の住人たちは優雅に薄着で石畳の街路を闊歩している。
俺は、懐に忍ばせた「臨時監査状」の感触を確かめた。
大神殿からの「監査凍結命令」に対し、俺は「神聖な儀式ではなく、それに伴う王国のインフラ負荷の調査である」という名目で異議を申し立て、この街に戻ってきた。
宗教的な特権領域(聖域)であろうと、物理的な魔力や物資を消費している以上、必ずどこかの物流や予算の帳簿と繋がっている。
「護衛の皆さんは、指定された軍の待機所で休んでいてください。俺はさっそく、仕事にかかります」
「気をつけてくださいよ、マナベ検査官殿。ここから先は、俺たち軍の人間でも手が出せない領域だ」
護衛の兵士たちと別れ、俺は王都の中心部――白亜の尖塔がそびえ立つ『王都大神殿』の周辺区画へと足を向けた。
大神殿の敷地内には、厳重な結界が張られており、正面から入ればすぐに異端審問官のお出ましになるだろう。
だが、俺が向かったのは祈りを捧げるための正門ではなく、神殿の裏側に位置する「荷運び用の搬入口」だった。
どんなに神聖な儀式を気取ろうと、この世界には魔法で無から有を生み出すチートはない。儀式を行うためには、大量の触媒、魔石、羊皮紙、そしてそれを運ぶ「現場の人間」が必要になる。
「おい、そこの第十二木箱! もっと慎重に運べ! 神殿への納入品だぞ!」
「無理言わないでくださいよ! 昨日の夜中からぶっ通しで運び続けてるんです、もう腰が……っ」
搬入口の近くにある物流倉庫の前では、文官の服を着た倉庫係と、作業着姿の下級魔導師たちが、血走った目で怒鳴り合っていた。
彼らの足元には、人の背丈ほどもある巨大な木箱が山のように積まれている。
「……随分と大掛かりな搬入ですね。定期の納品日じゃないはずですが」
俺が声をかけると、帳簿らしきものを片手に目を回していた倉庫係が、苛立たしげに振り返った。
「誰だあんたは! こっちは神殿様からの急な『特別徴発』で死にそうなんだ、部外者は……あ、ああっ!?」
男は俺の左腕にある真紅の腕輪――首席検査官の証――を見て、慌てて背筋を伸ばした。俺の権限は「神殿の儀式」に対しては凍結されているが、物流や行政に対する権限は生きたままだ。
「しゅ、首席検査官様! も、申し訳ありません、このような雑多な場所へいらっしゃるとは……」
「構いません。それより、これほどの物資を急にどこへ運んでいるんです?」
「は、はい。大神殿の地下にある『大召喚広間』です。なんでも、数十年に一度しか使わないはずの召喚陣の『緊急の定期点検』を行うとかで……」
定期点検。
その言葉を聞いて、俺のエンジニアとしての直感が警鐘を鳴らした。
「点検、ですか。この木箱の中身は?」
「ええと……高純度の魔晶石が二百ダース、それから……『第一級防衛用・術式触媒』が五十箱です」
「……は?」
俺は思わず聞き返した。
「第一級防衛用触媒? それは、地方都市や最前線の砦で、魔物の大群を防ぐための絶対防衛結界に使うための最重要物資でしょう。なぜそんなものが、王都の神殿にある?」
「そ、それが……神殿の上層部から、『点検に不可欠な神聖物資である。地方の備蓄をすべて王都へ回せ』と強い通達がありまして……。私たちも反対したのですが、逆らえば異端認定されると言われ、泣く泣く東部や北部の防衛拠点の予算を削ってかき集めたんです」
倉庫係の男は、本当に泣きそうな顔で帳簿を抱きしめた。
その隣で、木箱を運んでいた下級魔導師も、ふらふらと項垂れている。
「俺たちも、三日三晩寝ずに召喚陣の魔力回路を繋ぎ直させられています。ただの点検のはずなのに、要求される精度が本番以上で……もう、魔力も体力も限界です……」
俺は奥歯を強く噛み締めた。
彼らは、自分たちが何の手伝いをさせられているのか全く分かっていない。ただ「神殿の命令だから」と、疑うことも許されずに体を酷使しているのだ。
地方の街を守るための盾を剥がし、前線の兵士たちを危険に晒してまで、王都の神殿に物資をかき集めさせている。
「……帳簿を見せてください」
俺は倉庫係から強引に帳簿を奪い取り、それに右手を押し当てた。
そして、発動させる。
『――差分解析(現仕様閲覧)、実行』
視界が反転し、現実の倉庫の風景の上に、大量の文字列とフローチャートが展開される。
王都大神殿という巨大なサーバーの中で、今まさに動いている「本当の処理」のログだ。
【処理名:次回召喚用・事前キャリブレーション】
【実行プロセス:異界指定・資源召喚陣(再起動シークエンス)】
【ステータス:魔力充填率 85%(完了まで残り12時間)】
「……ふざけやがって。どこが定期点検だ」
俺の口から、冷たい呪詛が漏れた。
システムエンジニアの常識だ。
本番環境で、これほどまでのリソースを食い潰し、現場の人間を寝かさずに作業させて行う「点検」など存在しない。
これはテストでもメンテナンスでもない。本番稼働への準備段階だ。
「検査官様? どうかなさいましたか?」
怯える倉庫係に、俺は帳簿を突き返した。
「あんたたちは悪くない。だが、これは点検じゃない。神殿の連中は、近日中に、いや、早ければ明日にでも『次の召喚』を行うつもりだ」
「なっ……次の召喚!? 馬鹿な、勇者様たちはつい数ヶ月前に召喚されたばかりですよ!?」
下級魔導師が信じられないというように叫んだ。
「伝承によれば、勇者召喚は数十年に一度、魔王の脅威が極まった時にだけ行われる奇跡の儀式のはず……。なぜ、こんなに短期間で……」
「奇跡じゃない。彼らにとっては、ただの『燃料補給』だからだ」
俺は視界に浮かぶフローチャートの奥、さらに深い階層へと権限を潜らせた。
インフラの負荷調査という名目でアクセスした「物流」の入り口から、神殿の奥深くで管理されている『召喚台帳』の要件定義書へと裏口経由でアクセスする。
そこで俺が見たのは、王宮と大神殿の間で交わされた、背筋の凍るような名目の決裁書データだった。
【プロジェクト名:勇者補充計画(第128期)】
【決裁理由:現行資源(カズヤ等4名)の出力低下が予測されるため、インフラ維持のための代替資源を先行取得する】
予想はしていたが、実際にその文字列を見ると吐き気がした。
カズヤたちが死ぬのを待つまでもない。彼らの魔力が擦り減り、基盤炉へ送られる電力量(魔力)が落ちてきたと判断した瞬間、王都の連中は「電池が切れかかっているから、次の電池を買ってこい」というノリで、新しい異世界人を攫おうとしているのだ。
しかも、その「電池を買うためのお金」として、地方を魔物から守るための防衛物資を平然と横取りしている。
「どこまでも腐った仕様だ……」
俺は視界のコンソールを操作し、その『勇者補充計画』の詳細なパラメータを開いた。
そこには、明日起動される召喚陣によって、どのような条件の人間を、何人攫ってくるかという「要件定義」が記されている。
「……ん?」
その数値を見た瞬間、俺は思わず眉をひそめた。
カズヤたち「現役の勇者」は、俺という例外を除けば4人グループだった。
魔王を倒すための英雄のパーティとしては、妥当な人数だと言える。
だが、ログに記されていた【要求リソース(魂)】の項目には、異様な数値が設定されていた。
【次回要求リソース:基本枠4】
【追加パラメータ:予備資源枠12】
【合計抽出予定数:16】
「……予備資源枠、12人だと?」
俺は、あまりの狂気に眩暈を覚えた。
英雄の補充ではない。
彼らは最初から「16人」の若者を異世界から強制的に攫い、そのうちの数人を表向きの『勇者』として祀り上げ、残りの12人を……記録にも残さない『予備の燃料(使い捨てのバッテリー)』として、そのまま基盤炉の奥底へ直結させる気だ。
これまでも、そうやって大量の人間が攫われ、歴史の闇に消えていったのだろうか。
「マナベ検査官様、どうしたんです!? 顔色が真っ青ですが……!」
倉庫係が慌てて声をかけてくるが、俺の耳にはもはや彼らの声は届いていなかった。
明日だ。
明日、神殿はこの狂った強制召喚シーケンスを実行する。
もしそれが完了してしまえば、また新たに16人の日本人が、帰ることも許されずにこの国のインフラを維持するための「乾電池」にされてしまう。
神殿の連中が、俺の監査を「聖域の不可侵」などという建前で大急ぎで凍結しようとした本当の理由。
それは、この『予備資源枠』というあまりにも非人道的な仕様を、絶対に隠し通さなければならなかったからだ。
「……上等だ。お前たちのその狂ったバッチ処理、俺が絶対に落として(アボートして)やる」
俺は物流倉庫を背にし、白亜の大神殿のさらに奥――王宮の書庫庁舎へと視線を向けた。
召喚の歴史を証明する『召喚者台帳』。
そこに、過去の「欠番勇者」たちの記録が残っているはずだ。俺の推理を完璧な論理として組み上げるための、最後の証拠が。




