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第37話 王都大神殿からの停止命令

 砦の司令室に、冷え切った夜の風が吹き抜ける。

 王都大神殿から届いたその羊皮紙は、机の上でまるで呪いの札のように重苦しく居座っていた。


「監査凍結」と「異端審問」

 技術者エンジニアの言葉に置き換えれば、それは「アカウント停止」と「法的措置の通告」に等しい。


「……ふざけやがって」


 俺は、泥と油で汚れた自分の手を見つめた。

 ルミナスの街から始まり、この最前線砦に至るまで、俺は数え切れないほどの「現場のバグ」を直してきた。


 継ぎ足し運用でガタゴトになった物流網、現場を見ずに数値だけを捏造する官僚、そして――。

 勇者という「高純度な魔力資源」を使い潰すことで成り立つ、この国の歪んだインフラ仕様。


 それらすべてを「改善デバッグ」しようとする俺の前に、ついにこの世界の真の管理者が立ちはだかったというわけだ。


「マナベ殿。大神殿が直接動くなど、前代未聞だぞ」


 ダリル司令が、重々しく口を開いた。

 彼の大きな手は、机の端を今にも握り潰さんばかりに強く掴んでいる。


「大神殿は、王都の地下にある『創世の基盤炉』の守護者を自称しているが、実態は王宮ですら口出しできない不可侵の特権階級だ。……彼らが監査を止めるというなら、それは王の命令よりも重い『絶対の禁忌』として機能してしまう」


「建前としてはそうでしょうね」


 俺は視線を羊皮紙に落とし、『現仕様閲覧(差分解析)』を発動させた。

 視界が反転し、現実の風景に重なるように、無機質な情報の断片が浮かび上がる。


 大神殿の紋章――純白の翼と光輪の意匠。

 それが、俺の目には単なる「紋章」ではなく、複雑な術式暗号が組み込まれた『証明書(認証キー)』として映った。


【オブジェクト識別:王都大神殿・緊急介入コマンド】

【権限レベル:Admin-Authority-Overdrive】

【属性:非開示(Secret)、聖域(Sanctuary)】

【処理内容:対象ID:マナベ・シュウジの全システム権限の一時凍結】


 ……なるほど。

 彼らが「聖域」と呼んでいるのは、要するに『管理者以外のアクセスを一切拒否する暗号化パーティション』のことか。


 この国の仕組みを「神の奇跡」という名のブラックボックスに閉じ込め、中身を誰にも見せないことで、そのおぞましい仕様を守り続けてきた。

 そして、そのボックスをこじ開けようとした俺を、システム的に「排除デリート」しようとしている。


「司令。大神殿がこの砦に『聖域の不可侵』を宣言した以上、この砦の兵士たちが俺を助ければ、彼らも異端者の共犯として裁かれることになります」


「そんなことは関係ない!」


 副官が叫んだ。


「俺たちは知ったんだ。カズヤ殿たちが何も知らずに戦わされ、魔力を吸い取られていたという、あの忌まわしい真実を! それを隠蔽し、システムの奥底から証拠を見つけ出してくれたマナベ殿を罪人として扱うなど、それこそ神への冒涜ではないか!」


 兵士たちの間に、激しい怒りの感情が波及していくのがわかる。

 最前線で命を懸けている彼らにとって、王都の連中が自分たちの献身を「燃料の搾取」程度にしか考えていなかった事実は、何よりも耐え難い裏切りだ。


 だが、その熱気が高まるほどに、俺の脳内は冷めていった。


「感情で戦うのは得策じゃない。……司令、このまま軍を動かせば、それはただの反乱です。王都の防衛システムを正面から突破するのは、今の戦力では不可能に近い」


「では、どうしろと言うのだ? ここに留まれば、数日のうちに神殿の執行官たちが押し寄せ、あんたは連れ去られる。……そうなれば、勇者様たちの『救済』も永遠に閉ざされるのだぞ」


 ダリル司令の問いに、俺は一度目を閉じ、思考の海へと深く潜った。

 エンジニアとして、この「権限凍結」という状況をどう打破するか。


 相手はルート権限(Admin)を握っている。まともに正面から衝突しても、一瞬でアカウントをBANされるだけだ。

 ならば、やるべきことは一つしかない。


「……定義を、書き換えるんです」


 俺は目を開き、ダリル司令を見据えた。


「司令、俺を王都へ向かわせて下さい。ただし、軍隊としての護衛はいらない。……俺は、首席検査官としての『正当な手続き』で王都へ戻ります」


「正当な……? だが、あんたの権限は凍結されたはずだ」


「凍結されたのは、あくまで『召喚儀礼に関する権限』です。彼らは監査を止める理由として『聖域の不可侵』を挙げた。……なら、俺の監査対象を『儀式』ではなく『王国インフラの負荷調査』として再定義すればいい」


 俺は、懐からルミナスで使っていた古い監査状の束を取り出し、その余白にペンを走らせた。


「召喚が神聖な儀式だというなら、そこには触れません。ですが、召喚に伴って発生する莫大な魔力負荷や、基盤炉への供給バランスの乱れは、明らかに王国のインフラ管理項目だ。……俺は『神聖な奇跡』を調べるんじゃない。『奇跡のせいで起きているシステムの電圧異常』を調査するんです。これなら、大神殿も『行政監査』を拒む法的な根拠ポリシーがなくなる」


 ダリル司令たちは、俺が何を言っているのか完全には理解できていないようだった。

 だが、俺が自信を持って「仕様のループホール」を見つけたことだけは伝わったらしい。


「要するに……大神殿の命令を、インフラ管理という別の理屈で上書きするということか?」


「ええ。彼らが『聖域』を盾にするなら、俺は『仕様書の不整合』を盾にします。……神殿がインフラを私物化しているせいで、国全体の魔力供給が不安定になっている。その原因調査を妨害することは、王国の存続そのものを危うくする重大な過失だ……とね。セルアスさんに連絡がつけば、この理屈で正式な臨時監査状を組み直してくれるはずです」


 王都大神殿という、巨大なホワイトリストで守られた領域。

 そこに入るには、無理やり門を叩き壊す必要はない。


 彼らが用意したルールの内側で、彼らも無視できない「システム上の不備」を突きつければ、扉は向こうから開く。


「……マナベ殿、あんたという男は」


 ダリル司令が呆れたように笑い、そして力強く頷いた。


「わかった。ならば、我々東部方面軍は、あんたの『不服申し立て』を正式な軍の公文書として承認しよう。王都へ向かう道中の通行許可、および身柄の護送という体裁で、信頼できる者たちを付けよう」


 数時間後。

 夜の帳が降りた砦の外には、一台の無骨な装甲馬車が用意されていた。


 護衛は、ダリル司令が選りすぐった、真実を知る精鋭兵士たち数名のみ。

 派手な軍隊を動かせば、王都の監視網に引っかかる。


「勇者を惑わす危険人物の護送」という体裁を取りながら、俺たちは闇に紛れて西へとひた走る。


 馬車の揺れの中で、俺は左腕の首席検査官の腕輪を見つめた。

 今は赤く点滅し、すべての権限が失効している。


 だが、この端末が王都のメインサーバーに近い『大神殿』の物理的範囲に入れば、再び微弱なログが拾えるようになるはずだ。


「……マナベさん、起きてますか?」


 護衛の一人、以前俺が通信塔のバグを直した際に世話になった若い兵士が、御者台から声をかけてきた。


「ああ。どうした?」


「いえ……俺たち、本当に神様に喧嘩を売って勝てるんでしょうか。……いや、マナベさんの腕は信じてますけど、相手は『奇跡』を使う連中ですよ。俺たちの常識が通じない相手に、どうやって……」


 奇跡、か。

 俺は、カズヤたちの魂を削って得た魔力を、「神の奇跡」と呼び変えて贅沢に暮らしている連中の顔を想像した。


「この世に、原因のない結果(奇跡)なんてものは存在しないよ」


 俺は自分に言い聞かせるように、低い声で答えた。


「彼らが奇跡と呼んでいるものは、単に『ソースコードが開示されていない高度な術式』に過ぎない。……中身が見えないから、みんな神様のおかげだと勘違いさせられているだけだ。どんなに強固なプロテクトも、人間が作ったものである以上、必ずどこかに『論理的なバグ』がある」


 真っ暗な平原の向こう、西の方角。

 この国の中心であり、あらゆるバグの震源地である王都。


 そこには、俺がまだ見たことのない、この世界の「最古の仕様書」が眠っている。


 カズヤたちが攫われてきた召喚陣。

 国中の魔力を一手に引き受ける基盤炉。


 そして、それらを「神の領域」として私物化している大神殿の聖職者たち。


「待っていろよ、カズヤ。……そして、この仕組みを作った奴ら。お前たちの『聖域』という名のブラックボックス、俺が全部こじ開けてやる」


 馬車は冷たい雪を跳ね飛ばしながら、闇の中を加速していった。

 王都到着まで、残りわずか。


 カズヤたちの魔力が尽きるのが先か、俺が大神殿のルート権限を奪うのが先か。

 時間切れ寸前のデバッグ作業が、今まさに始まろうとしていた。


 その頃。

 王都の中枢、天を突くような白亜の大神殿の最奥部にて。


 一人の女が、ステンドグラスから差し込む月の光を浴びながら、静かに祈りを捧げていた。

 この国の『聖女』と呼ばれる彼女の背後で、巨大な「召喚の歯車」が、重苦しい音を立てて逆回転を始めた。


「……次の『資源』の準備を。カズヤ様の出力低下が、予想以上に早いようです」


 冷徹な神官の声に、聖女は悲しげに瞳を閉じた。

 それは、次の被害者を呼び寄せるための、強制召喚シーケンスの前兆だった。

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