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第34話 止められる監査

 王都からの魔力供給と制御が強制的に切断され、最前線砦は完全な暗闇に包まれた。


 頼みの綱であった青白い防衛結界は跡形もなく消え去り、砦を吹き抜ける風が、雪と共に容赦なく兵士たちの体温を奪っていく。


 だが、真の恐怖は寒さではなかった。


「……来るぞ! 松明に火を点けろ! 弓兵、城壁へ上がれ!」


 ダリル司令の怒号が、暗闇の砦に響き渡る。


 結界の消失という異常事態を、魔物の群れが見逃すはずがなかった。


 東の荒野の奥から、地鳴りのような足音と、血に飢えた獣たちの遠吠えが波のように押し寄せてくるのがわかる。


 その数は数十や数百ではない。暗闇の中で赤く光る無数の眼球が、砦の城壁を呑み込もうと一気に距離を詰めてきていた。


「総員、配置につけ! 南の城壁を死守しろ! 工兵たちが直してくれた壁だ、簡単に抜かれるような柔な造りではない!」


「「「おおおおおっ!!」」」


 ダリル司令の檄に、兵士たちが決死の咆哮で応える。


 彼らの顔に、昨日までの絶望はなかった。


 王都の連中に使い捨ての駒として見捨てられたという事実は、逆に彼らの腹を括らせていた。自分たちの命は自分たちで守る。その純粋な生存本能だけが、砦の士気を限界まで引き上げている。


 城壁の上から無数の矢が放たれ、松明の炎が夜空を焦がす。


 ドンッ、ドンッ! と、巨大な魔物が城壁に激突する重い音が響き、砦全体が大きく揺れた。


 壮絶な防衛戦の幕開けだった。


 *


 地上で命懸けの戦闘が始まる中。


 砦の地下にある冷たい石室で、俺は黒水晶の台座の下に潜り込み、分厚い魔力線の束と格闘していた。


「マナベ殿! 本当に王都との接続線を物理的に切断するおつもりですか!? そんなことをすれば、二度とこの魔導炉に王都からの支援魔力は流れてきませんぞ!」


 カンテラの淡い明かりを頼りに、保守担当の魔導師が青ざめた顔で叫ぶ。


 俺は油と泥にまみれた手で、黒水晶の底に繋がっている一番太い魔力線を掴み出した。


「支援魔力? そんなものは最初から来ていない。この砦の魔導炉は自力で魔力を生み出せるのに、王都の連中が『制御権』を握っているせいで、彼らの許可がないと火が点かない仕組みになっているだけだ」


「し、しかし、王都の制御を外せば、魔導炉の出力を調整する術式が失われます! 最悪の場合、魔導炉が暴走して砦ごと吹き飛んでしまう!」


「暴走はさせない。俺が新しく『自立駆動の術式』を書き込んで、この砦の中で魔力を循環させる。……ハサミか、刃物を貸してくれ!」


 俺の要求に、魔導師は震える手で腰の短剣を差し出した。


 俺は迷うことなく、黒水晶と魔導炉を繋ぐ太い魔力線を、力任せに切断した。


 バチィィィィンッ!


 青白い火花が散り、石室の空気が焦げた匂いに包まれる。


 これで、この砦は王都という巨大なネットワークから完全に切り離された。


 大長老たちは、俺の権限を「論理的」に凍結することで俺を無力化したつもりだろう。だが、通信ケーブルそのものを引っこ抜いてしまえば、彼らの監視も干渉も一切届かなくなる。


 ここから先は、俺の土俵だ。


「よし、王都との縁は切れた。次は魔導炉と結界発生器の直結だ」


 俺は切断した魔力線の断面を、魔導炉の制御盤から直接伸びている別の配線へと繋ぎ合わせた。


 そして、左腕の真紅の腕輪を光らせ、意識を極限まで集中させる。


『――差分解析』


 視界が反転する。


 王都との繋がりが絶たれたことで、先ほどまでの複雑怪奇なスパゲティコードは消え去り、この砦の中だけのシンプルで閉じたフローチャートが展開された。


 完全なローカル環境(スタンドアロン状態)。


 だが、魔導師が懸念した通り、王都の制御術式が消えたことで、魔導炉のプロセスはエラーを吐き出し、出力が危険な領域へと跳ね上がろうとしていた。


【警告:制御元との通信ロスト】

【プロセス:非常停止機構の起動に失敗】

【出力異常:炉心温度が限界値を突破します】


「マナベ殿! 炉の温度が急上昇しています! このままでは爆発する!」


「わかっている! 今、新しいルールを叩き込んでいるところだ!」


 俺は仮想コンソールを開き、両手で目にも留まらぬ速さで術式を構築していく。


 王都の長ったらしい承認プロセスなど必要ない。


 魔導炉が生み出した魔力を、直接、防衛結界の維持術式へと流し込む。余剰魔力は熱として捨てるのではなく、砦の照明と通信網へフィードバックさせる。


 外部に一切の魔力を漏らさない、この砦の中だけで完結する『完全独立仕様』への書き換えだ。


「……持ち堪えてくれよ、ダリル司令」


 俺は額から噴き出す汗を拭うこともせず、ひたすらに視界のログと格闘し続けた。


 *


「押し返せ! 絶対に壁を登らせるな!」


 ダリル司令の怒号が響く中、南の城壁は地獄のような様相を呈していた。


 松明の明かりが照らし出すのは、城壁の下に群がるおびただしい数の魔物たちだ。


 巨大な狼型の魔物が鋭い爪で石壁を削り、猿のような魔物が互いの体を踏み台にして城壁をよじ登ってくる。


 兵士たちは槍を突き出し、上から煮えたぎる油や石を落として必死に応戦しているが、結界による絶対的な防御がない状態での乱戦は、彼らの体力と精神をゴリゴリと削り取っていた。


「司令! 東の防衛線が突破されそうです! 魔物の数が多すぎる!」


「弱音を吐くな! マナベ殿が必ず結界を戻してくれる! それまでの一秒、一瞬を命で稼ぐのが我々の仕事だ!」


 ダリル司令自らが剣を振るい、城壁に乗り移ってきた魔物を一刀両断にする。


 だが、彼の息もすでに上がりきっていた。


 工兵たちが直したばかりの城壁も、魔物たちの物理的な質量攻撃によってメキメキと悲鳴を上げ、所々にヒビが入り始めている。


「……ここまでか」


 ダリル司令が、迫り来る巨大な魔物の群れを前に、一瞬の絶望を抱きかけたその時だった。


 ――フォォォォォン……!


 砦の地下深くから、重低音の駆動音が響き渡った。


 それは、大地を震わせ、兵士たちの足元から伝わってくる、確かな「鼓動」だった。


「この音は……!」


 ダリル司令が目を見開いた直後。


 砦の中央に立つ魔導炉の煙突から、目が眩むような青白い光の柱が夜空に向けて一直線に立ち上った。


 光の柱は上空で弾け、傘を開くようにして巨大なドーム状の光の壁を形成していく。


 それは、昨日まで砦を覆っていた薄い結界ではない。


 王都へ魔力を吸い取られることも、勇者の宿営地へリソースを強奪されることもない。この砦の魔導炉が生み出す魔力を、一〇〇パーセントすべて防衛のためだけに注ぎ込んだ、純度一〇〇パーセントの「絶対防衛結界」だった。


 パァァァァンッ!!


 結界が完全に展開された瞬間、城壁に取り付いていた魔物たちが、見えない巨大な壁に弾き飛ばされたかのように、一斉に後方へと吹き飛んでいった。


「結界が……結界が戻ったぞぉぉぉっ!!」


「やった! 俺たちの砦が守られたんだ!」


 青白い光のドームに守られ、もはや魔物たちの爪牙が届かなくなった城壁の上で、兵士たちが武器を空に掲げて地鳴りのような歓声を上げた。


 ダリル司令は、血塗れの剣を杖代わりにしてその場にへたり込み、安堵の息を長く、長く吐き出した。


「……やってくれたな、マナベ殿。王都の連中がなんと言おうと、あんたは紛れもなく、我々の英雄だ」


 砦のあちこちで、魔力による照明が次々と点灯し始める。


 暗闇と絶望に包まれていた最前線砦は、彼ら自身の力によって、王都の支配から切り離された『難攻不落の独立砦』として生まれ変わったのだ。


 *


 砦の地下石室。


 煌々と青白い光を放つ魔導炉の熱を感じながら、俺は石畳の上に大の字になって倒れ込んでいた。


「ははっ……やりましたな、マナベ殿! 炉の出力は完全に安定しています! 王都からの干渉は一切受け付けず、この砦の中だけで完璧に魔力が循環していますぞ!」


 保守担当の魔導師が、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、魔導炉の計器を見て歓喜の声を上げている。


「……ああ。なんとか、間に合ったみたいだな」


 俺は息も絶え絶えに答えながら、重い体を起こした。


 頭が割れるように痛い。『現仕様閲覧』をフル稼働させ、物理配線と論理術式の両方を同時並行で書き換えるという無茶な作業は、俺の精神力を限界まで削り取っていた。


 だが、その見返りは十分すぎるほどにあった。


「……怪我の功名、だな」


 俺は、先ほど王都から接続を切断されて沈黙した、あの巨大な黒水晶を見上げた。


 大長老は、俺を抹殺し、真相を隠蔽するために砦の回線を強制切断した。


 だが、彼らは致命的なミスを犯したのだ。


 ネットワークの物理的な切断は、王都からの監視や強制命令を遮断するというメリットを俺にもたらした。


 今、この砦の端末は、王都の中枢サーバーとは切り離された状態にある。


 しかし、システムというものは、過去にアクセスした重要なデータや権限のログを、末端の機材の中にも「一時的な記録キャッシュ」として残しているものだ。


 俺が黒水晶に触れ、『現仕様閲覧』を再び静かに発動させると、そこには王都からの邪魔が入らない、完全に静かな空間が広がっていた。


「……大長老。あんたが回線を切ってくれたおかげで、俺はこの端末に残された『最古のログ』を、誰の監視も受けずにゆっくり調べられるようになったぞ」


 俺の視界の奥。


 先ほどは強制切断によって読み切る前に消えてしまった、【Summon-Origin(召喚由来権限)】のさらに深淵のデータ。


 俺たち異世界人が召喚された、その真の目的と、この狂った国を裏で操っている「維持機構」の正体が記されているであろう、最古層のログ。


 俺は油にまみれた手で、再び黒水晶に触れた。


「さあ、見せてもらおうか。この仕様書のない異世界で、お前たちが何を隠し、何を食い物にしてきたのかを」


 砦の兵士たちが歓喜の声を上げる中、俺のシステムエンジニアとしての最後のデバッグ作業が、静かに始まろうとしていた。

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