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第33話 維持のための勇者

 薄暗い砦の地下石室。


 巨大な黒水晶の表面に手を押し当てたまま、俺は身動き一つできずにいた。


 俺の視界を覆い尽くしているのは、この国のインフラの最も深い部分に隠蔽されていた、どす黒いシステムの深淵だ。


【上位参照権限:Summon-Origin(召喚由来権限)】

【プロセス:維持機構への接続を確立】

【プロセス:供給優先度の絶対固定】

【プロセス:代替資源としての生体登録】


 維持機構。そして、代替資源。


 血の通った人間を、機械の部品か燃料のように扱うその無機質な文字列が、俺のシステムエンジニアとしての背筋を凍らせていた。


「検査官殿……? どうしたのだ。何が見えている」


 背後からダリル司令が、不安げな声をかけてくる。


 俺はすぐには答えられず、黒水晶の奥深くに広がる「召喚由来権限」のフローチャートを、さらに細かく読み解いていった。


 この黒水晶は、王都と前線を結ぶ巨大なネットワークの末端ルーターだ。


 だからこそ、ここを通過するすべての魔力と命令の「行き先」を追跡することができる。


 俺は、勇者カズヤや他の召喚者たちに付与されているあの忌まわしい支援術式――痛覚遮断、感情抑制、自動防衛といった処理が、彼らの身体から何を吸い上げ、どこへ送っているのかをトレースした。


 普通に考えれば、彼らが魔物と戦うために魔力を消費しているのだと思うだろう。


 だが、現仕様ログはまったく逆の事実を示していた。


 彼らが極限の恐怖と闘いながら聖剣を振るう時。


 あるいは、痛覚を遮断されながらも無意識下で命の危機を感じ、魂が激しく揺れ動く時。


 異世界から呼ばれた彼らの魂は、この世界の人間とは比較にならないほどの莫大で高純度な魔力を「発電」していたのだ。


 そして、その発生した莫大な魔力の大半は、彼らの剣から放たれるわけではない。


 『勇者支援システム(X-01)』という極太のパイプを通じて、瞬時に王都の地下深くへと転送され、吸い上げられていた。


「……オーバークロックだ」


 俺は無意識に、元の世界の言葉を口にしていた。


 コンピューターの頭脳であるCPUに、規格外の負荷をかけて限界以上の処理能力を引き出す危険な手法。


 当然、そんなことをすれば莫大な熱が発生し、最悪の場合は焼け焦げて壊れてしまう。だからこそ、強力な冷却装置が必要になる。


 俺の頭の中で、すべての点と点が、一本の残酷な線として繋がった。


 勇者たちを最前線へ送り込み、魔物と絶え間なく戦わせるのは、彼らに極限の負荷ストレスをかけて魔力を異常発生させるためだ。


 だが、ただ戦わせるだけでは、彼らの精神と肉体はすぐに焼き切れて壊れてしまう。


 だからこそ、王都の連中は「冷却装置」を用意したのだ。


 それがあの、異常なまでに過保護な「光の城」であり、痛覚を麻痺させる術式であり、使い切れないほどの薬の予約枠なのだ。


 勇者を守りたいからではない。


 極上の「発電機」が壊れないように、適度に冷やし、麻痺させ、限界まで使い倒すための、徹底的な品質管理メンテナンスだったのだ。


「……マナベ・シュウジ殿。教えてくれ。あんたには今、何が見えているんだ」


 ダリル司令の低く、切実な声に、俺はゆっくりと黒水晶から手を離した。


 視界が現実の薄暗い石室へと戻る。俺は深く息を吸い込み、司令と保守担当の魔導師へ向き直った。


「司令。王都の地下には、何か巨大な魔導の施設があるはずです。この国全体を支えるような、極めて古くて強大なものが」


 俺の言葉に、保守担当の魔導師がハッと息を呑んだ。


「王都の地下……まさか、王宮のさらに下層に眠るとされる『創世の基盤炉』のことですか?」


「創世の基盤炉?」


「はい。おとぎ話に近い伝承ですが……王都があれほど豊かで、一年中春のような暖かさを保ち、決して破られない大結界を維持できているのは、初代国王が残したその巨大な基盤炉が、無限の魔力を生み出し続けているからだと言われています。我々魔導師の間では、誰もが知る伝説です」


 無限の魔力を生み出す、か。


 システムエンジニアから言わせてもらえば、そんな都合のいい永久機関など存在しない。


 どれほど優れたシステムであっても、必ず燃料を消費し、経年劣化を起こす。


「その基盤炉は、無限なんかじゃありませんよ。……おそらく十年前、その基盤炉の燃料は完全に底を突いたか、あるいは寿命を迎えて機能を停止しかけたはずです」


「十年前……? あっ!」


 ダリル司令が鋭い声を上げた。


「十年前と言えば、この砦の魔導炉が改修された時期……! そして、王都周辺で原因不明の大規模な魔力枯渇が起き、農作物が枯れ果てた年ではないか!」


「その通りです。王都の連中は、基盤炉が止まって国が滅びるのを恐れた。だから、枯渇した燃料の代わりになる『新しい動力源』を探したんです。この世界の魔石や、人間の魔力では到底足りないほどの、異常な出力を誇る何かを」


 俺は、吐き気を催すような事実を、できるだけ淡々と口にした。


「それが、異世界から召喚された人間たちです。……王都の基盤炉を動かし続けるための『代替資源』。それが、彼らが呼ばれた本当の理由です」


 石室の空気が、完全に凍りついた。


 ダリル司令は目を見開き、保守担当の魔導師は震える手で自分の口元を覆っている。


「召喚された人間が、燃料……? 勇者様は、この国を魔物から救うために呼ばれた英雄ではないというのか……?」


「魔物の討伐は、ただの『発電作業』にすぎません。最前線という過酷な環境に身を置き、命の危機に瀕することで、彼らの魂は莫大な魔力を絞り出す。システムはそれを吸い上げ、王都の基盤炉へと送り続けているんです」


 俺は、あの聖女の冷ややかな目を思い出していた。


『彼らの犠牲は、勇者様が世界を救うための尊い礎にすぎません』


 彼女はそう言っていた。


 だが、本当に犠牲になっているのは誰だ。


 前線の兵士たちの命を削って作られた快適な環境は、勇者を癒すためではなく、勇者という名の「生体バッテリー」を少しでも長持ちさせるための冷却水だったのだ。


 聖女や書記官たちは、本気で勇者を助けているつもりだったのだろう。


 だが、その善意の行動すらも、すべては「召喚由来権限」という最上位のシステムに組み込まれた、部品を長持ちさせるための運用フローの一部にすぎなかった。


「……なんてことだ」


 ダリル司令が、膝から崩れ落ちるようにして石畳に手をついた。


 歴戦の騎士の顔が、これまで見たこともないほどの苦痛に歪んでいる。


「我々は……我々最前線の兵士たちは、魔物から民を守るために戦っていると信じていた。だが、その裏で王都の連中は、異世界から攫ってきた若者たちを道具として使い潰し、自分たちのぬるま湯のような生活を維持していたというのか……!」


「しかも、その道具を長持ちさせるために、我々から防衛の魔力や資材まで奪い取っていたのですぞ……! こんな……こんな狂った話があるか!」


 保守担当の魔導師も、血の涙を流さんばかりの顔で叫んだ。


 彼らの怒りは尤もだ。


 現場で血を流す者たちには一切の真実を隠し、王都の中枢だけで甘い汁を吸い続ける。


 一部の権力者が私腹を肥やすのならまだ理解できる。だが、これは「国というシステムを維持するため」に、構造そのものが最初からそのように設計されているのだ。


 倫理や道徳が入り込む隙間もない、あまりにも冷徹で完璧な仕様。


 俺と一緒に召喚されたカズヤたち。


 そして、俺が召喚される前にも、おそらく何人もの異世界人が呼ばれ……そして「燃料」として使い潰されていったのだろう。


「……許せない。どれほど国が困窮していようと、人の命を歯車にして回る国など、守る価値もない!」


 ダリル司令が、剣の柄を握りしめながら立ち上がった。


 その目に宿る怒りの炎は、王都の腐敗した中枢へとはっきりと向けられていた。


「マナベ殿。あんたは、この狂った仕組みを叩き壊すと言ったな」


「ええ。言いました」


「ならば、私も命を懸けてあんたに協力しよう。この砦の全兵力を持って、王都に反旗を翻しても構わない。あの痛ましい勇者様たちを、そして我々の誇りを取り戻すためならば!」


 司令の悲壮な決意。


 だが、武力で解決できるほど、このシステムは単純ではない。


 俺が口を開こうとした、まさにその時だった。


 ――ピィィィィィィンッ!


 突如として、石室全体を揺るがすような甲高い耳鳴りが響き渡った。


「な、なんだ!? 何が起きた!」


「司令! 認証核が……黒水晶の様子が異常です!」


 魔導師の悲鳴に視線を向けると、先ほどまで青や赤の穏やかな光を明滅させていた黒水晶が、まるで血を吸ったようにドス黒い赤色へと染まり上がり、激しく脈打っていた。


 俺は即座に『差分解析』を再起動する。


 視界に飛び込んできたのは、無数の赤い警告アラートのポップアップと、王都の中枢からこの砦の認証核へ向けて突き立てられた、極太の強制接続オーバーライドのログだった。


【警告:下位端末からの異常なアクセス履歴を検知】

【警告:最上位権限(Summon-Origin)への不正な接触を確認】

【プロセス:防衛プロトコルを起動。王都査問委員会との直接接続を確立します】


「……ちっ。いくら隠蔽しても、最上位のログに触れれば足がつくか」


 俺は舌打ちをした。


 システムの最深部に触れたことで、王都の監視システムが俺のアクセスを「脅威」として認識し、強制的に接続を割り込ませてきたのだ。


 ドス黒く発光する黒水晶の表面に、ノイズ混じりの映像が浮かび上がる。


 そこに映し出されたのは、豪奢な王宮の執務室と、何人もの高位魔導師たちを従えて冷たくこちらを見下ろす、一人の初老の男だった。


 その顔には見覚えがある。


 俺が召喚されたあの日、王宮の広間でカズヤたちを「勇者」と持ち上げ、俺を「外れ枠」として追い出した張本人。


 王国の祭祀と魔導のすべてを統べる、大長老だ。


『――そこまでだ、身の程を知らぬ鼠め』


 黒水晶から響く声は、魔力で増幅され、石室の空気を重く圧迫した。


『ルミナスの小物を排除し、王都の細々とした通信を整理したと聞いて、少しは役に立つか泳がせておいたが……。まさか、我らが王国の尊き深淵にまで泥の手を伸ばすとはな』


「尊き深淵だと? ただの人間を生け贄にして回す、悪趣味なポンコツの基盤炉の間違いだろう」


 俺が皮肉を込めて言い放つと、大長老の顔が微かに歪んだ。


『異世界から流れ着いたゴミ風情が、王国の偉大なる理に口を出すな。……先ほど、前哨宿営地の聖女からも報告があった。貴様は勇者様の御陣を破壊し、あまつさえ勇者様の御心を惑わしたそうだな』


 大長老は、虫けらを見るような目で俺を睨みつけた。


『これは明確な反逆行為である。王都査問委員会の名において、首席検査官マナベ・シュウジのすべての権限を直ちに凍結する。……ダリル砦司令よ。その男を捕縛し、今すぐ王都へ移送せよ。抵抗するならば、その場で斬り捨てても構わん』


 冷酷な命令が下される。


 だが、ダリル司令は剣の柄から手を離さず、大長老の映像に向かって毅然と顔を上げた。


「……お断りします、大長老殿。我々は、真実を知りました。この方は、我々前線の兵士と、勇者様を救うための希望です」


『……ほう。辺境の番犬まで狂ったか。ならば仕方あるまい』


 大長老が冷酷に片手を上げる。


『王都へ送る魔力が滞っては困る。貴様らのような反逆者の砦に、これ以上防衛の魔力を回してやる義理はないな』


 次の瞬間、俺の視界の中で、恐ろしいコマンドが実行されるのが見えた。


 王都側から、この前線砦へ送られているすべてのインフラ供給を「強制切断」する命令だ。


「させない!」


 俺は黒水晶に飛びつき、仮想コンソールを開いて切断命令の迎撃ブロックを試みた。


 だが、相手はシステム全体の最上位権限を持つ大元サーバーだ。末端クライアントの権限を凍結された今の俺では、その圧倒的な強制力を弾き返すことはできない。


 バツンッ! という物理的な破裂音と共に、黒水晶の光が完全に消失した。


 同時に、石室の照明が落ち、完全な暗闇が訪れる。


 砦の地上から、兵士たちの悲鳴と怒号が聞こえてきた。


「結界が……結界が完全に消えたぞ!」


「魔導炉の火が落ちた! なんだこれは、魔力が一滴も引き出せない!」


 王都は、俺を孤立させ、砦ごと魔物の群れに飲ませるために、前線を見捨てるという最悪の手段に出たのだ。


「……マナベ殿。王都からの接続が切られました。この砦は今、丸裸です」


 暗闇の中、ダリル司令の低く、覚悟を決めた声が響く。


 外からは、防衛結界が消えたことに気づいた魔物の群れが、地響きを立てて砦へと接近してくる音が聞こえていた。


「司令。あんたたちを巻き込んでしまった。申し訳ない」


「謝る必要はない。この命、どうせ最初から王都の連中には使い捨ての駒としか思われていなかったのだ。……ここで魔物と刺し違え、真実と共に死ぬのも悪くはない」


「死なせませんよ」


 俺は暗闇の中で立ち上がり、動かなくなった黒水晶に背を向けた。


 王都の連中は、俺の権限を凍結すれば何もできなくなると舐めている。


 だが、システムエンジニアを甘く見るな。


 正規のルートが絶たれたのなら、残された物理的な回路ハードウェアを直結してでも、無理やり動かして見せる。


「司令。魔物との戦闘はあんたたちに任せます。数十分……いや、十分だけ持ち堪えてくれ。その間に、俺がこの砦のインフラを再構築(ローカルネットワーク化)して、防衛結界を復旧させる」


「できるのか!? 王都からの魔力供給なしで!」


「やってみせますよ。……中央のサーバーが腐っているなら、現場の端末だけでシステムを回せばいい。それが、俺たち現場のやり方だ」


 俺の言葉に、ダリル司令は力強く頷き、剣を抜いて石室を飛び出していった。


 保守担当の魔導師も、覚悟を決めた顔で魔導炉の物理配線の前へと向かう。


 俺は深く息を吐き、左腕の腕輪を握りしめた。


 待っていろ、王都の連中。


 この砦を守り抜き、勇者たちを縛る鎖を引きちぎり、必ずお前たちの足元にある「基盤炉」をデバッグしてやる。


 俺の最大の戦いが、今、幕を開けようとしていた。

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