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第24話 前線監査命令

「お客さん、王都の出かい? こっから先はもっと冷えるぜ。しっかり防寒しなよ」


「ああ、わかってる。安全運転で頼む」


 装甲馬車の小さな窓越しにかけられた御者の声に短く応え、俺はジャイルズからもらった分厚い毛布を肩までしっかりと引き上げた。


 王都を出発してから、すでに数時間が経過していた。


 王都の巨大な防壁を抜けた直後から、石畳は整備の行き届いていない土の道へと変わり、ガタゴトと重苦しい振動が絶え間なく身体を揺さぶっている。


 外の景色も、劇的な変化を遂げていた。


 王都の中央部を覆っていた、あの魔力制御による「異常な春の暖かさ」は嘘のように消え去っている。


 代わりに馬車の装甲の隙間から入り込んでくるのは、肌を刺すような純粋な「冬」の冷気だった。


 魔力による温風器などあるはずもなく、街道沿いの木々は完全に葉を落とし、冷たい雪が平原を白く染め上げている。


「寒いな……」


 毛布に包まりながら、俺は窓枠に肘をついて外を眺めた。


 王都の春と、地方の冬。


 その残酷なまでの貧富と魔力の差が、こうして物理的に移動してみると嫌というほど実感できる。


 王都の人間たちは、自分たちの足元が地方の犠牲の上に成り立っていることなど、微塵も気にせずに笑い合っているのだ。


 ジャイルズやロイドのような一部の例外を除けば、中央の官僚にとって前線とは単なる「数字のやり取り」をするだけの場所にすぎないのだろう。


 王都の中枢を蝕んでいた深刻なバグの数々は、ひとまずの応急処置(パッチ当て)を終えた。


 現場の痛みがわかるジャイルズたちが後を引き継いでくれたから、王都の物流や通信が再び完全にパンクすることはないはずだ。


 だが、問題の根本は解決していない。


 俺は膝の上に広げた鞄から、出発前にロイドから「道中の暇つぶしにでも」と託された分厚い羊皮紙の束を取り出した。


『東部方面軍・月間運用報告書』


 東部国境方面。王都から東へ遠く離れた、魔物群との継続交戦区域。


 そして現在、勇者一行が最前線として活動しているエリアだ。


 ロイドはこれを渡す時、少し呆れたような顔で言っていた。

『前線の連中は、何かにつけて些細なトラブルを大げさに報告してくる。予算や物資を余分に引き出すための、彼らなりの処世術ですよ』と。


 確かに、パラパラと報告書をめくってみると、そこに羅列されている内容は、王都で起きていたような大規模なシステムダウンに比べれば、地味で散発的なものばかりだった。


 ・二月十四日:第三砦の防衛結界が約三秒間、出力低下(瞬断)。直後に予備魔力で復旧。


 ・二月十七日:第一中継基地にて、自動搬送用の荷馬車三台が原因不明の魔力不足によりスタック。約十分後に再起動。


 ・二月二十一日:野戦治療院から王都への定時連絡パケットに欠損が発生。再送処理により事なきを得る。


 ・二月二十二日:東部索敵網の魔力ソナーが一時的なノイズを受信。機器の劣化と断定。


 どれも「軽微な不具合」として処理され、現場の保守担当者の練度不足や、機材の老朽化が原因だと結論づけられている。


 王都の安全な執務室でこれを見れば、いちいち取り合うまでもない「現場の愚痴」として処理したくなる気持ちもわかる。


 だが、俺は自前の手帳の別ページを開き、そこに書き出していた数字の羅列と、報告書のタイムスタンプを慎重に見比べた。


 手帳に書かれているのは、王都の広域転送ゲートや通信局がパンクしかけた、あの『X-01(勇者支援システム)』の異常な高負荷が発生した日時の記録だ。


「……やっぱりな。こんな偶然、あるわけがない」


 馬車の揺れに耐えながら、俺はペンで二つの記録に線を引いた。


 二月十四日、十四時〇五分。

 王都の通信局で、勇者の活動ログ生成により回線が九割占有された時刻。


 同時刻。東部第三砦にて、防衛結界の維持術式に三秒の「出力低下」が発生。


 二月十七日、十九時二十分。

 王都の迎賓館で、勇者不在時の「自動予熱」が最高出力で稼働し、水を吸い上げた時刻。


 同時刻。第一中継基地にて、一般兵用の自動荷車が魔力不足でスタック。


 一つや二つなら偶然かもしれない。


 だが、報告書にある数十件の「軽微なトラブル」の発生時刻は、そのすべてが王都で観測された「勇者特権の割り込み処理」のタイミングと、秒単位で完全に一致していた。


 システムエンジニアの直感が、背筋に冷たいものを走らせる。


 俺は頭の中で、このリネア王国の魔導インフラの構造図アーキテクチャを思い描いた。


 王都という巨大なサーバーから、東部国境へ向けて伸びる魔力と通信の幹線。


 勇者が最前線で何らかのアクションを起こすたび、その「絶対優先(X-01)」の要求は、幹線を通って王都へと飛ぶ。


 極太の優先データが、細い地方の回線を通過する時、何が起きるか。


「……弾き出されるんだ。同じ回線を使っている、一般兵向けの処理が」


 冷たい馬車の中で、俺は小さく息を吐いた。


 システムは、与えられた仕様通りに極めて忠実に動いているだけだ。

 『勇者に関する処理は、何があっても最優先で実行せよ』という、誰かが後付けした建前ルールを守るために。


 その結果、最前線で魔物と対峙している一般兵の「防衛結界」や、傷病兵を救うための「通信」が、システムによって強制的に一時停止ウェイトさせられている。


 ロイドたち王都の人間が「些細なトラブル」と呼んだものは、現場の兵士たちからすれば、いつ命綱が切れるかわからない「死と隣り合わせのバグ」だったのだ。


 王都の人間が悪意を持ってやっているわけではない。勇者自身もおそらく、自分たちの背後で何が起きているか知らないだろう。


 だが、誰も悪意を持っていなくても、間違った仕様は確実に人を殺す。


「……急がないと、本当に補給線が崩壊するぞ」


 俺は報告書を鞄にしまい、窓の外の雪景色を厳しい目で見つめた。


 *


 それから数日後。


 冷え切った身体の感覚も麻痺し始めた頃、装甲馬車の速度が落ち始めた。


 窓から外を覗き込むと、灰色の空の下に、丸太と土嚢で無骨に組まれた巨大な防壁が見えてきた。


 王都から送られる物資を一時的にプールし、前線の各砦や治療院へと振り分ける巨大なハブ。


 『東部方面第一中継補給基地』である。


「到着しましたぜ。……ひでえ有様だ。お客さん、足元に気をつけな」


 御者の言葉に促され、馬車を降りた俺の肺を、湿った冷気と、強烈な「泥と鉄と血」の匂いが叩いた。


 防壁の中、広大な荷捌き場として使われているはずの広場は、度重なる雪と兵士たちの往来によって、完全に底なしの「泥沼」と化していた。


 そして、その泥沼の中央で、信じられないほどの混乱が巻き起こっている。


「おい! 第三砦向けの医療品はどうした! もう丸二日遅れてるぞ!」


「無理です! 仕分け用の自動荷車オートカートが魔力不足で動きません! 手押しで運ぶしか……!」


「ふざけるな、この泥濘を手押しでどうやって進むんだ! 傷病兵が死ぬぞ!」


 雨よけの天幕の下には、泥にまみれた木箱や麻袋が山のように積まれ、もはや何がどこにあるのかすら判別できない。


 疲れ切った顔の兵士たちが、エラーの赤い光を吐いて沈黙したままの魔導機器を囲み、怒声と悲鳴を上げながら右往左往している。


 物資が足りないのではない。


 システムが正常に稼働しないせいで、目の前にある物資を「必要な場所へ動かすこと」ができないのだ。


 まさに、ロイドの報告書にあった「些細なトラブル」が積み重なって破綻した、物流の末路だった。


「……王都から来た、首席検査官のマナベ・シュウジです。ここの責任者は?」


 俺が近くの兵士に声をかけると、泥だらけの男が驚いたように振り返り、俺の左腕にある真紅の腕輪を見た。


「し、首席検査官!? 王都から本当に査察が……!? おい、ヴァンス隊長を呼べ!」


 やがて、奥の天幕から無精髭を生やした体格のいい男が歩いてきた。彼がこの基地の兵站管理を任されているヴァンス百人隊長らしい。


 だが、その目の下には濃いクマが刻まれ、俺に向ける視線には「警戒」と「諦め」が混ざっていた。


「……王都の検査官殿が、こんな泥まみれの辺境まで何の御用で? 帳簿の数字なら、毎月欠かさず王都へ送っているはずですが」


「帳簿の監査に来たわけじゃありません、ヴァンス隊長」


「では何です。見ての通り、現場は今、現場の怠慢ではなく『謎の魔力不足』で完全にパンクしています。我々は一分一秒を争っている。小言なら後にしていただきたい」


 ヴァンスが刺々しく言い放つ。


 無理もない。彼は王都の連中が「現場の怠慢だ」と机上で判断し、首を切るためにやってきたと思っているのだ。現場を知らない上層部からの視察ほど、忙しい現場にとって腹立たしいものはない。


「小言を言いに来たわけじゃありません。俺は数字ではなく、この基地の『仕様』を見に来ました」


「仕様……?」


「ええ。その後ろで止まっている、自動荷車のバグを直しに来たんです」


 俺は言いながら、泥濘の中で唯一、異様なほどスムーズに動いている「一団」に目を向けた。


 他のすべての一般物資が停滞し、兵士たちが手押しで泥まみれになりながら荷車を動かそうとしている大混乱の中で。


 一列の荷車だけが、青白い魔力の光を煌々と放ちながら、泥を跳ね除けて進んでいるのだ。


 その荷台に載っているのは、泥ひとつ付いていない真新しい白木の箱。


 俺は目を細め、静かに意識を集中させた。


『――差分解析(現仕様閲覧)、実行』


 視界が反転し、現実の風景の上に半透明のコンソールとタグ情報が浮かび上がる。


 周囲の一般物資の荷車が「魔力供給待ち(ウェイト)」の赤いエラーを吐いている中、その白木の箱だけが、絶対的な優先権を示すグリーンの光を放っていた。


【プロセスID:X-01(勇者遠征用・特別備蓄)】

【優先度:Absolute(絶対)】


 あろうことか、その白木の箱を載せた荷車は、進路を塞いでいた『第三砦向けの医療品』の入った木箱を、自動制御の力場フォースフィールドで「障害物」として泥の中へ無慈悲に弾き飛ばしながら通過していった。


「……隊長。あの白木の箱は?」


「……ああ、あれか。あれは勇者様御一行のための特別な物資だ。我々がいくら動かそうとしても指一本触れられん。ただ、システムが『最優先』だと判断した時に、こうして勝手に動き出す。……一般兵の薬を泥の中にぶちまけてでもな」


 ヴァンスが吐き捨てるように言った。


 俺は泥の中に突き落とされ、エラーを吐き続ける医療品の箱を見つめ、静かに息を吐いた。


 悪意はない。だが、ここにあるのは間違いなく「壊れた善意」だ。


 前線の人間を救うためのシステムが、勇者を特別扱いするという一点の仕様のために、現場を物理的に破壊して回っている。


「ヴァンス隊長。今から監査を開始します」


 俺は泥濘の中に足を踏み入れ、弾き飛ばされた箱の前に立った。


「まずは、あの『止まらない白木の箱』の権限を、一時的に凍結させます」

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