第22話 勇者制度の設計不良
王宮行政局の奥にある、防音結界が張られた秘密会議室。
そこには、王都の中枢を担う四人の男たちが集まっていた。
行政局長・ロイド。
物流部門の輸送管理官・グレアム。
武具管理室長・ジャイルズ。
そして、通信局長・バーナード。
普段なら管轄争いでいがみ合うことも多い彼らだが、今は皆一様に青ざめ、疲労困憊した顔で、部屋の正面に立つ一人の男――俺の言葉を待っていた。
「……さて。各部署の火消しは終わりました。ここからは『なぜこんなことになったのか』という根本原因の話をします」
俺は部屋の壁に設置された巨大な黒板(魔導石板)の前に立ち、白墨代わりのチョークを手に取った。
そして、石板の中央に丸を描き、その中に大きく『勇者支援システム(X-01)』と書き込んだ。
「結論から言います。この一ヶ月、あんたたちの部署で起きた未曾有のシステム障害は、すべてこの『X-01』というたった一つの仕様が引き起こしたものです」
俺は中央の丸から五本の線を放射状に引き、それぞれの先に部署名を書き込みながら説明を始めた。
「まず、グレアムさんの物流部門。ここでは、勇者の紅茶やタオルを送るために、地方の冬備蓄が弾き出され、翌日の転送枠まで過剰に自動予約されていました」
グレアムが苦虫を噛み潰したような顔で頷く。
「次に、ジャイルズさんの武具管理室。ここでは、勇者がポイ捨てした百本以上の疑似聖剣に対して、システムが永遠に修復用の魔力を送り続けていました」
ジャイルズが両手で顔を覆い、深くため息をつく。
「そして、バーナード局長の通信局。魔力の中身が止まっても、捨てられた聖剣は『通信の管』を開けっぱなしにし、地方からの緊急連絡を丸一日締め出しました」
「……そのせいで、通信設備が焼き切れそうになったのですよね」
バーナードが冷や汗を拭いながら呟いた。
「さらに、ロイド局長の行政局。武具が消費されるたびに自動生成された数万枚の事後報告書が、決裁システムにスパム攻撃のように叩き込まれ、窓口を完全に麻痺させた」
「……思い出したくもない」
ロイドが虚ろな目で宙を見つめる。
「最後に、先ほどの環境基盤。無人の迎賓館の風呂と暖房を、常に最高出力で維持させるため、下層区の飲み水と暖房が奪われた」
俺は五つの事象を線で結び、全体を一つの大きな円で囲った。
「あんたたち四人は、自分の部署のダッシュボードだけを見て『これはうちの部署のエラーだ』『地方の連中のせいだ』と思い込まされていた。……だが、こうして全体図を描いてみれば、構造は非常にシンプルです」
俺は石板をコンコンと叩いた。
「王国の魔導システム全体が、『勇者を支援する』というただ一つの目的のために、狂ったキメラに成り果てていた。……これが、この国を崩壊させかけた本当の病巣です」
会議室は、水を打ったように静まり返った。
四人の重鎮たちは、石板に描かれた「自国のシステムの全容」を前に、言葉を失っていた。
「真鍋殿……」
沈黙を破ったのは、ジャイルズだった。
「なぜ、こんなことになってしまったのだ。王宮の賢者様たちが、我々を……国を滅ぼすために、こんな悪意ある術式を仕組んだとでも言うのか?」
「いいえ。彼らに悪意はありませんでしたよ。あるのはただ『建前』と『無知』だけです」
俺はチョークを置き、四人を見回した。
「勇者制度は本来、一時的な非常措置として、様々な優先ルールを持たせるべきものです。魔王討伐という人類の存亡を懸けた戦いなのだから、勇者に最高の環境をリソース度外視で提供したいという『建前』は理解できます」
ここまではいい。システム開発でも、VIP用の最優先ルートを作ることはある。
「問題は、王宮の賢者たちが、その『緊急用の例外処理』を、『平時の恒久運用』としてシステムに固定化してしまったことです」
「例外処理の……固定化?」
ロイドが怪訝な顔をする。
「ええ。勇者のシステムには、三つの致命的な設計ミスがあります」
俺は指を三本立てた。
「一つ目は『上限の不在』。どれだけ魔力を消費しようが、どれだけ回線を占有しようが、システムにストップをかける安全装置がどこにも組み込まれていない。だから無限に予約し、無限に奪い続ける」
四人が息を呑む。
「二つ目は『期限の不在』。一度確保したリソースや通信の管を、自動で手放す仕組みがない。だから、捨てられた剣がいつまでも回線を占拠し続ける」
ジャイルズとバーナードが、顔を見合わせて顔をしかめた。
「そして三つ目。これが一番最悪です。『特例の横断適用』。……通常、一つの部署の優先権が、他部署のインフラを勝手に操作できる権限(ルート権限)を持つことはあり得ない。だが賢者たちは、勇者の『X-01』というタグに、物流、通信、装備、行政、環境……すべてのシステムを強制バイパスできる無敵の権限を与えてしまった」
俺は石板の『X-01』の文字を強く指差した。
「勇者が一つ剣を捨てれば、装備システムが動き、通信が塞がり、行政に書類が飛び、結果として物流と環境が割を食う。……現場のキャパシティを知らない人間が、トップダウンで『勇者を最優先しろ』という神の命令を強引に組み込んだ結果が、この設計不良です」
完璧なまでの論理。
感情論でも他責でもなく、システムと数字が証明する残酷な「現仕様」。
王宮の官僚たちは、返す言葉を持たなかった。
彼らは長年、現場で泥をすすりながら王国を支えてきた自負がある。だからこそ、自分たちが信奉していた「賢者たちの完璧な設計」が、実は現場をまったく無視した机上の空論であったことに、深く絶望していた。
「……我々は、勇者様を守るために、国を内側から食い殺そうとしていたのか……」
グレアムが、震える両手を見つめながら呟いた。
「真鍋殿」
ロイドが、血走った目で俺を見た。
「あなたは各部署を回り、パッチ(応急処置)を当てて王都の危機を救ってくれた。……だが、根本の『X-01』の仕様がこのままなら、いずれまた同じことが起きるのではないか?」
「その通りです。俺がやったのは、あくまで『対症療法』にすぎない。管を無理やり閉めたり、書類を自動で捨てたりして、表面上のパンクを防いだだけだ」
俺は厳しい表情で頷いた。
「王国の崩壊を止めるには、この設計不良の根幹――『X-01』の仕様そのものを見直し、適正な上限を設けなければならない。……ロイド局長、あんたたちから賢者会議に、このアーキテクチャの修正を上申できませんか?」
だが、その提案を聞いた途端、四人の顔が再び絶望に沈んだ。
「……無理だ」
ロイドが首を横に振る。
「真鍋殿の理屈は完璧だ。我々も、それが真実だと痛いほど理解した。……だが、王宮の賢者たちや上層部は違う。彼らは『建前』に生きる者たちだ。勇者様への支援を削るなどという提案を、ダッシュボードの表面的な数字しか見ない彼らが承認するはずがない」
「現場の危機を訴えてもですか?」
「『お前たちの努力が足りないからだ』と言われて終わりだろう。彼らにとって、勇者様を万全の状態で支援し続けることこそが、唯一無二の正義なのだから」
見事なまでのお役所体質だ。
現場がどれだけ悲鳴を上げても、トップダウンで決められた「聖域」にはメスを入れられない。確固たる証拠を見せても、彼らは「システムが間違っているはずがない」と現実を直視しないだろう。
「……建前の壁、というわけですか」
俺は小さく息を吐き出した。
どうやら、王都での書類仕事や口頭でのプレゼンだけで、この国のバグを取り除くことはできないらしい。
「真鍋殿。賢者たちを納得させるには、『勇者特権が実際に国を壊している』という、もっと決定的な……彼らが言い逃れできない物理的な証拠が必要だ」
ジャイルズが悔しげに拳を握る。
「言い逃れできない証拠、ね」
俺は再び『差分解析』を展開し、王都のメインサーバーから伸びる、最も太い『X-01』の魔力ラインを視界に映し出した。
その光の奔流は、王都から遥か東――魔物との最前線である「国境」へ向けて、今この瞬間も絶え間なく流れ続けている。
「……ジャイルズさん。今、勇者一行は東の湿地帯で連日戦闘中だと言いましたよね」
「あ、ああ。東部国境の防衛線で、強力な魔物の群れと交戦中のはずだ」
「王都のインフラがこれだけ狂っていたんです。その莫大な魔力と物資を『受け取っている側』の国境最前線が、何の影響も受けていないはずがない」
俺の言葉に、四人の重鎮がハッと顔を上げた。
「もし、勇者の過剰なリクエストのせいで、国境の防衛システム自体にエラーが起きているとしたら……それは、賢者たちも無視できない『最大の証拠』になりますね」
「ま、まさか真鍋殿……」
グレアムが息を呑む。
「ええ。俺の王都出張はここまでのようです。ルミナスのセルアスさんに、出張の延長を申請しないと」
俺は左手首の真紅の腕輪を撫でながら、不敵に笑った。
「行ってきますよ。その『国境』へ。勇者という最高のデバッガーたちが、どんな風に現場を壊してくれているのか、直接この目で確かめにね」




