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第19話 消える補給品

 王都、中央魔導局・南棟の通信フロア。


 ルミナス中継所にいるセルアスからの通信を切った俺は、深くため息をつきながら頭を掻いた。


「どういうことだ……? 発送データが100で、現物が80? 残りの20は空間の途中で消滅したというのか!?」


 通信局長とジャイルズが、血相を変えて俺に詰め寄ってくる。


 彼らにとって、空間魔法による転送事故は「中身の完全な消失ロスト」を意味する、最も恐ろしいインフラ災害だ。


「落ち着いてください。空間転送の途中で荷物が消滅するなんて、確率的にほぼゼロです。もしそんな重大なエラーが起きていれば、メインサーバーがとっくに緊急停止している」


 俺は冷静に返し、再び思考を巡らせた。


 データ上は「送った」ことになっている。しかし、現物は「届いていない」


 現代のネットワーク通信でも、これと全く同じ現象が起きることがある。いわゆる『パケットロス(通信喪失)』だ。


 だが、今回はただの電子データではなく「物理的な質量を持った荷物」だ。回線の途中でポロリとこぼれ落ちて、電子の海に消えるようなことは物理法則上あり得ない。


「送られたはずの物理的な荷物が、目的地に届かなかった。……だとすれば、荷物は『どこか別の安全な場所』に弾き出されて、そのまま保管されているはずだ」


「別の場所、だと?」


 ジャイルズが怪訝な顔をする。


「ええ。システムに『例外処理』が組み込まれているなら、ですがね。……ジャイルズ室長、それに局長。俺はもう一度、物流管理部門の中央転送室へ戻ります。あの傲慢なグレアム管理官に、もう一つ聞きたいことができた」


 数十分後。


 俺たちは再び、塔の地下にある「中央転送室」へと足を踏み入れていた。


「真鍋監査官……!? 今度は一体何の用ですか。おかげさまで、地方向けの転送キューは順調に消化されていますが……」


 徹夜明けで目の下に深い隈を作ったグレアムが、怪訝な顔で出迎えた。


 俺は単刀直入に切り出した。


「グレアム管理官。昨夜、ルミナス向けに送った冬備蓄のうち、20箱分の『高純度魔石』だけが現地に届いていません。心当たりは?」


「なっ……届いていない!? 馬鹿な、私のダッシュボードでは全量『発送完了』の印がついているぞ!」


 グレアムは慌てて机の上の水晶板を確認するが、やはりそこには緑色の文字で正常終了が記録されていた。


「その『発送完了』の印が押されるタイミングの問題ですよ。……転送ゲートに荷物を放り込んだ瞬間に印がつくのか、それとも、向こうのゲートから荷物が出たことを確認してから印がつくのか」


「そ、それは……当然、こちらのゲートに荷物を入れ、転送魔法陣が起動した瞬間に『発送完了』のステータスに切り替わる仕様ですが……」


 俺は呆れて天を仰いだ。


 最悪の『非同期処理』だ。


 相手が受け取ったかどうかを確認する前に、自分側の帳簿だけを「完了」にしてしまう。これでは、転送中に何らかのエラーが起きた場合、帳簿と現実にズレが生じるのは火を見るより明らかだ。


「原因が分かりましたよ。問題は『通信局のセッション詰まり』と『物流ゲートの仕様』の最悪なコンボだ」


 俺はメインの魔導水晶に歩み寄り、右手を置いた。


『差分解析』


 視界がモノクロームに反転し、物流システムの深層プログラムが展開される。


 俺は「昨夜のルミナス向け転送ログ」の中から、欠落した20箱分の魔石の処理をピンポイントで抽出した。


【現仕様:転送プロセスの確認】

 ※動作1:送信ゲートに荷物を格納。台帳ステータスを『発送完了』に更新。

 ※動作2:受信側ルミナスのゲートへ向けて、『受け入れ準備確認(ACK)』の通信を要求。

 ※警告:ルミナス側の通信ポートが【話しビジー】のため、確認通信がタイムアウト(時間切れ)しました。

 ※動作3:安全装置フェイルセーフが作動。空間内の荷物をロストさせないため、対象物を『例外処理保管庫デッドレター・キュー』へ強制退避させます。


「……やっぱりな」


 俺は視界を反転させたまま、ため息をついた。


「グレアム管理官。昨夜、あんたたちが荷物を送ろうとした時、ルミナス側の通信回線は、勇者の疑似聖剣のせいで完全に『話し中』になっていた。覚えてますね?」


「あ、ああ……。だからこそ、荷物とは別に送るはずの『目録データ』の送信が、今日の朝まで遅れていたわけだが……」


「その通信障害は、荷物の転送自体にも影響を与えていたんです。転送ゲートは、荷物を送る直前に『今から送るけど、受け取れるか?』という確認の信号を受信側に送る仕様になっている。だが、回線が塞がっていたせいで、ルミナスのゲートからの返事が数ミリ秒だけ遅れた」


 ネットワークにおける『ハンドシェイク(事前交渉)』の失敗だ。


 返事が来ないまま空間転送を実行すれば、荷物が虚空に消えてしまう危険がある。


 だからこそ、古代の賢者が作ったこのシステムには、非常に優秀な「安全装置」が組み込まれていた。


「システムは賢かった。返事が来ないことによる荷物のロストを防ぐため、転送処理を強制中断し、宙に浮いた荷物を『安全な別の場所』へと自動的に退避させたんだ。……ただ、それを管理側の台帳ダッシュボードに反映する術式が欠落していただけでね」


「た、退避させた!? では、その20箱の魔石は消滅したわけではなく、どこかにあるというのか!?」


「ええ」


 俺は水晶から手を離し、視界を元に戻した。


「グレアム管理官。この塔の地下……いや、もっと深い場所に、『例外処理保管庫(エラー退避エリア)』と呼ばれる特殊な空間倉庫がありませんか?」


 その言葉を聞いた瞬間、グレアムの顔がサッと青ざめた。


「まさか……『奈落のアビス・バッファ』のことか……!?」


「物騒な名前をつけているんですね」


「ち、違う! あそこは、転送中に破損した危険物や、呪いを受けた汚染物資を緊急隔離するための、絶対封印区画だぞ! そんな場所に、ルミナスの魔石が落ちたというのか!?」


「落ちたんですよ。システムにとって『返事がない荷物』は、すべてエラー品と同じ扱いですからね」


 俺たちはすぐさま、転送室のさらに奥にある、厳重な鉄格子で封鎖された昇降機へと向かった。


 グレアムが震える手で鍵を開け、地下深くへと降りていく。


 やがて辿り着いたのは、冷たく乾いた空気が漂う、広大な地下空間だった。


「これは……」


 同行していたジャイルズや通信局長が、絶句して立ち尽くした。


 そこには、ルミナスの冬備蓄だけではなかった。


 東部向けの小麦の袋、北部向けの防寒具、南部向けの医療用ポーション……。


 この一ヶ月間、通信障害のせいで『タイムアウト』と判定され、表の台帳からは「発送完了」として扱われながらも、実際には弾かれて退避させられていた王国中の荷物が、山のようにうず高く積み上がっていたのだ。


「これほどの物資が、人知れず地下に埋もれていたというのか……!」


 ジャイルズが信じられないという顔で呟いた。


「ええ。勇者の仕様が引き起こした通信障害は、見えないところで物流の首をも真綿で絞め続けていたというわけです」


 俺は積み上げられた木箱の山から、ルミナスの紋章が刻まれた箱を見つけ出した。


 中を開けると、冷たい輝きを放つ高純度の暖房用魔石が、無傷のままぎっしりと詰まっていた。これがあれば、貧民区の住民たちも確実に冬を越せる。


「グレアム管理官。原因は分かりました。現物もここにある。……あとは、これをもう一度正規の転送キューに乗せて、ルミナスへ送り直すだけです」


 俺がそう言うと、グレアムは青ざめた顔のまま、激しく首を横に振った。


「だ、ダメだ! それはできない!」


「できない? なぜですか。原因だった通信の詰まりは、先ほど俺が直しました。今なら正常に送れますよ」


「通信の問題ではない! ここは『絶対封印区画』なのだ!」


 グレアムは頭を抱え、絶望的な声を上げた。


「一度この区画に隔離された物資を外に出すには、『汚染がないことの証明』として、王宮行政局の【特級承認印】が必要になる! 我々物流部門の一存では、この部屋から小石一つ持ち出すことは許されない厳格な法規ルールなのだ!」


 俺は持っていた魔石を箱に戻し、深々とため息をついた。


 縦割り行政の弊害。


 システムで自動隔離されたものを人間が手動で引き上げるには、別の部署の「ハンコ」が必要になるという、現代日本でも腐るほど見てきたお役所仕事の極致だ。


「……なるほど。現場の裁量ではどうにもならない『権限の壁』というわけですか」


「そ、そうだ! 行政局に申請を出しても、特級承認が降りるまでには通常で一ヶ月……いや、下手すれば半年はかかる! 冬が終わってしまうぞ!」


 通信局長やジャイルズも、その絶望的な見通しに肩を落とした。


 魔力的な仕様は直せても、人間の作った「法律や行政ルールの仕様」は、そう簡単にはハッキングできない。


「一ヶ月も待てませんよ。ルミナスの連中が凍え死んでしまう」


 俺は地下倉庫の冷たい壁を見上げながら、自身の腕輪を撫でた。


「グレアム管理官。その『行政局』とやらのメインサーバーは、どこにありますか?」


「へ……? あ、行政局は王宮の東棟だが……ま、まさか、真鍋監査官。行政の承認プロセスまで『直す』つもりか!?」


「直すというか、裏道バイパスを探すだけですよ」


 俺はニヤリと笑った。


 通信のバグ、物流のバグ、装備のバグ。


 これらすべての根幹に「勇者の特権(X-01)」が絡んでいるのなら、行政の承認プロセスにだって、必ず『都合のいい抜け穴』が用意されているはずだ。


「行きましょうか。次は、王都の分厚い『お役所仕事の現仕様』を暴く番です」

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