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第18話 地方回線の悲鳴

 王都、中央魔導局・南棟。


 王宮通信局のフロアは、先ほどまでの歓喜から一転、絶望的なパニックへと陥っていた。


 ――ガンッ! ガンッ! ガガガガガガガッ!!


 巨大な吹き抜け空間に浮かぶ数百の受信用水晶が、激しい警告音と共に、血のような赤と白の明滅を繰り返している。


 水晶の表面には亀裂のような光が走り、空気中には魔力が焦げるオゾンの悪臭が充満し始めていた。


「送信キュー、限界突破! 王都から地方へ向かうデータ転送量が、規定値の三千パーセントを超えています!」


「地方都市側の受信設備から、緊急の悲鳴信号アラート! ルミナス、および東部三都市の通信水晶が、熱暴走を起こし始めています!」


 オペレーターたちの絶叫が飛び交う中、通信局長は頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「そんな馬鹿な! 回線の詰まりは解消したはずだろう!」


「詰まりが解消した『から』ですよ、局長」


 俺は、熱を持ち始めたメインサーバーの魔導水晶を睨みつけながら言った。


「昨日から丸一日、勇者のポイ捨てした疑似聖剣のせいで、地方からのデータは『話し中』でせき止められていた。……そのせき止められていた数万件の通信要求が、ドアが開いた瞬間に、一斉に王都のサーバーになだれ込んできたんです」


「なっ……! だが、王都のサーバーはそれに耐えているぞ!?」


「ええ、王都の中枢ここは頑丈ですからね。問題は『帰り道』だ。王都のシステムは、受け取った数万件のデータに対する『自動返信』や『承認の受領印』を、一切の待機時間なしで、一斉に地方へと送り返そうとしている」


 俺の言葉に、同行していた武具管理室長のジャイルズが青ざめた。


「そ、それは……! 王都の出力で数万件のデータを一気に叩きつければ、地方の小さな受信設備など……!」


「ええ。小さなバケツに、ダムの放水を直接ぶちまけるようなものです。今頃、ルミナスの代官所にある通信設備は、火を噴く寸前でしょうね」


 これが、現代のネットワークでもよく起きる「通信復旧直後の二次災害」だ。


 長時間の障害から復旧した直後、溜まっていたタスクがシステム内で一気に同時実行され、その過剰なトラフィック(通信量)が弱い部分の設備を物理的に焼き切ってしまう。


「おい、どうなっている! なぜ送信を止めない!」


 通信局長が、現場の主任オペレーターに怒鳴りつけた。


「だ、ダメです! 王都の送信術式には『待つ』というコマンドが存在しません! 『処理すべきデータがあれば、最大出力で即座に送る』という仕様です!」


「なんだその欠陥品は! 地方の水晶が砕け散ってしまうぞ!」


「け、欠陥ではありません!」


 主任オペレーターが、半ばパニックになりながら反論した。


「王宮のシステム設計書には、『王都の通信設備は絶対の強度を持つため、常に最大効率で処理すべし。遅延は許されない』とあります! 処理しきれずに火を噴くのは、地方の機材が安物で、受け入れ態勢が悪いからです!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず冷たい笑いを漏らしてしまった。


 ジャイルズや局長が、ビクッと肩を震わせて俺を見る。


「……真鍋、殿?」


「いや、あまりにも『王都の建前』らしい素晴らしい言い訳だと思ってね」


 俺はため息をつき、主任オペレーターを一瞥した。


「送信側の都合しか考えていない、典型的なクソ仕様だ。いいか? 通信ってのは『相手が受け取れて』初めて成立するものだ。相手の口に無理やりホースを突っ込んで、水圧で内臓を破裂させておいて『飲み込めないお前が悪い』と言い張るシステムを、欠陥品以外の何と呼ぶんだ」


「うっ……!」


 主任オペレーターが言葉に詰まる。


「ジャイルズ室長、それに局長。あんたたちが完璧だと信じている王都のシステムは、いつだってそうだ。『王都(自分たち)は絶対に間違えない』という傲慢な前提で作られているから、現場のキャパシティ(限界)を一切考慮しない」


 物流の転送ゲートの時もそうだった。


 勇者のシステムもそうだ。


 そしてこの通信インフラも。


 王都のシステムは、あまりにも強く、あまりにも一方的すぎるのだ。


「……批判は後でいくらでも受けよう! 真鍋殿、今はとにかく、地方の水晶が砕けるのを止めてくれ! これ以上、我々の傲慢で地方の民を苦しめるわけにはいかない!」


 ジャイルズが、元近衛騎士としての矜持をかなぐり捨て、必死の形相で叫んだ。


 その言葉に嘘はない。彼もまた、王都の建前に騙されていた被害者の一人だ。


「ええ、そのつもりです。ルミナスの機材が壊れたら、俺がセルアスさんに怒られますからね」


 俺は巨大な通信統括水晶の前に立ち、その熱を持った表面に両手を叩きつけた。


 目を閉じ、暴走する魔力の奔流の中へ意識を沈める。


『差分解析』


 視界が反転し、モノクロームの世界が広がる。


 そこは、まさに地獄のような光景だった。


 数万という膨大な光のデータが、王都の中央サーバーから、細い細い地方への回線めがけて、我先にと殺到している。


 押し合いへし合い、出口に詰まり、無理やり通り抜けようとした摩擦で、魔力のスパークがそこかしこで弾けていた。


【要求仕様】

 キュー(待機列)に存在するすべての送信データを、待機時間ゼロ(即時)で一斉送信する。

 ※受信側の負荷状態キャパシティは考慮しない。


【現仕様】

 ※警告:送信データ量(35,000件/秒)が、地方回線の物理限界(500件/秒)を大幅に超過。

 ※予測:あと40秒で、ルミナスを含む主要地方都市の受信水晶が熱膨張により物理的崩壊ロストを迎えます。


「あと40秒か。……上等だ」


 俺は視界の中で、暴走する光の束の「根本」――送信ゲートのバルブ(制御弁)に相当する術式を鷲掴みにした。


 やるべきことは、現代のネットワーク用語で言う『トラフィック・シェーピング(帯域制御)』、あるいは『流量制御レートリミット』だ。


 相手が受け取れるペースに合わせて、送り出すデータの量を意図的に絞ってやる。


「王都の馬鹿げた全開出力フルスロットルに、物理的な『リミッター』を噛ませる!」


 俺はシステムの中核に、新たなルールを強引に書き込んだ。


【追加仕様(ローカルパッチ:流量制御)】

 ※対象:地方都市向けの大規模連続送信処理。

 ※動作:即時の一斉送信を禁止する。データを500件ごとの『小さなチャンク』に分割し、受信側からの『受領確認(ACK)』を受け取るまで、次の塊の送信を一時停止ウェイトする。


「相手が飲み込んだのを確認してから、次の一口を食わせる。……子供の食事と同じ、一番確実で安全なやり方だ!」


 俺が最後のエンター(承認)を叩き込んだ、その瞬間。


 ――ギュゥゥゥゥン……!


 暴走していたメイン水晶の明滅が、急激にトーンダウンした。


 先ほどまで「ガンッ! ガンッ!」と狂ったように鳴り響いていた警告音がピタリと止む。


 代わりに、中央サーバーから地方へ伸びる光の線が、「トクン……トクン……」と、まるで心臓の鼓動のような、一定の穏やかなリズムを刻み始めた。


「……データ送信量、急減速! 異常なスパイク(突出)が消えました!」


「地方都市からのエラーアラート、解除されました! ルミナスの受信用水晶、温度低下……安定の緑色グリーンに移行しました!」


 オペレーターたちの報告がフロアに響き渡る。


 静寂を取り戻した通信局の中で、局長はその場にへたり込み、安堵の涙を流した。


「止まった……。水晶は、砕けずに済んだのですね……」


「ええ。データは消えていません。相手が安全に受け取れるペースで、少しずつ『順番待ち』をして流れるようにパッチを当てました。完了するまでに時間はかかりますが、機材が吹き飛ぶよりはマシでしょう」


 俺が水晶から手を離して肩を回すと、ジャイルズが深い感嘆の息を漏らした。


「……見事だ。建前に固執し、力任せに押し通すことしか知らなかった我々のシステムを、あなたは『相手を思いやる形』に書き換えてくれた」


「大袈裟ですよ。ただの現場の応急処置です」


 俺は小さく笑い、ふと、緑色に輝く水晶の一つに目を向けた。


「局長。流量を絞ったとはいえ、ルミナスとの回線自体はもう正常に繋がっているはずですよね? 少しだけ、音声通話を繋いでもらえませんか。現地の無事を確認したい」


「あ、はい! もちろんです。すぐにお繋ぎします!」


 オペレーターが手際よくコンソールを操作すると、ルミナス専用の水晶が淡く輝き、空中に見慣れた代官補佐の顔――眼鏡をかけたセルアスのホログラムが浮かび上がった。


『……ザーッ……シュウジ殿。聞こえますか。こちらはルミナスの北側転送中継所です』


 セルアスの声は、ひどく疲労していた。


 彼の背後では、まだ少し煙を上げている通信機材と、それに水魔法をかけて冷やしているリゼットたちの姿が見える。


「聞こえますよ、セルアスさん。機材が燃えなくてよかった」


『まったくです。突然通信が回復したと思ったら、機材が熱暴走を始めて死ぬかと思いましたよ。……あなたがいなければ、今頃この部屋は吹き飛んでいたでしょう。王都でのご活躍、感謝いたします』


「とりあえず、これで王都からルミナスへの物流ゲートも、通信回線も正常に復旧しました。冬備蓄の到着も確認できているはずだ。……バルト親父の機嫌も直りましたか?」


 俺がそう尋ねると、セルアスの表情が、ふっと険しいものに変わった。


 ホログラム越しの彼が、手元の分厚い羊皮紙の束――王都から送られてきたばかりの『正式な積荷目録データ』を見つめている。


『……いえ。それが、新たな問題が発生しました』


「新たな問題?」


『通信が復旧し、中継所の端末に届いた「正確な発送データ」と、今まさにゲートから出てきた「現物の数」を突き合わせてみたのです。……結果として、バルトが今、再び激怒して大暴れしています』


 嫌な予感がした。


 物流システムは俺がパッチを当てて、確実に全量を送り出したはずだ。


「数が、合わないんですか?」


『ええ。王都の通信データによれば、間違いなく「100」の冬備蓄が発送されています。……しかし、ルミナスのゲートから出てきた現物は「80」しかなかった』


 通信局のフロアが、水を打ったように静まり返った。


『残りの「20」の物資が……転送ゲートの空間のどこかで、跡形もなく消え去っているのです。それも、最も高価で重要な「高純度の暖房用魔石」ばかりが、狙いすましたように』


「……空間の途中で、消えた?」


 俺は眉をひそめ、背後のジャイルズたちを振り返った。


 彼らもまた、信じられないという顔で首を振っている。転送ゲートの途中で荷物が消滅するなど、空間魔法の理論上あり得ないことだからだ。


 通信の詰まりが解消されたことで、ようやく見えてきた「本当の数字」。


 建前上のデータと、現場の物理的な現実が、再び致命的なズレを引き起こしている。


『シュウジ殿。王都のシステムが正常だというなら……この消えた物資は、一体どこへ行ったのでしょうか』


 セルアスの問いかけに、俺は自身の左手首で鈍く光る赤い腕輪に触れた。


 勇者のシステムによる回線パンクは、ただの「前座バグ」にすぎなかったのかもしれない。


 この国のシステムには、俺たちがまだ気づいていない、もっと悪質で、もっと深く入り組んだ「仕様」が隠されている。


「……分かりました。セルアスさん、消えた物資のリストを送ってください。俺が必ず、現仕様からくりを暴き出します」


 首席検査官の王都出張は、どうやらまだしばらく終わりそうになかった。

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