第17話 切れていない接続
王都、中央魔導局・南棟。
この国のあらゆる情報伝達を担う「王宮通信局」のフロアは、まるで戦場のような有様だった。
巨大な吹き抜けの空間には、地方都市との通信を繋ぐための「受信用水晶」が何百個と宙に浮いている。
だが、その大半は不吉な赤色に明滅し、沈黙を保っていた。
「ダメです! ルミナス、および東部三都市からの定期連絡、依然として繋がりません!」
「北部防衛線からの緊急回線も『話し中』のままです! 空き回線ゼロ、すべて弾かれます!」
数十人のオペレーターたちが悲鳴を上げながら、手元のコンソールを必死に操作している。
俺を案内してきた武具管理室長のジャイルズは、その凄惨な光景を見て言葉を失っていた。
「な、なんだこれは……。王都の通信局が完全に麻痺しているではないか」
「ジャイルズ室長! それに、そちらは……?」
血走った目でフロアを飛び回っていた通信局の責任者――恰幅の良い白髪の局長が、俺たちに気づいて駆け寄ってきた。
「ルミナス特別領・首席検査官の真鍋修司です」
俺は簡潔に名乗り、宙に浮く真っ赤な水晶群を見上げた。
「……局長。地方からの通信エラーが増え始めたのは、勇者が出発した一ヶ月前くらいからじゃないですか? そして完全に繋がらなくなったのが、ここ数日だ」
「な、なぜそれを!? ……おっしゃる通りです。最初は少し回線が重い程度だったのですが、徐々に『話し中』で弾かれる頻度が増え、昨日の朝、ついに全回線が埋まって完全停止したのです。ハードウェアの破損はありません。地方の連中が、無駄話で回線を占有しているとしか……!」
「地方のせいじゃないですよ。典型的な『コネクションリーク(接続漏れ)』だ」
俺は即座に否定した。
この王都の役人たちは、ダッシュボードが緑色なら「問題ない」と言い張り、赤色になれば「地方が悪い」と責任を押し付ける。その建前の構造は、どの部署でも同じらしい。
「案内してください。大元のメインサーバー――通信統括水晶を見せてもらいます」
俺の腕で鈍く光る真紅の腕輪(外れ召喚者の証)を見て、局長は一瞬顔をしかめたが、同行しているジャイルズの「言う通りにしろ」という切羽詰まった視線に押され、渋々とうなずいた。
フロアの最奥に鎮座する、ひときわ巨大な通信統括水晶。
俺はためらうことなくその表面に手を置き、意識を沈めた。
『差分解析』
視界がモノクロームに反転する。
怒号と喧騒が消え、水晶を中心に張り巡らされた「通信のパイプ」が、無数の光の線となって浮かび上がった。
【要求仕様】
地方都市の魔導局と王都を結び、音声および書類データの送受信を行う。
回線容量(ポート上限):最大1000セッション。
【現仕様】
現在、王都の通信ポートを占有している接続を確認。
※警告:全1000ポートのうち、950ポートが特定の優先通信によって永続的に占有されています。
※占有元タグ:『X-01(勇者支援・装備管理システム)』
「……やっぱりな。ビンゴだ」
俺は視界を反転させたまま、ため息をついた。
王国の通信回線の95%を埋め尽くしているのは、ルミナスの代官所でも、北部の防衛線でもない。
先ほどジャイルズの部署で確認した、「道端にポイ捨てされた145本の疑似聖剣」や「沼に沈んだ盾」たちだ。
「局長。この国の通信回線は、最大で同時に1000個の『管』を繋げる仕様ですね?」
「は、はい。いかに王国といえど、長距離の魔導通信には限界があります。だからこそ、一つの通信が終わればすぐに管を空け、次の通信に譲るというルールで運用しているのですが……」
「その『管』を、勇者のポイ捨てしたゴミが950個も独占しています」
「は……? ご、ゴミ……?」
局長が素っ頓狂な声を上げた。
俺は傍らに立つジャイルズに視線を向けた。
「ジャイルズ室長。先ほどの武具管理室で、『勇者が剣を紛失した際、システムが新しい剣を複製錬成している』と言いましたね」
「あ、ああ……」
「あれ、本物の国宝を丸ごと複製しているわけじゃないでしょう? そんなことをすれば一瞬で王都の魔力庫が空になる。実際は、勇者がその辺で拾った普通の鉄剣や石の棍棒に対して、王都のシステムから常時接続で莫大な魔力を流し込み、無理やり『聖剣と同等のステータス』を付与しているだけだ」
ジャイルズが目を見開き、息を呑んだ。
図星だ。システム屋の視点で見れば、国宝そのものの物理複製などコストが高すぎて不可能に近い。
「その『疑似聖剣』のステータスを維持するために、勇者のシステムは、王宮の通信回線を強制的に確保し、絶対に切断しない仕様になっている」
「そ、そんな馬鹿な! しかし、勇者様一行の装備だけで、950もの回線が埋まるはずが……!」
「勇者たちが装備を『使い捨て』にしているからです」
俺の言葉に、ジャイルズがビクッと肩を震わせ、気まずそうに目を逸らした。
「彼らが森や沼に捨てた古い疑似武器の数は、この一ヶ月で二百を超えています。さらに最悪なことに、勇者の『X-01』システムは、遅延を防ぐために武具一つにつき【多重回線(冗長化)】を組んでいる。一つの武具が、通信の管を四本も五本も同時に占有しているんですよ」
ポイ捨てされた数百の武器が、それぞれ最優先の特権で何本もの太い通信パイプを確保し、ドアを開けっぱなしにして鎮座している。
勇者が剣を捨てるたびに、王都の通信枠が数個ずつ削られていく。それが一ヶ月間降り積もった結果が、この「徐々に回線が重くなり、昨日ついに1000枠を使い切った」というセッション詰まりの正体だ。
しかも、先ほど俺が当てたパッチによって「中身の魔力」はもう流れていない。
データが何一つ流れていない「空っぽの管」が、王国の通信インフラを完全に詰まらせているのだ。
「そんな……! では、地方の代官たちが『話し中』で弾かれていたのは……」
「ええ。勇者の捨てた割り箸が、VIPルームを貸し切ったまま帰らないせいです」
真実を知った局長は、わななきながらその場に崩れ落ちた。
地方からの緊急通信――魔物の襲撃や、物資の要請といった人命に関わるデータが、空っぽのVIPルームのせいで門前払いを食らっていたのだから、無理もない。
「真鍋殿……!」
ジャイルズが、縋るような目で俺を見た。
「すまない、私が……我々が完璧だと信じて疑わなかった王宮の制度が、これほど現場を壊していたとは……。どうか、直してはもらえないだろうか!」
プライドの高かった元近衛騎士が、深々と頭を下げる。
俺は小さく息を吐き、水晶のコンソールに向き直った。
「直しますよ。それが俺の仕事ですから」
原因が分かれば、対処は難しくない。
システムに「ドアを閉める権利」を与えてやればいいだけだ。
「通信局長。俺の権限で、通信サーバーの基盤に新しいパッチを当てます」
【追加仕様】
※対象:王宮通信局の全ポート。
※条件:接続中の回線において、データの送受信(魔力のパケット移動)が『5分間』連続でゼロだった場合。
※動作:該当の接続を【タイムアウト(強制切断)】とし、回線ポートを強制的に解放する。
「……よし。これで、中身の流れていない空っぽの管は、五分経てば自動的に掃除される」
俺が承認のルーンを叩き込んだ、その瞬間だった。
――ピィィィィィィン!!
通信局の巨大な吹き抜け空間で、一斉に澄んだ電子音が鳴り響いた。
不吉な赤色に染まっていた何百個もの「受信用水晶」が、次々と鮮やかな緑色に反転していく。
「回線、空きました!」
「ポート解放率、95パーセント! 空き回線が確保されました!」
オペレーターたちの歓喜の声が上がる。
俺の当てたタイムアウト処理によって、勇者のゴミが不法占拠していた空の回線が一掃されたのだ。
「おおお……! 繋がった、ついに繋がったぞ!」
局長が涙ぐみながら、緑色に輝く水晶を見上げた。
「これで、ようやく地方からの連絡が受け取れます! 監査官殿、本当に、本当になんとお礼を申し上げれば……!」
「礼はいいですよ。これで俺も、ルミナスに帰って温かい飯が食え――」
俺が肩の力を抜いた、次の瞬間。
――ガンッ! ガンッ! ガガガガガガガッ!!
緑色に戻ったはずの数百の受信用水晶が、突如として狂ったように明滅を始め、激しい警告音を鳴らし始めた。
「な、なんだ!? 今度は何が起きた!」
ジャイルズが耳を塞ぎながら叫ぶ。
「局長! ち、地方回線からのデータ受信量が異常です! 限界突破しています!」
コンソールに張り付いたオペレーターが、悲鳴のような報告を上げた。
「昨日から丸一日、通信を『話し中』で弾かれ続けていた地方都市のデータが……回線が復旧した瞬間に、一斉に送信処理を再開しました! その数、なんと数万件!」
俺は舌打ちをした。
完全に失念していた。「詰まっていた排水溝」を一気に開ければ、せき止められていた水が津波となって押し寄せるのは当然の理屈だ。
「局長、受け入れ側のバッファ(記憶容量)は足りるか!?」
「無茶です! 王都の受信設備は頑丈ですが、送信側の……地方都市の通信設備が、この急激な連続送信の負荷に耐えきれません! このままでは、地方の回線が文字通り『焼き切れ』てしまいます!」
王都のシステムが引き起こした不具合のツケが、今度は弱い「地方の現場」へと牙を剥いた。
通信回線は繋がった。だが、その回線を流れる異常なデータの奔流が、ルミナスを含む地方インフラを物理的に破壊しようとしている。
「……休ませてはくれないらしいな、この国の仕様は」
俺は水晶の放つ赤い警告光を睨みつけながら、再び『差分解析』の視界を深く沈み込ませた。




