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第16話 返されない装備

 王都、中央魔導局。


 その西棟に位置する「王宮武具管理室」は、神聖な静寂に包まれていた。


 壁一面には、見上げるほどの高さまで無数のガラスケースが並び、その中には国宝級の剣や槍、輝く魔法の鎧が鎮座している。


 だが、俺の視線はそれらの美しい武具ではなく、部屋の中央に置かれた「装備管理用」の魔導水晶に向けられていた。


「――つまり、勇者一行が持っている『聖剣』や『聖鎧』のメンテナンス魔力が、地方のインフラを圧迫していると、そう言いがかりをつけに来たわけですか」


 腕を組み、冷ややかな視線を送ってくるのは、王宮武具管理室の室長であるジャイルズだ。


 かつては近衛騎士だったという屈強な体格の男で、その顔には「神聖な武具を扱う自分たち」への強い自負と、地方の監査官である俺への明確な見下しが刻まれていた。


「言いがかりではありません。昨夜、物流の転送システムを監査した際、勇者の装備品へ向けて、王国の各地方から常時接続で膨大な魔力が吸い上げられているログを確認しました」


 俺は持参した羊皮紙のデータをジャイルズのデスクに置いた。


「ルミナスを含む地方都市では、現在、魔力不足によるインフラの機能低下が起きています。勇者の装備品が、どれだけの魔力を消費する『仕様』になっているのか、大元のサーバーを確認させてください」


「ふん。セルアス様の推挙とはいえ、戦闘もできない外れ召喚者に、聖なる武具の仕組みが理解できるとは思えませんがね」


 ジャイルズは鼻を鳴らしながらも、渋々といった様子で俺を魔導水晶の前へと案内した。


「いいでしょう。教えて差し上げます。勇者様に貸し出されている『聖剣』は、ただの鉄の塊ではありません。使い手の疲労を癒し、刃こぼれを自動で修復し、常に最高の切れ味を保つ。そのための魔力を、王国全土の魔導炉から少しずつ間借りしているのです」


 ジャイルズの言葉は、実に誇らしげだった。


 要するに「魔導ネットワーク経由で、自動修復とメンテナンスが行われるスマート兵器」というわけだ。


「なるほど。理屈は分かります。ですが、数人の人間が装備している武具の自動修復に、都市一つの水圧が下がるほどの魔力が必要になるとは思えません」


「それは、勇者様がそれだけ激しい戦いに身を投じておられる証拠です! 世界を救うための聖戦に必要な魔力を『無駄』だと切り捨てるおつもりか!」


「誰も無駄だとは言っていません。『計算が合わない』と言っているんです。……どいてください、直接見ます」


 俺は憤慨するジャイルズを軽く手で制し、巨大な魔導水晶のコンソールに右手を置いた。


 勇者のシステムには、すべて『X-01』という最優先の特権タグが付与されている。


 物流システムを食い潰していたのと同じそのタグが、この装備管理システムでどのような悪さをしているのか。


 目を閉じ、意識を水晶の奥深くへと沈み込ませる。


『差分解析』


 ふっと、視界がモノクロームに反転した。


 静謐な武具管理室の風景が消え去り、水晶を中心に張り巡らされた膨大な魔力のネットワークが、光の線となって網膜に浮かび上がる。


【要求仕様】

 勇者に貸与された『聖剣』および『聖鎧』に対し、王国の魔導網から自動修復用の魔力を常時供給し、常に耐久度100%を維持する。


【現仕様】

 現在、王国の魔導網から魔力供給を受けている対象オブジェクトを確認。

 ※対象:『聖剣(X-01)』

 ※稼働数アクティブ:145本。


 ※対象:『聖鎧(X-01)』

 ※稼働数アクティブ:42着。


 ※対象:『聖盾(X-01)』

 ※稼働数アクティブ:88枚。


「…………は?」


 俺は思わず、間抜けな声を漏らしてしまった。


 あまりの数字の異常さに、二度、三度とログの集計をリロードするが、結果は変わらない。


「ジャイルズ室長」


 俺は視界を反転させたまま、背後に立つ屈強な男に問いかけた。


「勇者ってのは、阿修羅か何かですか? 腕が百本くらい生えている?」


「な、何を馬鹿なことを! 勇者様方は貴様や我々と同じ、れっきとした人間であらせられるぞ!」


「じゃあ、この数字はどういうことだ。今、この王都のシステムから『使用中(稼働状態)』として魔力供給を受けている聖剣の数が、145本もある」


「……百、四十五……だと?」


 ジャイルズの顔から、一瞬で血の気が引いた。


「そんな馬鹿な! 聖なる武具は、王家に伝わる唯一無二の国宝だ! 勇者様お一人につき一振りしか貸し出していない! いくらなんでも百本以上の聖剣が存在するわけがないだろう!」


「ですが、システム上は145本の聖剣が『勇者に装備されている』と認識され、地方の魔力炉から修復用の魔力を吸い上げ続けています。……鎧が42着、盾に至っては88枚だ」


 俺は視界に展開された魔力の『行き先』をさらに深く追跡した。


 145本の聖剣へ向かって伸びる、光の線。


 その線の行き先は、勇者が現在いるという最前線の湿地帯だけではなかった。


 一つは、王都から東へ向かう街道沿いの森の中。


 一つは、どこかの底なし沼の中。


 一つは、討伐を終えたはずのダンジョンの最下層。


 そして数十本は、勇者のパーティーに随行している「荷物持ち」の四次元収納袋アイテムボックスの中。


 あちこちの風景に散らばる、打ち捨てられた聖剣たちの姿が見えた瞬間、俺の頭の中で全ての論理がカチリと音を立てて繋がった。


「ジャイルズ室長。この装備管理システムには、『紛失時の緊急代替機能』みたいなものが付いていませんか?」


「え? あ、ああ。万が一、戦闘中に聖剣が完全に破壊されるか、ロストしてしまった場合のみ、王国の魔力庫から莫大なリソースを削って『国宝の完全複製クローン』を前線へ錬成・転送する術式が組み込まれているが……」


「原因はそれだ」


 俺は深く、重いため息をついた。


「召喚された勇者たちからすれば、その聖剣は『無限に補充できる使い捨ての武器』なんだよ」


「なっ……つ、使い捨てだと!?」


 現代のゲームに慣れ親しんだ者なら、誰もがやる行動だ。


 『耐久度が減ったら、インベントリから新しい武器を出す』。彼らはただ、その感覚で息をするようにシステムを利用しているだけなのだ。


「彼らには『X-01』という無限の引き出し権限がある。戦闘中に聖剣の刃が少しでも欠けたら、わざわざ魔力でゆっくり修復されるのを待つと思うか? ……否だ。彼らはその場で古い剣を投げ捨てて、システムに『武器を紛失した』と報告し、新しい剣をノータイムで錬成させているんだ」


「そんな……馬鹿な! 国宝の複製錬成には、都市一つを数日賄えるほどの魔力が要るのだぞ! それを、少し刃こぼれしただけで投げ捨てて……新しいものを!?」


 ジャイルズが信じられないという顔で後ずさった。


 王国の設計思想(建前)では、国宝を捨てるなどあり得ない。だから、システム上には「古い剣の接続を解除する」というプロセスが用意されていなかった。


「結果として、勇者が森に捨てた剣も、沼に沈んだ剣も、システム上はすべて『現在使用中の国宝』として認識され続けている」


 そして、律儀な王国のシステムは、沼の底で錆びていく剣に対して「刃こぼれを直さなければ!」「魔力を送らなければ!」と、王国全土から莫大な魔力を絞り出し、送り続けていたのだ。


 ルミナスの住民が冷たい水で震え、暗い夜道を歩かされていた原因。


 それは、勇者が道端にポイ捨てした「145本の使い捨て武器」を、自動研磨するための魔力だったというわけだ。


「ああ……あああ……っ!」


 ジャイルズはその場に崩れ落ち、頭を抱えて呻き声を上げた。


 誇り高き武具管理室長にとって、自らの管理する国宝がその辺の沼にポイ捨てされ、あまつさえ量産品のように扱われているという現実は、あまりにも受け入れがたい精神的ダメージだったのだろう。


「悲しんでいる暇はありませんよ、室長。このまま放置すれば、王国中の魔力がゴミの修復に吸い尽くされる」


 俺は容赦なく告げ、再び魔導水晶のコンソールに向き直った。


 やるべきことは一つだ。


 この『返されない装備』たちに対する、魔力供給の強制シャットダウンである。


「俺の権限で、一時的なパッチ(追加仕様)を当てます」


追加仕様ローカルパッチ

 ※対象:『X-01』タグの付与された全装備品。

 ※条件:直近24時間以内に、使い手の魔力波形バイタルとの連動が確認できない、あるいは物理的な移動(加速度)が検知されない場合。

 ※動作:該当オブジェクトのステータスを【稼働状態】から【非稼働・紛失ロスト】へ強制変更し、自動修復用の魔力供給を完全に遮断する。


「……よし。これで、勇者の手元を離れて放置された装備には、一切の魔力が行かなくなる。新品を錬成して使うなら、その一本にだけ魔力が注がれる真っ当な仕様だ」


 俺が承認のルーンを叩き込んだ瞬間。


 武具管理室の巨大な水晶が、パッと明るい緑色の輝きを取り戻した。


 同時に、水晶の周囲に表示されていた「地方からの魔力流入量」を示すメーターが、恐ろしい勢いで正常値ゼロに向かって急降下していく。


「魔力の無駄遣いが……止まった……?」


 放心状態のジャイルズが、震える声で呟いた。


 ダッシュボードの表面では、赤く表示されていた145本の聖剣のうち、実に144本のステータスが灰色(非稼働)に切り替わり、沈黙していた。


「ええ。これでルミナスの水道や照明も、本来の出力を取り戻すはずです」


 俺は小さく息を吐き、水晶から右手を離そうとした。


 だが。


『――警告。魔力供給は遮断されました。しかし、対象との【空間セッション】は維持されています』


 視界の端に点滅したエラーメッセージに、俺は思わず眉をひそめた。


「……なんだ?」


 俺は再び『差分解析』の解像度を上げ、ステータスが灰色になったはずの「捨てられた聖剣」たちを注視した。


 たしかに、魔力という「中身の水」はもう流れていない。


 だが、王都のサーバーから地方の沼底に沈む剣へ向けて繋がれた、見えない魔力回線――「通信のパイプ」そのものは、未だにぶつりと切れることなく、空っぽのまま繋がり続けていたのだ。


「中身の魔力を止めても、接続セッション自体が解除されない……?」


 俺の背筋に、嫌な汗が伝った。


 物流ゲートの「予約枠」の時と同じだ。


 勇者の『X-01』という特権は、一度繋いだ回線を「絶対に手放さない」という、狂気じみた粘着性を持っている。


 もし、この空っぽのパイプが、王国中の通信網ネットワークのポート(接続口)を占有し続けているとしたら。


「……ジャイルズ室長。王都と地方を結ぶ『行政の魔導通信』で、最近エラーは起きていませんか?」


「……え? あ、ああ。そういえば昨日から、地方代官所との緊急通信回線が『話し中』のまま繋がらないと、行政官が騒いでいたが……」


 最悪の予感は、いつもこういう時に当たる。


 魔力の枯渇は防いだ。だが、システムを圧迫する『切れていない接続』という亡霊が、今度は王国の神経網そのものを麻痺させようとしていた。

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