第15話 予約枠の亡霊
王都、中央魔導局の地下に広がる中央転送室。
俺が勇者の自動補給システムに対して「おまとめ梱包(バッチ処理)」のパッチを当ててから、一夜が明けた。
数秒おきにゲートを開閉させていた異常な負荷は消え去り、ルミナス向けの冬備蓄を含む滞留貨物は、深夜の間に無事その大半が送り出された。
徹夜でシステムの監視に付き合わされた輸送管理官のグレアムは、執務室の豪奢なソファではなく、現場の硬い丸椅子の上で死んだように眠っている。
だが、俺の「首席検査官」としての仕事は、まだ終わっていなかった。
システム開発の鉄則として、一つの致命的なエラー(バグ)の裏には、往々にして別の不具合が隠れているものだからだ。
そしてその予感は、早朝の転送業務が始まる時刻になって、最悪の形で的中した。
「ふざけるな! 朝一番に並んだのに『本日の枠は終了』だと!?」
「どういうことだ! 昨夜のうちに滞留は解消したと聞いたぞ!」
分厚い防音扉の向こう、地上階の荷受けフロアから、凄まじい怒号が地下まで響いてきた。
朝一番から「本日の枠は終了」と告げられ、激怒している各都市の輸送業者たちだ 。
「も、申し訳ありません! ですが、本当に今日の転送枠はもう『満杯』でして……!」
現場の窓口を担当する若い管理兵が、泣きそうな声で必死に謝罪している。
どうにか現場判断で乗り切ろうとしているが、枠不足の根本原因が分からず、完全に疲弊しきっていた。
目を覚ましたグレアムが、血相を変えて転送室のダッシュボード(水晶板)に駆け寄った。
「ば、馬鹿な! 昨日の夜、あんなに荷物を捌いたではないか! なぜ今日の転送枠がもう上限に達しているのだ!」
水晶板には、たしかに『本日のゲート稼働容量:100%予約済み』という絶望的な赤いルーンが点灯していた。
グレアムは信じられないという顔で、俺と現場主任を交互に見た。
「おい、どうなっている! お前たちが何かおかしな操作をしたんじゃないのか!」
「俺たちは何もしていませんよ」
俺は静かに首を振り、巨大なメインサーバー(魔導水晶)の前に立った。
「ただ、このシステムには『昼間には見えない処理』が仕込まれていた。……それを今から確認します」
俺は水晶の表面に右手を置き、意識を深く沈み込ませた。
『差分解析』
視界がモノクロームに反転し、無数の光の線が網膜に浮かび上がる。
俺がアクセスしたのは、リアルタイムの通信ログではなく、システムが日付を跨ぐ瞬間に実行した「夜間更新ログ」だ。
昼間には存在しない不可解な処理の痕跡が、そこで赤黒い光を放っていた 。
【現仕様・日次バッチ処理(深夜0:00実行)】
※動作:翌日分の全転送リソースの60%を『特例タグ:X-01(勇者支援)』の専用枠として強制予約。
※警告:この予約枠は、他都市からの一般申請をすべて弾き飛ばして最優先で確保される。
「……なるほど。これが『予約枠の亡霊』か」
俺は深くため息をついた。
昨夜、俺が当てたパッチはあくまで「リアルタイムの小口転送」をまとめるだけのものだ。
だがこのシステムは、それとはまったく別の場所で、翌日分の転送枠を前夜のうちに半分以上、自動で『予約済み』にしていたのだ 。
「グレアム管理官。原因が分かりましたよ」
俺は視界を維持したまま、背後の管理官に告げた。
「このゲート、毎晩深夜の0時になった瞬間に、翌日分の全転送枠の六割を『勇者の遠征用』として自動で先取り予約しています」
「なっ……六割だと!? 勇者様一行の補給だけで、王国の全物流の半分以上を占有するというのか!」
「ええ。本来なら、緊急の遠征物資を確実に届けるための『前夜確保』の術式だったんでしょう。だが、それが平時にも常時発動するように放置されていた」
システムの「例外対応」が引き起こす、典型的な負の連鎖だ。
一度作られた「絶対に枠を確保する」という強い権限が、誰も解除しないまま日々の自動処理に組み込まれ、現場の首を絞め続けている。
「しかも、一番の問題はそこじゃありません」
俺はさらに深い階層のロジックを展開した。
「この予約枠……もし勇者が『今日はそんなに物資を使わなかった』場合、余った枠はどうなると思います?」
現場主任が、ハッとした顔で顔を上げた。
「ま、まさか……!」
「そのまさかです。使われなかった予約枠は、当日中に一般枠へ開放されることはない。ただ『勇者のために予約されている』という状態のままロックされ、その日の終わりに未使用のまま破棄される仕様になっています」
「なんだと……!?」
グレアムが絶句した。
「では、我々が毎日『枠がない』と地方の業者を追い返していた裏で、ゲートの半分は……何も送らないまま、ただ空回しされていたというのか……?」
「そういうことです。地方の代官所は、この予約の存在すら知らされていなかったはずだ」
完全な設計不良だ。
いや、設計不良というより、継ぎ足し運用の成れの果てと言うべきか。
「勇者を最優先する」という一点のみに特化しすぎた結果、誰も止められない「予約枠の亡霊」が、この国の物流を虚無へと捨て続けていたのだ。
「か、監査官殿! どうすればいいんですか!」
現場主任が縋るような目で俺を見た。
「この予約術式を消すことは……!」
「できません。俺にそんな上位権限はないし、無理に消せば王宮の防衛機構が作動する」
絶望に染まる現場主任。
だが、俺は水晶から手を離さず、ニヤリと笑った。
「予約そのものは消せない。だが、『予約の扱い方』を変えることはできる」
俺は水晶のプログラムに、新たな『条件分岐(If文)』を割り込ませた。
予約の仕組みそのものは否定しない。だが、その硬直した運用に、現場の知恵で柔軟性を持たせる。
「現場主任。あんたたちに『不正な裏技』を使わせる気はない。これはあくまで『使われていない枠の再利用』だ」
【追加仕様(暫定運用パッチ)】
※対象:『特例タグ:X-01』によって予約された待機枠。
※動作:該当の予約枠が「一定時間(例えば6時間)」経過しても使用されなかった場合、その枠のロックを一時的に解除する。
※再配分:解除された枠は、待機中の一般便(地方の冬備蓄など)へ即座に再配分する。
「よし。これで、勇者が使わなかった『空の予約枠』は、自動的に一般の荷物へ回される。……現場主任、ゲートを開け!」
「は、はいっ!」
現場主任がコンソールのレバーを引いた瞬間。
――ゴオォォォォォッ!!
朝一番から「満杯」で沈黙していたはずの巨大な魔法陣が、再び青白い光を放って回転を始めた。
予約という名目で虚空に縛られていた膨大な魔力リソースが解放され、地上階で待たされていた業者たちの荷物が、次々と転送キューへと吸い込まれていく。
「動いた……! 第一便、第二便、滞りなく転送処理を通過しています!」
「一般枠の待機列、急速に消化中!」
歓声が上がる転送室。
この未使用予約枠の一部開放に成功したことで、ルミナスを含む地方への冬備蓄の流れは、劇的に改善することになるだろう 。
「信じられん……。これほどの魔力の無駄遣いが、毎日行われていたというのか……」
グレアムは、ダッシュボードに表示された「真の稼働率」を見て、呆然とへたり込んでいた。
彼が信じ切っていた建前の数字がいかに歪んでいたか、ようやく理解したようだ。
「これで、物流の問題はひとまず片付きましたね」
俺は軽く肩を回し、水晶から手を離そうとした。
だが。
『――警告。未使用予約枠の解放に伴い、残存する【常時接続セッション】を検知』
視界の端に流れた一文に、俺の動きがピタリと止まった。
「……なんだ? まだ何かあるのか?」
俺は解放された予約枠のデータを、さらに細かく『差分解析』で覗き込んだ。
予約枠の多くは解放できた。だが、全体の数パーセントだけ、俺のパッチを弾き返し、「絶対に動かせない枠」として居座り続けている領域がある。
その領域が何のために確保されているのか、属性を確認した俺は、思わず息を呑んだ。
「……おい。勇者の『装備品』って、一体どういう仕組みになってるんだ?」
俺の問いに、グレアムが怪訝な顔を上げた。
「装備品? 王宮の宝物庫から貸し出されている聖剣や聖鎧のことか? それは当然、勇者様が常に最高のパフォーマンスを出せるよう、王都の魔導炉から直接バックアップの魔力が送られる仕様だが……」
「遠征中だけじゃないのか?」
「当然だろう。勇者様に万が一のことがあってはならない。……それがどうかしたのか?」
俺は水晶の奥で鈍く光る、無数の『接続線』を睨みつけた。
俺のパッチを弾き返した予約枠の正体。
それは、物流の荷物を送るためのものではない。
勇者装備が、使っていない時間にもかかわらず、地方の魔導設備から膨大な魔力を吸い上げ続けるための「常時接続用の帯域」だったのだ 。
「……こいつは、ただの物流エラーで終わる話じゃないぞ」
俺の呟きは、誰の耳にも届かず、巨大な転送ゲートの唸り音にかき消されていった。
王都のインフラを食い潰す「勇者の仕様」。その根深さは、俺の想像を遥かに超えていた。




