第101話 書式が同じ
立会いの場は、賢者会議の記録室に設けられた。
昨日リアノンが見せたのは、書き写しの一枚だった。今日は、その元になる本物を、皆の前で開く。修司は、自分の魂IDの参照関係と、炉の深層保守系統の参照書式を、盤の上に並べて呼び出した。リアノンが、一枝ずつ記録に取っていく。
立会いには、リアノンのほかに、セルアスと、リゼットがついた。昨日の書き写しは、リアノンが一人で持ってきた覚え書きにすぎない。今日は、修司の登録のいちばん奥を、人の目の前で開く。一人で覗いて、一人で結論を出すことだけは、しない。それが、自分を一件の障害票として正式に起票したときに、修司が自分へ課した条件だった。
「読み上げます」
リアノンが筆を構えた。
「マナベ殿の魂ID、参照の第一枝。炉深層保守系統、参照の第一枝。――一致」
リアノンは、そのまま枝をたどっていく。
「第二枝、分岐の戻り順――一致。第三枝、参照の打ち切り条件――一致」
一致、という言葉が読み上げられるたびに、リアノンの声が、少しずつ低くなっていく。一致が続くほど、それが偶然である見込みは、薄れていった。
修司は、二つの枝を目で追った。昨日の書き写しでは「似ている」で済ませた部分が、本物を開くと、似ているどころではなかった。枝の分かれ方も、参照を返す順番も、行き止まりの処理の仕方も、寸分違わず同じだ。自分が世界を読むときの手つきと、炉が自分の体の中を点検するときの手つきが、まったく同じ形をしていた。
「同じだな。偶然で片づけられる似方じゃない」
「ええ」
リアノンは筆を止めずに答えた。
「あなたの現仕様を読む力は、炉の保守機構が自分の中を点検するのと、同じ目で世界を見ています。だから――」
「だから、炉から見れば、俺は身内の点検係に見える。最後の一点の予備に、これ以上ないくらい嵌まる」
言葉にすると、白かった欄の正体が、また一段、輪郭を持った。なぜ自分が「最後の一点」にぴったり適合してしまうのか。その半分の理由が、いま、観測できる紙の上に並んでいる。
召喚者は、外から来た高密度の接続として、炉の最後の一点を満たしてきた。修司も召喚者の一人だ。だが、ほかの誰とも違って、修司だけは、炉の点検係と同じ目を持っている。だから炉は、修司を「外から来た燃料」ではなく、「もとから自分の一部だった部品」のように扱おうとする。削除可否:不可、という頑なな一行の根は、たぶん、そこにあった。外から来た燃料なら、使い終われば切り離せる。だが、自分の部品だと思い込んでいる相手は、そう簡単には手放してくれない。
だが、修司は、そこで線を引いた。
「分かるのは、ここまでだ。書式が同じ、だから俺が嵌まる。それは読める。けど、誰がこの書式を俺に持たせたのか、なんでこんな仕様にしたのかは、この盤には出てこない」
セルアスが、記録の隅で頷いた。
「それは、現仕様では読めない、ということですね」
「読めない。動いてる仕組みは読める。けど、それを誰がいつ、どういうつもりで仕込んだかは、能力の外だ。ここから先は、観測じゃ届かない」
リゼットが、卓の端から、静かに口を挟んだ。
「修司さん。今のあなたは、自分の体の作りを、他人の障害みたいに読み上げていますね」
「他人の障害と、同じやり方で読んでるからな」
「それで、いいと思います」
リゼットは、めずらしく、その手つきを肯定した。
「自分のことになると雑になる、と昨日は言いました。でも今日のあなたは、自分の登録を、ちゃんと一枝ずつ、人に見せながら読んでいます。雑じゃ、ありません」
「叱られた次の日くらいは、丁寧にやるさ」
修司がそう返すと、リゼットは小さく笑った。
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ずっと部屋の隅で、組んだ手の上に顎を載せて黙っていた老人が、ここで初めて口を開いた。
賢者会議のヴェイド。リアノンより一回り以上年嵩で、穏やかな会議の席でいつも一人だけ口数が少ない、という男だった。かつて担当した地方の小炉を一基失い、村ごと冬の底に沈めたことがある、とだけ修司は聞いていた。
「その読み方を」
ヴェイドの声は、低く、乾いていた。
「私は、昔、別の者に見たことがある」
部屋の空気が、わずかに張った。修司は顔を上げた。
「別の者?」
ヴェイドは、それ以上を続けなかった。並んだ二つの書式の図を、長いこと見つめて、それから、ゆっくりと目を閉じた。
「いや。今日は、ここまでにしておく。確かでないことを、確かなように言うのは、この歳になると、いちばん恐ろしいのでな」
修司は、それ以上は問わなかった。問えば出てくるという顔ではなかったし、無理に引き出した言葉は、たいてい正確でない。ヴェイドが「昔、別の者に見た」と言った、その一片だけを、修司は障害票の備考欄に書き留めた。能力で読めない領域には、こうして人の記憶のほうから、思いがけず手がかりが差し出されることがある。
昔、別の者。その別の者が、いまどうしているのかを、ヴェイドの閉じた瞼は語らなかった。だが、小炉を一基失った、というあの噂と、無関係ではない気がした。修司は、その予感も、確かでないまま備考に添えた。確かでないことを確かなように言わない――それは、ヴェイドの流儀であると同時に、障害調査の鉄則でもあった。
「リアノンさん。今日の照合、記録は残るな」
「残ります。立会いも、三人」
「なら、十分だ」
修司は盤の縁を指でなぞった。
「俺が一人で覗いて、一人で結論を出した、って形にはならない。書式が同じ、適合する理由の半分は観測できた。残り半分は、能力じゃ届かない。届かないところは、無理に読まない。それで進める」
読めないまま進む。それが、最後の依存に向き合う調査の、最初の足場だった。
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照合を終え、盤を閉じようとした、そのときだった。
修司の魂IDの欄の隣に、昨夜と同じ一行が、また灯った。〔基盤炉深層・保守補助:応答可〕。だが今日は、その下に、見慣れない一行が続いていた。
〔深層保守・自動点検:一部保留。代替接続なきため実行不可〕。
「これは」
修司は、その一行を、目で二度なぞった。昨夜の〔応答可〕は、ただの呼びかけだった。お前でいい、と告げるだけの、静かな誘いだった。だが、今日のそれは違う。炉が、最後の一点が埋まらないせいで、自分の体の点検を一部できなくなっている、と訴えていた。
点検が一部飛べば、出力の配分に、わずかな揺らぎが出る。揺らぎが出れば、いちばん細い綱で渡っている系統から、先に軋む。北の地方の、冬越しの水と暖――これまでずっと、ぎりぎりで朝を越させてきた、あの系統だ。繋げば、点検はすぐに通る。揺らぎは消える。北の朝も、また安定する。いちばん楽な解が、また、暮らしの顔をして近づいてきていた。
「リアノンさん、保守主任に繋いでくれ。炉の点検が、止まりかけてる」
リゼットが、修司の横顔を見た。繋ぐ、という選択が、すぐ手の届くところにあるのを、彼女も分かっている。だが修司は、盤の前から動かなかった。
「繋がないんですね」
「繋がない。点検が止まるなら、止まる分を、人を繋がずにどう回すか、考える。それが今日からの障害票だ。昨夜、決めたばかりだろ。楽な解には、逃げないって」
応答可、という一行は、もう、ただの伏線ではなかった。繋がなければ点検が回らない、という現実の困りごとになって、炉のほうから、修司の名前を呼びはじめている。最後の一点は、向き合うと決めた修司を待ってくれるほど、気の長いものではないらしかった。




