約束、果たせたよ
特別編・エピローグ「約束、果たせたよ」
黒田慎吾の死刑判決が確定してから、およそ七年後。
二〇四五年、黒田の死刑が執行された。
川崎駅で三人の命を奪い、十三人に重軽傷を負わせた無差別刺傷事件。その犯人に刑が執行されたという知らせは、朝からテレビやラジオ、インターネットで大きく報じられた。
二十歳になった乃亜は、横浜大学で犯罪心理学の講義を受けている途中で一報を知った。高校生になった貴教は、横浜商業高校野球部の朝練習を終えた直後、勝からの連絡を受けた。
その夜、三人は港南台の自宅に集まり、杏子の遺影の前へ座った。
「これで、全部終わったんかな」
貴教の問いに、勝はすぐには答えられなかった。
「黒田に対する刑は、これで終わった。でも、杏子は帰ってこない。佐野恵美さんも、大川隆志さんも戻ってこない。負傷した人たちや陽向君の心の傷が、今日を境になくなるわけでもない」
乃亜は静かにうなずいた。
「喜ぶ日とは違うと思う。ただ、裁判で決められた刑が執行された。その事実を、私たちは受け止めるしかないんやと思う」
テレビでは、黒田の顔写真や法廷での暴言が繰り返し紹介されていた。乃亜はリモコンを手に取り、画面を消した。
「犯人の顔や言葉ばかりじゃなくて、お母さんたちがどんな人やったのかを伝えてほしい。三人が亡くなったんやない。三つの人生と、それぞれの家族の未来が奪われたんやから」
翌日、三人は杏子の墓を訪れた。
「お母さん、刑が執行されたよ」
乃亜は墓前で手を合わせた。
「でも、これでお母さんのことを終わりにはしない。私、お母さんのことも、恵美さんや隆志さんのことも、事件で傷ついた人たちのことも忘れないから」
乃亜が横浜大学で犯罪心理学を学んでいるのは、黒田を理解して許すためではない。なぜ身勝手な不満が他者への憎悪へ変わり、無関係な人々に向けられるのか。その過程を研究し、同じような犯罪を防ぐことや、被害者と遺族の支援に役立てたいと考えたからだった。
一方で乃亜は、プロバスケットボールチーム・横浜ウルフズに在籍していた。大学で学びながらプロ選手としてコートに立ち、得意のスリーポイントシュートと、試合終盤でも冷静さを失わない勝負強さを武器に、若くしてチームの主力へ成長していた。
目指すのは、三年後に開かれるブリスベンオリンピックだった。
貴教もまた、横浜商業高校の外野手として夢を追い続けていた。
小学生の頃は、肩の強さに送球の正確さが追いつかず、投げたボールが大きくそれることもあった。しかし、高校では毎日のように送球練習を繰り返し、走者と中継選手の位置を瞬時に判断できる外野手へ成長していた。
夏の甲子園決勝。貴教は勝ち越しの適時打を放ち、九回にはライトフェンス際への大飛球をつかんだ。
横浜商業高校、全国制覇。
ウイニングボールを握った貴教は、アルプス席で抱き合う勝と乃亜を見つけ、その隣にいるはずだった母へ胸の中で呼びかけた。
――お母さん、見てくれた?
高校卒業を控えた秋、ドラフト会議で貴教の名前が読み上げられた。
「第一巡選択希望選手。横浜ベイスターズ、斉藤貴教。外野手、横浜商業高等学校」
幼い頃から応援してきた球団からの一位指名だった。
記者会見でベイスターズの帽子をかぶった貴教は、涙をこらえながら言葉をつないだ。
「小学生の頃、お母さんに、ベイスターズの選手になって、日本一の外野手の母親にするって約束しました。母は球場には来られません。でも、これからもずっと見守ってくれていると思います。いつか日本一になって、必ず報告します」
それから三年後の二〇四八年夏。
二十三歳になった乃亜は、ブリスベンオリンピック女子バスケットボール日本代表に選ばれた。
予選から厳しい戦いが続いたが、日本は接戦を勝ち抜き、決勝へ進出。最後に立ちはだかったのは、世界最強のアメリカ代表だった。
第四クォーター終了まで、残り三秒。
日本は七十七対七十九と、二点のリードを許していた。
タイムアウトの間、乃亜はベンチで大きく息を吐いた。小学生の頃、残り三秒の場面で放った決勝シュート。中学生になって初めて大きな大会へ出たときの逆転スリーポイント。そして、どの試合でも誰よりも大きな声で応援してくれた杏子の姿が、次々と頭に浮かんだ。
――乃亜ならできる。最後まで、自分を信じて。
母の声が聞こえたような気がした。
試合が再開される。乃亜は味方のスクリーンを利用してマークを振り切り、右サイドのスリーポイントラインの外でパスを受けた。
残り二秒。
乃亜はリングを見据えた。
残り一秒。
迷わず跳び上がり、指先からボールを放つ。
終了を告げるブザーと同時に、ボールは美しい弧を描いてリングの中央へ吸い込まれた。
八十対七十九。
日本、逆転優勝。
乃亜は両手で顔を覆い、その場へ膝をついた。仲間たちが一斉に駆け寄り、乃亜を抱き締める。歓声に包まれながら、乃亜は何度も母を呼んだ。
「お母さん……決めたよ。うち、決めたよ!」
表彰台で金メダルを首にかけられた乃亜は、観客席の勝と貴教へ向かって高く掲げた。胸元には、杏子の写真を収めた小さなペンダントが光っていた。
現地からの金メダル報告
決勝翌日の金曜日。
ブリスベンの放送ブースと「フライデー爆笑ラジオカフェ」のスタジオが生中継でつながった。
「もしもし、横浜ウルフズの斉藤乃亜です!」
少しかすれた乃亜の声が流れると、光子と優子が同時に歓声を上げた。
「乃亜ちゃーん! 金メダル、おめでとう!」
「最後のスリーポイント、心臓が止まるかと思ったばい!」
「止まったら放送できんやろ!」
光子の突っ込みに、スタジオが笑いに包まれる。
乃亜も笑ったあと、首にかけた金メダルへ手を添えた。
「お母さんに、オリンピックへ連れていくって約束してたんです。写真をペンダントに入れて、ずっと一緒にコートへ行きました。やっと約束を果たせました」
光子と優子は、すぐには言葉を返せなかった。
やがて光子が、涙声で語りかけた。
「杏子さん、きっと会場のどこかで、誰よりも大きな声で応援しとったと思うよ」
「最後のシュートが入った瞬間、うちらも泣いたもん。乃亜ちゃんが積み重ねてきた全部が、あの一本に詰まっとった」
「ありがとうございます。でも、試合が終わったあと、全身の力が抜けて、ロッカールームで椅子から立てなくなりました」
「それは筋肉痛?」
「ライブの余韻です」
かつての勝と同じ言い訳に、光子と優子は声を上げて笑った。
翌日の「はなまるツインズの土曜前夜はおまかせカフェ」にも、乃亜はブリスベンから出演した。
枝光みずほと八幡ひなたは、番組冒頭から金色の紙吹雪を降らせて乃亜を迎えた。
「乃亜ちゃん、日本中が見守るなかで、ようあのシュートを決められたね」
「正直、怖かったです。でも、打たずに後悔するより、打って仲間と結果を受け止めようと思いました」
「決まった瞬間、最初に思い浮かんだのは?」
「お母さんです。それから、お父さんと貴教、チームメイト、監督、コーチ、これまで支えてくれた全部の人です」
ひなたが鼻をすすりながら言った。
「泣かせに来とるやろ。土曜前夜から涙腺が大洪水やん」
「ごめんなさい。でも、次は笑える話があります」
「何、何?」
「金メダルを枕元に置いて寝たら、朝起きたとき、額にメダルの丸い跡がついてました」
「世界一になった翌朝の第一声が、『痛ったーい!』やったん?」
「はい。チームメイトに写真を撮られました」
スタジオに爆笑が広がった。
杏子を失ってから、笑うことに罪悪感を抱いた時期もあった。それでも今、乃亜は母との約束を胸に、泣きながら笑うことができるようになっていた。
ハマの若き主砲
同じ二〇四八年、二十歳の貴教も横浜ベイスターズで大きく飛躍した。
強肩を生かした外野守備に加え、打撃でも驚異的な成績を残し、本塁打王と首位打者を同時に獲得。若くして打線の中心を任され、「ハマの若き主砲」と呼ばれるようになった。
ベイスターズはリーグ優勝を果たし、クライマックスシリーズも突破。日本シリーズでは、パ・リーグの強豪ホークスと激突した。
三勝三敗で迎えた第七戦。
八回、同点。二死二塁。
打席へ入った貴教は、内角高めの速球を振り抜いた。
鋭い打球は横浜の夜空を切り裂き、右翼席へ飛び込んだ。
勝ち越しの二点本塁打。
九回、最後の打球はライトへ高く上がった。貴教は落下地点へ一直線に走り、両手でボールをつかんだ。
横浜ベイスターズ、四勝三敗で日本一。
仲間たちがマウンドへ駆け寄るなか、貴教はウイニングボールを胸へ抱き、夜空を見上げた。
「お母さん。俺も約束、果たしたで」
十一月、優勝の報告
日本一決定から数日後の十一月初め。
「フライデー爆笑ラジオカフェ」に、貴教が優勝トロフィーと記念メダルを持って出演した。
「横浜ベイスターズ、斉藤貴教です」
「ハマの若き主砲、来たー!」
優子が勢いよく叫び、光子が拍手を送る。
「本塁打王、首位打者、そして日本一! 貴教君、取り過ぎやない?」
「乃亜姉ちゃんが金メダルを取ったんで、俺も負けられないと思いました」
「斉藤家のきょうだい対決、規模が世界と日本なんよ!」
スタジオが笑いに包まれるなか、貴教はウイニングボールを見つめた。
「小学生の頃、お母さんに、ベイスターズの選手になって、日本一の外野手の母親にするって言いました。ずっと覚えていました。最後の打球が俺のところへ飛んできたとき、お母さんが『貴教、絶対に落としたらあかんで』って言っている気がしたんです」
「捕った瞬間は、どんな気持ちやった?」
「うれしかったです。でも、そのあとチームメイト全員に飛びつかれて、優勝の喜びより先に『重い、誰かどいて!』って思いました」
光子と優子が机をたたいて笑う。
「感動を返して!」
「日本一の瞬間に、感想が『重い』!」
翌日の「はなまるツインズの土曜前夜はおまかせカフェ」にも、貴教からメッセージが届いた。
『日本一になりました。子供の頃から応援してきたベイスターズで優勝できて、本当に幸せです。ただし、ビールかけでは未成年なので炭酸水でした。目に入ったら、炭酸水でも普通に痛かったです』
みずほが読み終えると、ひなたがすぐに突っ込んだ。
「日本一の主砲が、最後は炭酸水で涙目になっとるやん!」
ラジオの向こうで、多くのリスナーが笑った。斉藤家の歩みを長く知る人々からも、「杏子さんとの約束がかなってよかった」「乃亜ちゃんも貴教君も本当におめでとう」という投稿が相次いだ。
墓前への報告
ラジオ出演とは別の日。
秋晴れの穏やかな午後、勝、乃亜、貴教の三人は杏子の墓を訪れた。
乃亜はブリスベンオリンピックの金メダルを、貴教は日本一の記念メダルとベイスターズの帽子を持っていた。
墓石をきれいに拭き、花を供えたあと、乃亜は金メダルを両手で持ち、杏子の名前へ向けて掲げた。
「お母さん。オリンピックで優勝したよ。決勝の最後、残り三秒で逆転のスリーポイントを決めた。お母さんに見てもらいたかった。でも、ペンダントの中のお母さんと一緒にコートへ立てたから、怖くても打てたんやと思う」
続いて貴教が、ベイスターズの帽子と記念メダルを墓前へ置いた。
「俺もベイスターズで日本一になった。ホームラン王と首位打者も取ったで。お母さんを日本一の外野手の母親にするっていう約束、少しは果たせたかな」
二人は顔を見合わせ、杏子の墓前で声をそろえた。
「お母さん、約束果たせたよ。応援ありがとう」
勝は、立派に成長した二人の肩へ手を置いた。
「杏子。二人とも、ここまで来たよ。もちろん、二人だけの力じゃない。仲間や監督、コーチ、先生、チームのスタッフ……たくさんの人に支えてもらった。でも、二人の一番深いところには、今もお前からもらった言葉がある」
穏やかな風が吹き、供えられた花を揺らした。
「お父さんも、ありがとう」
乃亜が振り返る。
「お父さんがおらんかったら、ここまで続けられなかった」
「そうやで。毎週のように試合へ連れていってくれて、負けた日も、失敗した日も、家で待っていてくれた」
勝は照れたように笑った。
「お父さんは、二人の夢に一緒に乗せてもらっただけだよ。それに俺たちは、これからも四人家族だ」
乃亜は金メダルを、貴教は日本一のメダルを、もう一度杏子へ見せた。
母が応援席に座る未来は奪われた。
試合のあと、四人で食卓を囲むこともできない。
それでも、杏子から受け取った愛情も、励まされた言葉も、共に笑った日々も、事件によって消し去られたわけではなかった。
悲しみを忘れたから、夢をかなえられたのではない。
悲しみを抱き、何度も立ち止まりながら、それでも家族や仲間と支え合って歩き続けたから、ここまでたどり着いたのだ。
「さあ、帰ろうか」
勝が声をかける。
「うん。また来るね、お母さん」
「今度は三冠王を取って報告に来るわ」
「貴教、いきなり目標を上げ過ぎやろ」
「乃亜姉ちゃんこそ、次は連覇を目指すんやろ?」
「もちろん」
墓前に、姉弟の明るい声が響く。
三人が歩き出したとき、背後から柔らかな風が吹いた。まるで杏子が、「二人とも、よう頑張ったね」と語りかけているようだった。
奪われた日常は、二度と戻らない。
けれど、戻らない日常の先にも、夢を追い、笑い合い、大切な人を思いながら生きていく未来はある。
斉藤家は、これからもずっと四人家族だった。
『戻らない日常2』――完




