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戻らない日常2「ただいま」の消えたホーム』  作者: リンダ


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当選発表は午後六時

『戻らない日常2 「ただいま」の消えたホーム』


第5話「当選発表は午後六時」


朝の教室で、斉藤乃亜は三度目の時計を見上げた。


まだ一時間目が始まったばかりだ。午後六時までは、気が遠くなるほど時間がある。ノートを開いても、頭に浮かぶのは今夜発表されるM&Yの横浜ライブ、先行受付の結果ばかりだった。


隣の席の高橋美羽が、乃亜のノートをちらりと見た。


「今日の授業、算数だよね?」


「うん」


「じゃあ、その『午後六時まであと九時間二十三分』って計算は何?」


乃亜は慌ててノートを閉じた。


「時間の引き算。立派な算数です」


「今見ても、当落は変わらないよ」


「分かってる。でも、見ないと時間が止まる気がする」


「見ても進む速さは同じだって」


美羽もM&Yのファンで、斉藤家と一緒にライブへ行ったことがある。だから乃亜の気持ちはよく分かっていた。それでも授業中に五分おきに時計を見上げる親友を放っておけず、休み時間になると廊下へ連れ出した。


「落ち着いて。まだ申し込み結果を見る前なんだから」


「分かってる。でも今回、お父さんとお母さんと貴教の分だけじゃないの。お父さんの妹と弟、それにお母さんのお兄ちゃん二人の分も、みんなで相談して申し込んでるんだよ」


「えっ、そんな大人数なの?」


乃亜は指を一本ずつ折った。


「うちの四人。お父さんの妹の斉藤真理子おばさん、弟の斉藤健太おじさん。お母さんのお兄ちゃんは宮原智樹おじさんと、宮原直哉おじさん。全員で八人!」


杏子の旧姓は宮原。兄の智樹は落ち着いた性格で、乃亜の話をいつも最後まで聞いてくれる。もう一人の兄、直哉はM&Yの曲を車の中で口ずさむほどのファンだ。勝の妹・真理子は家族の集まりで乃亜と一緒に踊ってくれるし、弟の健太は「付き添い」と言いながら、ライブグッズを誰より熱心に見て回る。


「八人分の予定がかかってると思うと、私、責任重大で……」


「乃亜が抽選するわけじゃないでしょ」


「そうでした」


美羽が笑うと、乃亜もつられて笑った。ほんの少し肩の力が抜けたところで、始業を告げるチャイムが鳴る。


「帰ったら連絡してね。結果、待ってるから」


「うん。でも落ちてたら、しばらく天井を見る時間をちょうだい」


「何分?」


「六時から七時まで」


「長いなあ」


放課後の港ブルーサンダースの練習でも、乃亜はそわそわしていた。パスを受けたあと、ふと壁の時計へ目を向け、田辺心春から「乃亜ちゃん、ゴールは時計の下じゃないよ」と注意される。


主将の横山紗良が事情を聞くと、乃亜は真剣な顔で答えた。


「今日はM&Yのライブ当落発表なんです」


「なるほど。でも試合中に時計を見たらボールを取られるから、今は練習に集中」


「はい!」


乃亜は気を取り直して走り出したものの、練習が終わると誰よりも早く荷物をまとめた。小林凛と松永七海に「乃亜ちゃん、当たるといいね!」と声をかけられ、両手を合わせてうなずく。


家へ帰ると、貴教がリビングで野球のグラブを磨いていた。


「お姉ちゃん、まだ六時じゃないよ」


「ただいまより先にそれ言う?」


「朝から三回も『六時になったら呼んで』って言われたから」


勝も仕事を切り上げて帰宅し、杏子は夕食の支度を早めに済ませていた。親族との連絡用のグループには、真理子から「仕事、定時で終わらせた!」、健太から「結果待機中」、智樹から「乃亜、深呼吸」、直哉から「もうライブの曲順を予想してる」というメッセージが次々に届く。


「直哉おじさん、気が早いよ」


乃亜が笑うと、勝がスマートフォンを見せた。


「健太だって、もう会場までの行き方を調べてるぞ」


「お父さんも昨日、駐車場を調べてたじゃん」


「それは八人で行くなら必要だろ」


「当たってからでいい話ばっかり!」


そう言った乃亜自身が、昼休みにライブ当日の服を三通り考えていた。杏子にそれを指摘され、今度は乃亜が口をつぐむ。


午後五時五十九分。四人は杏子のスマートフォンを囲んだ。杏子は、家族と親族がそれぞれ申し込んだ受付の結果を順に確認することにした。八人全員で行けるかどうかは、まだ分からない。


「まずは落ち着こう」と杏子が言う。


「お母さんの手が一番震えてるよ」


貴教の指摘に、杏子は苦笑した。


画面の時刻が午後六時に変わる。


「深呼吸して、乃亜」


勝が声をかけた。乃亜は大きく息を吸い、長く吐いた。


「……見て」


杏子が最初の結果を開く。四人は一斉に画面へ顔を近づけた。


「当選」


一拍遅れて、乃亜の叫び声がリビングに響いた。


「やったーっ!」


「ちょっと待って、まだ全員分は見てないよ!」


杏子は笑いながら、次の結果を開く。真理子、当選。健太、当選。智樹、当選。そして、最後に直哉の結果を確かめた。


「直哉兄さんも、当選!」


乃亜はその場で飛び跳ねた。貴教もつられて跳ね、勝は二人にぶつからないよう杏子のスマートフォンをそっと受け取る。


「八人で行けるね!」


杏子がうなずくと、親族のグループにも歓声のようなメッセージが流れ込んだ。真理子からは踊る絵文字が何個も送られ、健太は「当日は乃亜のペンライト指導を受けます」と書いている。智樹は「全員そろってよかった」、直哉は「曲順予想を続けます」と送ってきた。


「直哉おじさん、まだやってる!」


笑いながら返信しようとした乃亜は、興奮のあまりスマートフォンを上下逆さまに持った。


「文字、どこ行った?」


「画面をひっくり返してる」


貴教に言われて、乃亜は手元を見た。


「……これはライブで逆さまにならないための予行練習です」


「会場で逆さまにならないでよ」


杏子の突っ込みに、四人はまた笑った。


その夜、乃亜は美羽へ結果を伝えた。美羽も自分の家族と申し込んだ分が当選しており、電話口で二人の歓声が重なる。学校で毎日顔を合わせているのに、二人はライブ当日の待ち合わせ場所や、どの曲が聴きたいかを長々と話した。


金曜日の「フライデー爆笑ラジオカフェ」には、杏子から〈午後六時に家族が集合〉という投稿が届いた。


光子が八人の当選を読み上げると、優子が「それ、ライブというより親族会やん!」と笑う。放送後の裏トークでは、乃亜が結果発表直後にスマートフォンを逆さまに持っていた話まで紹介され、リスナーからも「ライブ当日はペンライトの上下を確認して!」とコメントが寄せられた。


乃亜は頬を膨らませたが、すぐに笑顔になった。ライブの日には父と母と弟、それに四人のおじやおばと一緒に、同じ曲を聴ける。そんな予定が家族のカレンダーに増えたことが、うれしくてたまらなかった。


次回予告


勝が開発を担当する新型車の試験が大詰めを迎える。一方、貴教は少年野球チームの遠征予定を聞き、父の車を送迎に使えないかと思いつく。


「チームのみんな、乗れるよね?」


「貴教、うちの車は伸びないぞ」


次回、第6話「お父さんの車はチームバス?」


勝の車に、いったい何人乗せるつもり?

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